お知らせ

お知らせ

*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

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2004年3月30日火曜日

テレビ番組について

 年度が変わるこの時期には、どこのテレビ局も番組の編成替えがあり、ニュース番組も他局と競うように同じ時間帯に合わせ、顔の売れているアナウンサーやキャスターを登場させている。 ニュース番組がショー番組のようになって久しいが、視聴者に真実を知らせ、現実を考えさせるような姿勢で組まれているか非常に疑わしい。
 所謂「やらせ」報道や未確認情報なども度々あったからである。 視聴率誘導操作や「サブリミナル」という視聴者の心理や潜在意識に働きかけるテレビ番組の制作手法はほとぼりが冷めると再び登場する。 と同時に、タレントとかコメンテーターという称号?で出演する輩も非常に多いが、専門家でもない彼らにどんな優れた能力を持っているというのか、これも非常に疑問に思えて仕方ない。

 そう考えてくると、一方的に情報を与えることで、視聴者(=国民)に考える所作をさせないよう、新聞やテレビなどのメディアにより思想統制されていると思えてならない。 昨日、放送されたNHKの「警察機構内の裏金問題」を立ち見したが、核心には何も触れていなかった。 不透明な支払いによる犯罪情報の入手ではなく、もっと科学的な捜査ができるような体制に言及しないのだろうか。 以前、民放では、署長転勤の際には裏金が餞別金として払われ、2~3ヶ署を転任すると家が建つとも言っていた。
 確信を衝かず、既に知られている内容を集めただけのNHKの番組であった。 見るに値しない番組がかくも多いのである。

 極力、テレビ番組を見るのは止めよう。 見るだけ放送局などの思想操作の目論見に陥れられてしまうからである。 国民を馬鹿にしている映像を、赤子のお守りにしている親などは言語道断。
 アチャコや浪花千恵子の「お父さんはお人好し」(?)だったか昔のラジオ放送が懐かしい。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月29日月曜日

熊野三山を参詣して

 先日、日本人の精神世界発祥の地であると云われる高野、吉野、熊野という三大霊場と、その三角州の中心に位置する天河大辨財天社を訪ねる旅をしてきた。

 吉野山は、金峯山寺(きんぷせんじ)という修験道の総本山で、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が開き、蔵王権現を祭ったのが始まりとされている。 蔵王権現は吉野の神であり、桜はその神木らしいが、未だ開花しておらず堂を訪ねる観光客もまばらであった。

 奈良県吉野郡天川村にある天河(てんかわ)大辨財天社では、能舞台に腰を下ろし社殿に参拝、宮司さんから由来や背景を伺う。 祝詞の中に、経文「ハラミツ...」と同じようなくだりがあると思ったら、明治維新以前の神仏混交時代の名残だという。 昨年夏には七夕神事にスーザン・オズボーンの歌声が奉納されるなど、訪れる芸術家は多い。

 高野山では、宿坊別格本山「清浄心院」に宿泊したが、お坊さんから真言密教の話を伺い、天河神社での話と同様に、古来の信仰の奥深さを知ることができた。 翌日には、弘法大師御廟のある奥の院で朝の荘厳な読経に浸ったあと、金剛峰寺(こんごうぶじ)の堂内を案内していただき貴重な書画なども見させていただいた。

 熊野では、本宮、速玉、那智の三大社を訪ね、守り神である八咫烏(やたがらす)を知った。 2月の知床行きでワタリガラスの鳴き声を実際に聞いていたが、エスキモーの世界にも共通するものがあるらしい。
 古道歩きは、発心門王子から熊野本宮を経て大斎原(おおゆのはら)まで、更に中辺路では継桜王子から牛馬童子像などを見て大坂本王子までと、ほんの一部であったが、森深い古人の世界に浸ることが出来た。
 最後は、田辺市にある南方熊楠旧宅を訪ねたが、熊楠の稀有な才能の世界に触れ、野中の一本杉保存や一町村一神社とする合祀反対運動など、住民の心に立つ心意気に感じ入ってしまった。
 毎日早朝4時や5時起きの強行軍で食事の楽しみもなかったが、通常の旅では見聞できないような機会に恵まれた古道歩きであった。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月24日水曜日

