お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

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2004年9月30日木曜日

ストーンさんの子息が野尻へ

 今日の信濃毎日新聞には、「信濃町に尽力の宣教師の息子が講演」と題して次の記事が掲載されていた。

 第2次大戦前、信濃町で農業振興などに尽くしたカナダ人宣教師A・R・ストーンさんが没後50周年を記念して29日、ストーンさんの息子、ロバート・ストーンさん(66)が同町野尻湖小学校を訪れ、講演した。 ストーンさんは戦前、布教のため訪れた同町で、農業改良や地域おこしに尽力したが、1954年の「洞爺丸」海難事故で亡くなった。 ロバートさんは、現在もストーンさんが町内で親しまれていることに「父自身が一番驚いているでしょう」と喜んでいた。(以上、しんまいHPから)

 ストーンさんが、ルバーブ栽培古間鎌製造などに貢献された話は町民であれば誰でも知っていることであろう。
 上高地では、毎年夏山開きにウインストン祭が、上越高田では近代スキーを広めたレルヒ祭が2月に行われている。 ストーンさんについては宣教師という立場を除いても信濃町には多大な功績をされた方である。 同じようにメモリアルデイが信濃町にあってもいいように思うし、観光イベントやキャッチの一つにもなるのではなかろうかと考える。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月29日水曜日

自治(町内)会費

 信濃町に住いをもつようになって、自然と町内会(区)費の支払いが始まった。 都市部で町内会費というと月300円程が相場のようだが、こちらでは毎月ではないが区費、組費、街灯代、浄化槽代等の名目で相応の負担がある。
 更に、共用施設の維持のための清掃作業に出れない場合は出不足料、寺院以外の墓地を所有する(借りている)場合にはそちらの維持費も必要になる。
 これらをまとめるとかなりの金額になろうが、地方の町村ではそもそも住民が少なく財政規模も小さい。 信濃町でも社会保険や病院の維持、冬場の除雪等にかかわる費用が財政を圧迫していると聞く。
 そういう中で、区や組が町政の下部組織としての一端を担わざるをえず、住民への負担が増えるのはやむを得ないことだろうと思う。

 ところが、我々の地域の中にはそういう負担をしたくないと考えておられる方がおられるらしい。 高齢の所帯では一部免除するような決まりもあるようだが、はなから支払いを拒絶しているとのこと。
 色々な会合が終わると酒が入る懇親会は確かに多いが、これらの会計とは一定の線引があるようで、支払拒絶の理由にはならない。
 地域には連綿と続いてきた習慣とか絆のようなものがあるし、足らなものについては相互に補っていかざるを得ない状況にあると思う。 それを煩わしいとか勝手にやってほしいと拭い去ってしまうと住民同士の繋がりとか相互扶助の良さもなくなってしまうであろう。 役員方は色々苦労されていると聞く。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月28日火曜日

自治会入会金

 静岡県内のある地域で、中古住宅を購入し入居したら、その地域の自治会から入会金10万円を請求され、断った所、自治会が管理しているからと、住民税を払っているにもかかわらず、収集場所へのゴミ出しを断られたと、あるテレビ番組で放送していた。

 入会金10万円の根拠は、町内会館設立資金にかかわる住民への相応の負担だというが、その建設費は既に完済しており、自治会には既に数百万円の余剰資金があるということであった。(その住宅の前の持ち主が町内会館建設資金を負担していたかどうかというコメントはなかった)
 確かに共用する施設に同じ負担をしてほしいという考えは分かるが、居住した時期に応じて負担の増減が出るのは仕方ないのではと思う。
 逆に、この例のように不要な余剰資金を増やしていることの方が先々での使いみちなどトラブルの元になるのではないかと危惧されてしまう。

