お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



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2002年11月18日月曜日

信濃町長選挙

 昨日、実施された町長選挙の結果は、4選を目指した現町長に代わって、50歳代の服部洋氏が当選したとのこと。 投票率は約83%で先の県知事選挙の57%に比べると関心の高さがうかがえる。
 多選の効果を主張する首長も多いが、変化の目まぐるしい時代にあって旧態依然とした政治手法が重宝される時代は終わったのであろう。 フットワークの良い若い体力と気力が要求されるのは国政レベルばかりでなく一町村も同じなのである。

(旧徒然日記から転記)



2002年11月3日日曜日

雪囲い

 2日の早朝には、町内にも雪が降り一時は一面が白くなった。 昨年の今日は、8合目から頂上にかけてだけ白かった黒姫山も、ここ数日は山全体が白く覆われている。
 組総出のカヤ刈りどんど作りの作業を終えた後に、我が家の畑のブルーベリーや庭木などの雪囲いをしたが、例年より半月は早い作業であった。 町長選挙が近くなってきたためか、町内にはそれらしいポスターやチラシが増え、戸別訪問らしい人達の一団が目立つようになってきた。

(旧徒然日記から転記)



2002年10月11日金曜日

一茶坐像が盗まれる

 「しんまい」の朝刊に、今年8月18日小丸山公園にある「俳諧寺」から、俳人小林一茶の座像が盗まれていたと載っていた。
 座像は高さ32cm、幅23cm、奥行き18cmで、1910年(明治43年)、お堂が建てられたときに一緒に作られたとのこと。 この事件発生日の3日前になる15日にこのお堂を訪ねていたが、格天井に揮毫された俳人や文学者の句や名前を確認するのにとらわれて坐像までは目に入らなかった。

(旧徒然日記から転記)



2002年10月6日日曜日

斑尾山に登る

 町役場主催の秋の登山会に参加できなかったが、初めて斑尾山に登ってみた。
 荒瀬原の即心院の脇から登り、3度林道を横切る。 途中、栗拾いやら茸探しに追われ、山頂に着いたのは11時過ぎであった。 残念ながら薄日の天気のため眺望が良くなかったが、それでも眼下に野尻湖、真正面に黒姫山が見える風景を楽しめた。

 下山してから三水村へ向かい、NHK-BSのりんご園からの中継終了間際に到着した。 放送はわずか10分ほどで、画面には写らない内輪話をあとで聞き楽しんだ。 それにしても放送中、満面笑顔のタレントは、一旦放送が終了すると黙りこくって表情のない顔になってしまっていた。 テレビ画面が虚像の世界であることがよく分かった。 あとで、番組の一部を見たが、やはり信濃町は話題に入ってなかった。

(旧徒然日記から転記)



2002年10月5日土曜日

紅葉のはじまり

 紅葉は戸隠の高度1000mでもまだ始まったばかりだが、緑の木々の間にちらっと見える紅葉もなかなか綺麗である。
 戸隠街道の七曲りの拡幅工事もだいぶ進んで車の行き違いが楽になったがカーブが解消されたわけではなかった。
 街道脇の野菜直売所も相変わらず、商売をしているようだが、何故かK農園の人だかりがいつもダントツなのである。
 仁の倉でよく写真を撮る場所は稲穂がたれ黄金色に輝き、場所によっては天日干しの「はざがけ」やソバを刈り取ったあとの干し姿を見ることもできる。

(旧徒然日記から転記)



2002年10月3日木曜日

NHK-BSの長野特集番組

 6日(日)のNHK-BS”お~いっ、ニッポン”という番組の中で、北信州の秋の味覚を訪ねる戸隠から野沢温泉までの旅が放送されるとのこと。
 信濃町は、この放送の中継地にはなっていないようだが、隣の三水村では我々が懇意にしている”山下フルーツ農園”に放送中継車が寄って、”りんご御膳”と称する奥さんの料理が放映されるとのこと。
 リンゴをあれこれ料理するより、生で食す方が一番なのだが、それではイベントになりにくいというので”御膳料理”と称するものを発案してきたらしい。 ”ほんじゃまか?”の石塚某が何はともわれ、うまそうに食べる姿が見られることだろう。