平和を願う心はひとつ

 現在、増殖しつつあるウェブログのページを始めてみた。 できれば、黒姫日記のような形で、日々の自然や生活の様子を記載できれば素晴らしいのだが、今はそのようなことも出来ず気ままに記して行こうと思っている。 ページのタイトルは「はんぐろ徒然日記」、urlはhttp://hanguro.cocolog-nifty.com/ である。
 本日、オープンジャパンというメーリングリストからの配信で、スペインの3.11のその後の町と人々の様子を伝えてきた、イエズス会神父の私信を読むことができた。 その巻末の一部を記載すると、

 許し合うこころこそ暴力に打ち勝つ。 犠牲者遺族から、次のような手紙が届いた。 「私は3.11で息子を殺されました。 痛みで胸が一杯ですが、私たちと共に泣いてくれた人々を通して、神の慈しみを感じさせられました。 みなさんにもお祈りをお願いしますが、それは息子のためではなく(なぜなら、息子は天国にいるからです)、テロを実行した人々と、それを計画した人々のために祈ってください。 彼等がもたらした傷をいやすため、また、彼等を支配している悪を、彼等自身がそれを乗り越えるために必要な愛を見出すことができるように、祈ってください。 私たちは息子の遺体を前にして、暴力が世の中からなくなるよう全力を尽くすことを誓いました。 世界に暴力より愛を選ぶ人々が増えれば、いくらテロが起きても、愛が打ち勝つと確信しています」

 家族の非常な悲しみの中でさえ、平和を願う気持ちを失わず、世界を見る目を持っている人々。 これが共生する真の姿だし、本来の宗教観である。 そこにはイスラム教も、ユダヤ教も、キリスト教も、仏教も何もない。 そういう視点に立たないと、イラクやイスラムの問題は絶対解決しない。 政治や経済は裏の裏があるもの。 プロパガンダを鵜呑みせず、自分で判断し見る眼を持ちたい。 オープンジャパンのページに是非アクセスして考えるきっかけにしてほしい。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月23日火曜日

経済格差が紛争の根っこ

 我々の学生時代には、マルクス経済に対抗するサムエルソンの近代経済学を学び、南北問題の解決というのが大きなテーマであった。 今思うと政治も経済も二者拮抗状態を解決しようという、非常に単純なものであったように思う。 しかし、現代の国際政治や経済の舞台は半世紀の間に数倍も複雑になってきたと云える。
 その複雑さが、更に混迷の坩堝に落ちるような事件が一昨日起きてしまった。 パレスチナの過激集団ハマスの創設者を、イスラエル軍が銃撃したというニュースは、ニューヨークの9.11に匹敵する事件であろう。

 当事者のイスラエルは、当然の行動だと云うし、アメリカもこの事件を容認しているが、そんな単純な事件ではない。 これをパレスチナから見れば重大な犯罪行為であるからだ。
 スペインの3.11と同様に、今後もこのような悲惨な事件が繰り返されるであろう。 アメリカによるイラク侵攻理由がどんどん不透明になる中、ブッシュの不正義な行動に同調し派兵しているスペインやポーランドまで騙されたと認識し始めて来ている。 今後さらに混迷を深め国際間の緊張が更に増大していく中で単純な米国追従策ではない、日本としての明確な立場をきちん表明しないと、日本国内にも混乱を招くことになろう。

 アイルランドのIRAもそうだが、地域紛争を単なる部族争いや宗教戦争と簡単に言ってはならないと思う。 人は誰でも美味しい物を食べたいし、いい家に住みたいし、安全な生活を過ごしたいと思うもので、生き物としての自然な摂理なのである。 誰だって搾取されれば怒りもし、取り戻そうとし、対抗策として武力闘争に出るのは必然なのだ。 IRAが長年の戦闘の停止を宣言したのは、イギリスによる搾取経済から脱却して、国内経済が豊かになり国際的地位も上昇した結果ではないだろうか。