 我々も信濃町に来た時に、通常の町内会費(区費)に加え町内(区)会館建設資金を返済中だと、各戸と同様の負担を云われ、この地域に自分の家屋がある以上は、負担するのは当然であろうと了解したのであった。
 幸いにも、間もなく完済時期に来ていたので、数回の支払いで済み、それまで数年に亘って先住の方々が負担したと同様の額を請求されることはなかったし、以降新しく住まわれた方々に請求したという話は聞いていない。

 この静岡県の例について、先住の方の考えが正しいのか、新たに入居された方の考えが正しいのか分からないが、地域には将来にわたって何で厄介になるかもしれないので、普段から応分の負担はしたい。 でも、町内会館の修理費程度の積み立ては必要であっても、数百万円もの多額な余剰金を置く必要はないとも思われる。 そんな所から解決策が見出されることを期待したい。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月26日日曜日

パン雑感 その2

 善光寺前の通りに、パン屋さんを集めたビル「リプロ表参道」が出来るというのは、KURAという雑誌で知ったのだが、あちこちページを見ていると既に開店しているが、1階だけがパンの店舗で、2階以上は展示ルームや住居になっている由。

 市内を中心に25~30ヶ店のパン屋さんのパンが並んでいるということだが、柔らかくて、フワフワして、甘くて、(人工的な)香りのあるパンが美味しいと思っている人が殆どだし、そういうパンを売らないと商売にならないから、2~3歩引いて見ていた方がいいかもしれない。
 粉だけでなく、どんな水や酵母、油脂を使っているか、そこまで言及してパンを食べる人は少ないであろう。
 イギリスの列車内で買った製粉しただけの粉で作ったパン、バースで食べたサーモンサンド。 本当に味のあるパンだった。 あんなパンに出会えるのは、日本では乗鞍だけかもしれない。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月25日土曜日

「町民の森」訴訟で原告敗訴

 信濃毎日新聞のページに次の内容が記載されていた。
 

 上水内郡信濃町が「町民の森」整備のために国から払い下げを受けた山林に、国との契約に違反して民間住宅が建っていた問題で、同町野尻の肥塚正さん(72)ら町民10人が、国に違約金の支払い義務を発生させた-として、町長が町へ約9千万円を返還することや原状回復することなどを求めた訴訟の判決が24日、長野地裁であり、辻次郎裁判長は、原告の訴えを棄却・却下した。(以上、しんまいより転載)


 敗訴の理由は分からないものの、契約違反があっても町民には直接の被害がなく告訴理由がないということなのであろう。
 でも違約金9千万円というのは、町の財政にとっては大変な金額だし、その辺りの説明責任を町が町民にきちんとしているのか、自然に疑問が湧くものの、当初の事情や経緯も分からないので判断のしようがない。

 ただ、あの場所は黒姫山表登山道の入口で、白樺の若い木が沢山植えられていて、将来はいい森になるのではないかなとは思える。 住環境としても今は良いが、仁の倉線が延びてくるようだと車の往来が多くなるかもしれない。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月23日木曜日

パン雑感

 信濃町でパン屋さんといえば、柏原信号脇と八十二銀行信濃町支店前の2ヶ所だと思うが、どちらも町中の普通のパン屋さんである。 戸隠奥社の駐車場に行くと大井の方が、草餅やお焼きなどを軽ワゴンで販売しているがこれはパンではない。

 先日、JAながのの広報誌を見ていたら、三水村赤塩で、30才代の方が民家を借りてパン屋を始めたと載っていた。 信濃町でも古海で以前パン屋をされていた方がいたが、理由はわからないものの長野市内へ移転された。
 ある雑誌を見たら、善光寺山門近くにパンをテーマにしたビルが出来て色々なパン屋さんが入るとのこと。 乗鞍に工房を持ち石窯で焼くル・コパンも出店するということなので是非行ってみたいと思う。
 しかし、有機とか天然酵母とかを御旗にパンで経営していくのは至難の業であろう。 食生活が変わりつつあるというものの、いまだ味噌・醤油の文化がどの家庭でも残っている。 パンといえば100円程度の菓子パンで子供の副食のような感覚の人がいまだ多いし、美味しくても500円、600円出して固いパサパサしたようなパンに見向きする人は少ないと思う。
 また、パンを主食にすると、どうしてもバターなど油脂や肉食料理中心となり、ひいては肥満など成人病の要因にもなる。