(旧徒然日記から転記)



2002年9月2日月曜日

長野県知事選挙の結果

 昨日の長野県知事選挙は、開票が始まって間もなく田中氏当選の報道が流れていた。
 全体の投票率は総人口の約74%、「しんまい」のページで得た投票結果から割り出してみたが、投票総数に対する田中氏の取得率は全体で64%、一番高いのが75.9%の王滝村、一番低いのが八坂村の30.8%である。 若人や女性の強い支援を受けたということだが、全体を押しなべて見ると、都市化が進む地域での取得率は高く、地縁の強い地域では弱いように思われた。
 因みに、信濃町は57.3%で前回の38%を大幅に越えてはいるが全体の平均よりは低い支援であった。
 田中氏の「何とかクリスタル...」とかいう著作は、はなから読む気にはならないが、住民へ真摯にむかう姿勢は今までにない政治家のタイプであろう。 無用な軋轢をうまずに彼の理念と技量を県政で十二分に発揮し、住民の期待に応えた舵取りを期待したい。

(旧徒然日記から転記)



2002年8月31日土曜日

選挙とブルーベリー

 ここ数日、黒姫山ウェブカメラは、終日綺麗な山の姿を見せてくれているが、まだまだ暑い日が続いているという。
 長野県知事選挙投票日をいよいよ明日に迎えることとなった。 長野県民である本多勝一氏によれば、前知事の脱ダム宣言が具体化すると、議員と業者との利権構造等々の実態があばかれることを憂慮し、将来への理念や知事候補案の検討もなく、やみくもに前知事を不信任にしてしまったのだと云う。
 氏によれば、今回の県知事選挙は県民ではなく議員主体の選挙なのである。 冬季オリンピック招致費用の不透明問題も明らかにできなかった長野はさらに墓穴を掘るのではないかと憂慮に堪えない。
 明日は単に長野県のことではなく、日本の将来を見据えた覚悟の判断が出てほしいものである。

 ところで、ブルーベリーは信濃町の特産品の一つであるが、NHKの番組を見ていたら、瀬戸内海のある島でもミカンに代わる特産品として年間に数十トンを出荷していることを知った。 信濃町でも、黒姫ならではの気候と高度を利用した特産品の生産を増やすことに、行政のような組織で考えていかないと、後発の特産地に負けてしまうのではないかと気になる。

(旧徒然日記から転記)



2002年8月16日金曜日

盆踊り大会が終わる

 14日から始まった盆踊り大会は、昼間に夕立があったものの、三日間無事に開催でき、15日には商店街の模擬店も出て多くの人出に恵まれ、踊りの輪も近年にない大きなものであった。
 柏原でも、同じ日程で柏原物産館の駐車場で開かれていたが、今日は仮装大会だったらしい。
 最終日のこの日、盆踊り会場から流れる古間音頭や古間甚句をまどろみながら良い心地で聞くことができ、22時には区長の挨拶のあとの蛍の光で無事に終わっていた。

(旧徒然日記から転記)



2002年8月15日木曜日

県知事選挙がはじまる

 暑い日差しの中、古間から柏原・仁の倉・平岡と2時間ほど歩いてみた。 北国街道と戸隠街道の分岐点を初めて確認し、小丸山公園の工事中であった新しい一茶記念館の建物を見るが、何でこのようなデザインになったか分からない。
 仁の倉の畑は、米とそばが青々と順調に成長しているようであった。