 豊かなイスラエル人が居住地を増やし、パレスチナ人が貧民窟に押しやられば、不満が爆発するのは当然である。 アウシュビッツで未曾有の辛酸を舐めたユダヤ人は、逆にパレスチナ人に対し同じことをやっているだけと理解するのが自然である。
 こういったことを考えた時、四半世紀以上前に問題になった南北間の経済格差が未だもって存在していると容易に理解できるし、そういう視点に立った国際協力や支援を行うことが大事だと思う。 マルクスレーニン主義はとうに終わったのである。 形を変えた帝国(=大国=植民地)主義を繰り返すのは止めようではないか。

 単に自衛隊がイラクに行って、アメリカ軍がつぶした道路や橋の造成することが、国際協力でないことは少し考えれば誰でも分かることなのだ。 物質的に、そして精神的な安全が保証されれば、誰でも握手を求めてくるのだという単純な発想が、解決への糸口になるのではないだろうか。 そんな思考経路を政治家には持ってもらいたい。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月8日月曜日

寄付控除

 昨年の個人所得に対する納税額を確定するための申告期間が、残すところ一週間ほどになってきた。 国民の一人として、また道路など社会基盤の恩恵を受けている身としては、自分の所得に見合った税額を納めるのは義務であると思う。
 しかし、無駄な自衛隊イラク派兵、代議士秘書費用の詐取、公的資金の銀行投入、不良債権の海外資本へのたたき売り等々、どう見ても税金が適正に使われているとは思えない。 そんな思いで、税金を納付しなければいけないというのは国民の一人として非常に残念だ。

 以前、この欄にも書いたことだが、アムネスティー国境なき医師団あしなが育英会など、僅少な額だが寄付を重ねてきた。 今回この寄付控除を含めて申告しようと税理士さんに相談したところ、このうち1団体分しか控除対象にならないとのこと。
 それぞれ国内のみならず国外でも、よりよい社会の実現のために働いている団体であり、殆どの日本人は詳しくは分からないとしても、その活動を多くの人がおおよそ知っている団体なのである。 節税対策としての寄付行為が認められて、このような大事な市井の活動を認めないとは、いかに日本の税法等社会体制が貧困であるという証拠なのである。

 先日、来日したフランスの外相のインタビューをテレビで見たが、(フランス人の合理性や人間性、フランス車など自分の好みではないが)地球に生きる仲間として共生しようという考え方を基にした彼らの政策は何ともすばらしいと感じる。 人民の主権を勝ち取ったフランス革命を体験しているからこその発想であろうが、個人的にも文化的で豊かな知識を持った人が多いのは羨ましい限りである。
 それに引き換え日本の政治家の貧相な思考は何とも悲しい。 単一な発言しかできない者に、「バカの壁」を引用して揶揄した代議士が現れたそうだが、そう言わざるを得ないほど、日本の政治家は貧困の一途を転げ落ちているのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月7日日曜日

水中療法(アクア・テラピー)

 BSE、鳥インフルエンザ、自衛隊のイラク派兵、代議士の秘書経費詐取など、不愉快なニュースばかりで、テレビの報道番組を見る気にならないことが多いが、土日に放送される特集番組などでは普段知りえないことを知ることができ、役に立つことも多い。

 今日見たTBSの番組では、自らのリハビリ体験からプールを利用した療法を進める企業を起こした女性社長を紹介していた。 高齢者や障害者などが自分の障害に応じたプログラムで、生き生きと水中運動と水中療法(アクア・テラピー)をすることによって心と体の健康を維持しようとするものである。
 歳をとって水着を着るのは恥ずかしいと言っていた女性も参加することによって、楽しく明るく元気を維持されていることが、テレビの画面からも伺い知れた。

 いまや老人介護や老人医療にかかる費用で、市町村の財政を圧迫していると云われている。 このようなアイディアが財政を軽くし、老人が生き生きと外出できる機会が持てるということは何ともすばらしい。
 飯田市にあるらしい、この(有)ファインという会社のノウハウを活用した市町村は、阿智村など増えているようだが、国のお仕着せの事業ではなく、企業活動であれ地方行政であれ、このように住民のための知恵が働いている姿を見ると、何ともすばらしいと賛辞を送りたくなってしまうのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月6日土曜日

孫正義、学会組織を利用か?