 いよいよ全国から注目されている県知事選挙がこの日に始まった。 前回の選挙結果では町内での田中氏の取得率は38%と次点であった。
 散歩中に見かけた公告板に貼られたポスターは、最初に田中氏、次に長谷川氏で、三番目に羽柴氏であったが、羽柴氏には兜をかぶったものもあり、何か奇をてらったようで合点がいかない。 この選挙はまず住民に目を向けているか、あるいは政・財・官の機構を優先するかという視点の違いなのであろう。
 また、秋に予定されている町長選挙に現町長が出馬すると表明した。 現町長の功績を評価する立場にはないが、どんなふさわしい人であっても長期在任は組織の滞留を生むものである。 四選出馬より新しい風を入れる方が町の行政にとってはプラスでないかと思う。

(旧徒然日記から転記)



2002年8月4日日曜日

苗名滝

 新潟県との県境にある苗名滝を見に出かけたが、夏季のためか水量が少なく、その名(地震滝)にふさわしい様相を見ることができなかった。
 昨春に訪ねた時は、河川工事で全く近づくことができなかったが、まだ終わっていないもののダムや歩行者用の階段はほぼ完成していた。
 しかし、周辺はまだ工事中で工事のある日には、仮橋を渡って対岸に行けないようである。 苗名滝の先には、二の滝、三の滝、四の滝があると案内板に表示されているが軽装では全く無理のようだ。

(旧徒然日記から転記)



2002年6月26日水曜日

スキー場経営問題

 飯綱高原スキー場運営協議会が組織されたと聞く。
 22日は野沢温泉スキー場で来季のリフト代を下げると報道されるなど、近隣のスキー場では集客にいろいろな検討を重ねているようである。
 黒姫のゲレンデも昨年から一番高い所にある第六リフトを休止している。

(旧徒然日記から転記)



2002年6月9日日曜日

春の黒姫登山

 信濃町役場信濃町観光協会が主催する黒姫山春山登山が行われた。
 4時半に起床、明け方の黒姫は深い緑一色ですばらしく綺麗であった。 町内では公園の草刈りが行われており、申し訳なく作業を遠目に見ながら集合時間の6時半に間に合うよう黒姫駅へ向かった。

 今日の総勢は44名で、7時20分頃大橋から入山し、10時40分頃には山頂に届いたが、山頂はたくさんの人で記念写真も撮れないほどであった。
 4回目の登山でだいぶ慣れてきたなと思った途端に右足の脹ら脛が痛み出し、這々の体で下りてきて最後尾になってしまった。 それでも3時50分にはゲレンデ駐車場に着くことができた。 先月、黒姫山への登山中に70才の方が心筋梗塞で倒れ、また6月5日には隣の戸隠山で女性が滑落したと聞いていたが、北信の山々は事前の準備と体調を整えることが大事だということがよく分かった。
 今回は天候に恵まれ、すばらしい新緑と「おさばぐさ」の開花に会うことができたことが何よりも良かった。

(旧徒然日記から転記)



2002年6月1日土曜日

矢川澄子さん亡くなる

 黒姫高原に住み、著作活動を続けていた作家、詩人、翻訳家である矢川澄子さんが亡くなったと朝刊で知った。
 家内はお宅に伺ったこともあるが、私は黒姫駅などで1~2度しかお目にかかっただけであった。
 痩身の穏やかな感じの方であったが、黒姫童話館開館初日の朝刊に、開館の主旨や展示内容に疑問を投げかけるチラシを配布されていたことが思い出されてしまった。 10年も経てば矢川さんの真意を知る人もいないのであろう。

(旧徒然日記から転記)



2002年5月24日金曜日

筍(たけのこ)番

 山間の残雪がとけると、いよいよ竹の子採りの季節に入る。
 戸隠村の竹細工生産組合は6月から、竹細工の材料となるネマガリダケのタケノコ乱獲を防ぐため、黒姫山麓の山林をパトロールする「筍(たけのこ)番」を始めるとのこと。
 対象は黒姫山麓の村の共有林と信濃町内の国有林の一部で、組合がネマガリダケ利用の権利を持ち、タケノコの採取を禁じている山林。 6月末までの毎日、交代制で2、3人が午前6時から夕方まで見回る。

(旧徒然日記から転記)



2002年5月3日金曜日

虹鱒の解禁

 今日は、鳥居川の虹鱒釣り解禁日であった。
 前日に放流した虹鱒を狙って太公望が8時に集合。 以前から北信漁業組合の準組合員にはなっていたが、今回初めて川釣りに挑戦した。 先人の指導のもと借り物の釣竿で2匹の虹鱒と1匹のハヤが釣れたが、釣り上げた際に逃がした3匹は残念であった。

 午後から黒姫ゲレンデに行ってみると八重桜が満開で綺麗であった。 ちょうど下山しているグループがおり聞いてみると、8時から登りはじめ、第六リフト降場から残雪でアイゼンをつけて登ったが黒姫山頂には到達できなかったようであった。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月29日月曜日

出初式

 各区の消防団による合同の出初め式が行われた。
 朝7時半役場を出発した団員や消防車の行進は、国道から古間商店街に入り、町営グランドへと進むが、その隊列の構成は先導車を頭に団長らしきお偉い方々、団旗、鼓笛隊、各区の団員、小学生の鼓笛隊、消防車の順となっていた。
 グランドに到着後は、小学生の鼓笛隊演奏や各団の新入団員の紹介が行われ、この後に放水訓練のデモンストレーションなどがあるようだ。 しかし、なかなか進まない進行にしびれをきたし、今日は会場を後にしてしまった。

 昼からは久しぶりに”象の小道”を歩いてみた。 静かなたたずまいにのんびりできたが、雪の重みのためか倒れた立ち木が道を塞いでいる所が数ヶ所あり、また入口に近い所にはゴミの不法投棄などがあって残念な思いをした。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月28日日曜日

道普請

 今日は道普請の日である。 8時に各自スコップを片手に集合場所へ行き、会長さんの注意事項を聞いてから町内の排水路の清掃を行う。 作業は1時間ほどで終わるのだが、その後の総会と懇親会は地域のしがらみが出るようなので、この数年は遠慮することが多い。
 午後からは山菜取りに、斑尾山の斜面や山桑、平岡と数ヶ所回るが、今年は比較的早く暖かくなって来ているとはいえ、山菜の生育はまだまだのようである。 それでもコゴミがかなり取れた。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月21日日曜日

即心院の桜

 昼前から雨が降り出してしまい、”天望館”のレストランでは三周年記念のコンサートが開かれていたが客足は少ないようであった。
 荒瀬原を通過している時にふと遠くに枝ぶりの良い桜とお地蔵さんが見えたので、早速近くに寄ってみた。 即心院というお寺さんのようであるが、六体のお地蔵さんと桜の花に心を引かれ、何枚も写真に納めたが雨天ではどうにも良い写真は撮れない。 信濃町の桜を巡る場所がまた増えてしまった。 ほかに本道にも良い桜があると聞く。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月20日土曜日

天望館は三周年

 今日は良い天気になり、信濃町から牟礼村、戸隠村とかけて、咲き乱れる花々を楽しむことができた。
 昼前から雲が出てきたので青空をバックに閑貞桜を撮ることができなかったが、以前より木の勢いが出てきたようである。
 信濃町インター脇の道の駅”天望館”は三周年記念の行事を開いて、駐車場のテントでは地元の山菜、高沢のシメジ、パン、更には姉妹都市である流山市の野菜など色々な販売をしていた。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月8日月曜日

黒姫の蝶

 黒姫山麓に住まいをかまえ、黒姫の自然と暮らすYOSHIHARAさんからメールが届いた。
 以前からご自分のHPで黒姫の蝶を紹介しておられたが、今まで撮りためた8000枚の蝶の写真を整理、し専用のHPで紹介されているとのこと。 早速アクセスするが写真の量だけでなく分類され学名を記載されるなど大変貴重な資料ではないかと、その博識にただ驚愕するばかりであった。

(旧徒然日記から転記)