 ヤフーBB顧客名簿を利用した恐喝事件の発生を聞いて、皆何故だろうと思ったことであろう。 あれだけの成長企業であり、しかもコンピュータ情報を業としている企業でありながら、情報セキュリティーへの対策が何故十分になされていなかったのかと、不思議に思うのが一般人の感覚である。
 十分な対策が施されていたとすれば、内部に近い者が関係していると言えるであろう。 と思っているうちに、とんでもない情報を週刊誌の広告で見た。 それは、恐喝事件の主犯は、公明党の母体である宗教団体の幹部であるということである。

 ヤフーBBは、首都圏を中心に、”無料お試しセット”と称して駅前や繁華街で盛んに売り込みをしているのは、周知の事実である。 人から聞いた話で、確証はないが、その営業活動にこの宗教団体の人的応援を得ているらしい。
 自民党が議会の絶対過半数を得るために公明党を利用しているように、孫正義も学会の組織を利用しているのかもしれない。
 それだけヤフーBBは、背水の陣にあるということであろう。 くしくも、社会保険庁職員が共産党機関紙を配布し、公務員の政治活動禁止条項に叛いたと逮捕されたというニュースが流れた。
 ひょっとして共産党系から首謀者情報が流されて、その報復に公明党が末梢的な公務員の政治活動を摘発するように検察に働きかけたのかもしれない。

 どちらにしても、我々の通常の生活の中でもスパイ活動のような動きがあるということだし、松本サリン事件の河野さんのように、司法機関から思わぬ嫌疑をかけられるかもしれない。 ヤフーBBのような派手な売り込み攻勢をしているものは、やはり”何かキナ臭いものがあるな”と感じる嗅覚を持つべきなのであろう。
 自分と自分の家族を守る手段を持つことをこういった社会事件から学ぶことが必要なのだと思う。

 なお、このヤフーBBだが、以前に我が家でも試してみたが、他の付加装置との関係か正常に動作せず利用を諦めたことがある。 他にもノイズが大きいとか、他人の電話との混信があるとか、急に切断されるとか、問題が多いように聞く。 NTTもIP電話の営業を行っているが、まだIP電話の技術そのものが成熟しておらず、営業戦略が先行しているようにも思えて仕方がない。
 ”安い、便利”という売込の裏をよく精査しないと、とんでもないことになるのが現代なのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月3日水曜日

一茶忌俳句大会の大賞取消

 「昨年11月の一茶忌俳句大会の大賞作品が過去の他の大会の入選作と全く同じだったことが分かり、大会実行委員会が授賞を取り消したことが、28日分かった」と29日のしんまいページに掲載されていた。

 応募数5586句の中から選者20人の審査により大賞に選ばれたのは、県外の女性が応募した「新米を真水のごとく掬(すく)ひけり」とのこと。
 早速、一茶記念館のページを見たが、大賞の欄が空欄になっているだけで、事の経緯など説明はない。 全国的規模で募集している以上、色々なケースがあるだろうし見抜けなかったのは残念だが、分かったからにはもう少し状況説明がほしいと思うのは自分だけであろうか?