2002年4月4日木曜日

ギフチョウ

 ”しんまい”のニュースに、信濃町の山間部で3月末にギフチョウを見つけたとあった。
 北信地方では例年より20日ほど早く、30年来の観察で最も早い出現らしい。

(注)【岐阜蝶】
アゲハチョウ科のチョウ。 はねの開張五〇~五五ミリメートル。 黄色と黒の太い縞模様をもつ美しいチョウ。 うしろばねは縁に沿って三~四の橙色の半月紋と、その内側に四個の青藍色紋が並び、後端の外側に尾突起、内側には赤色横紋と青藍色の小紋がある。年一回発生。 本州の特産種。(国語大辞典 小学館 1988から)

 

(旧徒然日記から転記)



2002年3月31日日曜日

ウィンタ-シーズン終了

 いよいよウィンターシーズンも終わりである。
 黒姫高原スノーパークHPのライブカメラで見られるゲレンデ風景にも、日毎にベト(土)の色が目立って来ている。
 5月の「一茶祭」の頃までは観光客もなく静かな町に戻るであろう。 信濃町でもパソコンに興味を持つ方々が増えつつあるようで、信濃中学校の教室を借用したパソコン教室が開かれたりしていたが、今度総合会館の近くで民間のパソコン教室が開かれると聞いた。

(旧徒然日記から転記)



2002年3月24日日曜日

シーズン最後の雪降り

 1月の大雪は長くは続かなかったが、昨日はシーズンの終わりを宣言するように15cmほどの雪が降ったとのこと。
 レンタルサーバーが休止したままなのでカメラ映像の転送ができず、町の最後の雪景色が見えない。
 来月は信濃町でも桜が楽しめるようになるのだが、今年は暖かくなるのが早いとのこと、例年4月下旬の満開がどこまで早まるのか気になる所である。

(旧徒然日記から転記)



2002年2月25日月曜日

信濃町出身選手が入賞

 ソルトレークシティー冬季五輪のスキー距離男子50キロクラシカルで、今井博幸が距離個人種目で日本選手初の7位入賞を果たしたと報道されていた。
 今井選手は信濃町出身で、先月町主催でオリンピック出場への壮行会が行われていた。

(旧徒然日記から転記)



2002年1月13日日曜日

雪降り被害が続く

 線路を塞いだ倒木や積雪で、6日信越線が一時不通になった。 また11日には信濃町の別荘地で雪下ろしの作業員が雪もろとも落ちて、死亡するという事故が発生している。
 滑り止めのない屋根で温度が高かったことが要因らしい。 我が家の周辺の除雪も捨てる場所がなくなりダンプカーに載せて運び出していると聞くが、この10年間で初めてというほど今年は大雪なのである。

(旧徒然日記から転記)



2002年1月9日水曜日

払い下げ地の町営住宅問題

 自然観察などの目的に限定して営林局から町に払い下げられた土地に、町営住宅が建築されていると”しんまい(信州毎日新聞)”に掲載されていた。 熊倉から黒姫に向かう途中の道の右側に数棟建っている真新しい住宅を指しているのか定かな情報を持ち合わせていない。

(旧徒然日記から転記)



2002年1月5日土曜日

降雪量は99cm

 一昨日、名古屋でも大雪が降っているとテレビで知ったが、信濃町のここ数日の降雪量は99cmとかなりの量となっている。
 早朝4時、除雪に来るブルの地響きのような音に目がさめるが、連日の除雪作業のためか疲労感が残り、いい加減にやんでほしいものである。
 正月に揃った家族もそれぞれの住まいに戻り二人だけの生活に戻った。

 我が家の畑が除雪ブルが片付ける雪捨て場に利用されているが、この所の大雪で既に一杯になり、これ以上押すと下の家に雪が落ちると判断したのか、反対側のやや高くなった空地へ押し上げるように除雪し始めた。 元旦から間断なく続く除雪作業にくたびれてしまい、しばらく雪のない世界に逃避することにした。

(旧徒然日記から転記)