(旧徒然日記から転記)



2004年3月2日火曜日

クレーム投稿に思う

 この所、信濃町観光協会HPの掲示板には、スノーパークの第6ゲレンデ再開を願うものや、レルヒ大会での子供向けイベントでの苦情などが掲載されている。 過去には、リフト係員の相応しくない言動などに対する苦情や要望などが掲載されているが、これら一つ一つに直接回答することは、組織上も難しいものと思うものの、何らかの形で投稿者の意向を収めるようなレス(回答)がないことに、いつももどかしく思っている。

 その原因が、どこにあるのかと自分なりに考えてみたのだが、経営主体の黒姫観光開発は、JTBや日商岩井など数社の出資で出来ている会社らしく、職員は殆ど出向者らしい。 そして、現場はパートタイマーが中心で、会社の軸となるプロパーな立場の人がいないと思われ、いつも繰り返される件の掲示の根っ子はそんな所にもあるのではと思えるのである。
 何も出向者が悪いということではなく、寄合所帯になると、経営方針や企画策定にあたって、どうしても出向元の意向を受けたものになりやすく、ほどほどの案で収まってしまい易い。 黒姫としての独自性を生かしきれず、トラブルなどにも速やかな対応ができないのではと推察するのである。
 独立企業として黒姫で経営していくのは至難の業だとは思うが、もしそうであればもっと徹底した計画案が出せるだろうし、効率化や経営の明確な方針も打ち出せるし、お客さんへのこまやかな対応ももっと可能になるのではないかと思う。
 現在のように、責任者というか中心的役割が役場にあるのか、観光協会にあるのか、スノーパークにあるのか、不透明で、しかも明確なビジョンが見えて来ないうちは、黒姫の観光開発に大きな発展を望めないのではないか。
 現在、町役場では町民参加のプロジェクトチームが発足したばかりであるが、前掲の掲示板の内容にも考慮した新しいアイディアが出て、色々な議論彷彿となることを期待したいものである。

(旧徒然日記から転記)



2004年3月1日月曜日

カルト集団のこと

 ”宗教はアヘンである”と言ったのは、マルクスだったかレーニンだったか、よく知らないが、麻薬摂取のような快感があるからこそ、入信者は疑問を持たずに苦行にも耐えるし、異様な行動に出ることもできるのであろう。
 オウム全盛期に、秋葉原界隈で異様な装いをした若者たちが、”安いよ!”とパソコンのチラシを配っていたのを思い出してしまった。 あのように、オウム教に類する新興宗教が規模を拡大するポイントは「人と金」であろう。
 どんな崇高な教義があろうと、布教活動の中では、より人間臭く、より経済的であり、より戦略的なのであり、その姿は企業運営と全く同じなのである。

 通勤電車のつり革広告でよく見る写真だが、ある団体のリーダーは、世界の著名な人物と一緒に写っている姿をたびたび掲載し、あたかもその著名人と心を一にしているんだと、見る人間に暗示をかけている。
 それだけ、ドロ臭く人間臭いのが、新興宗教の実態なのであって、そこに崇高さは微塵もない。 宗教であろうがなかろうが、信者にとっては組織に存在することの安心感が、確かに個々には感じられるのだろうが、反面、そういうドロ臭さの中で、組織的に利用されていることを分かってほしいと思う。

 そのような実態を知らずに、その教義が絶対唯一と入信する者が何と多いことか、非常に疑問に思えてならない。 八百万の神を信望してきた日本人は、頼る物は何でも良いのであろう。
 それが企業であれ商売であれ、自分の存在感を感じさせてくれる組織なら何でもいいのである。 逆に言うと、本来の普遍的で親和性を持ち、排他的でない、本来の信仰を知らないのである。
 平和活動を一貫して推進している日本山妙法寺や、先の大戦でなくなった戦没者の遺骨を供養する活動を行っていた松本の神宮寺住職のような姿が、本来の宗教者の姿であって、そういう所に本来の「魂の救い」が存在するのである。
 再び言うが、排他性を持つカルト集団は、宗教でも何でもなく、ヤクザ集団と同じ。 信者はただ利用されているだけなのである。 絶対入信しても本来の安然を得られることはない。

(旧徒然日記から転記)