 我が家でも時折パンを焼くことがあるが、信濃町の水道水、さらには山で取水した天然水で生地を捏ねると発酵具合が良く、香りのある大変美味しいパンができる。
 ここには、パンを作る環境が十分にあると思うのだが、これを商売として仕事にしていくのには更に知恵や情報が必要ということなのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月20日月曜日

秋の祭礼

 昨日は、古間地区の秋祭の宵宮の日であった。
 戸隠から4時頃戻ってくると、”祭”と背中に大きく書かれた法被を着た子供達が10数名、神輿を”わっしょい、わっしょい”とやって各戸を回っていた。 その子供達だが、それぞれの役回りが不満なのか子供同士で喧嘩する風景も見られた。
 大人の場合と同じように、各戸で祝儀をあげるそうだが、500円程でいいようだ。 街中だと、山車を子供達が引っ張る姿が多く、町内会館に戻るとお菓子やジュースなどが褒美として配られるが、こちらではどうなのかよくは分からない。

 そして、しばらくして大人の神楽が笛や太鼓、鉦の音とともにやってきた。
 こちらも各戸を回るが祝儀は2000円ほどでいいようだが、商売をしている家では各組の神楽が寄るので大変な出費であろう。
 以前、この神楽を引く役目をしたことが何度かあったが、なかなか大変なもので、神社での奉納舞が終わって帰る時は、皆気が抜けており、一番慎重を要する時だ。 10を越える年月が経つと、もうだいぶ代替わりが進んだのか、顔ぶれが若返って、篠笛を吹く人達は20才代から30才代が中心で、若い女性も加わっていた。 こうやって古からの習慣が新しい世代に引き継がれていくのであろう。

 各戸を回る神楽は、新しく住まわれた家や新築された家でその繁栄を願い、神楽舞いを舞われることが多い。
組内を回った神楽は一旦区の会館に戻り、9時頃になると国道脇の元スーパー前の駐車場に集結すべく商店街をにぎわせながら次から次へと通って行く。 夏の盆踊り大会に匹敵するほどの賑わいである。
 そして10時、数発の花火を合図に古間神社の坂を上り、神殿での奉納舞と続くのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月18日土曜日

再び、一茶記念館講座へ

 再び、一茶記念館の講座を受講した。
 今回の題目は、「句にあらわれた一茶の社会性と政治性について」で、講演者は専修大学青木美智男教授である。
 先生は、近代史が専門で、百姓一揆などを勉強されてきたが、小林一茶の句の中から、一茶が生きた時代と一茶自身の生き様が分かると解説されていた。

 一茶の句から時代像を読み取るということで、
1.信州村落での民間教育の様子
2.江戸裏長屋での暮らし
3.信州人の江戸稼ぎ
4.一茶の異国観と自国観
とに分類され、それぞれに数句ずつ実例をあげ解説。

その中で、

  •  御仏やエゾが島へも御誕生
  •  花さけや仏法わたるエゾが島
  •  江戸風を吹かせて行くや蝦夷が島
  •  来て見ればこちが鬼也蝦夷が島

などは文化文政時代のアイヌ同化政策の実態が分かるものであった。

 平均余命30数歳の時代に65歳まで生きた一茶の、”生”に対する執着心や時代をきめ細かく見る目があったからこそ、晩年、小さな生物に対する優しさを詠う句が生まれてきたという結論であった。
 前回の原子朗さんの講座と同様に今回も実りの多い話を聞くことができた。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月17日金曜日

和リンゴの栽培

 昨日16日の日本経済新聞朝刊文化欄に、信濃町に近い牟礼村で国内最後の「和リンゴ」栽培をされている方の手記が掲載されていた。
 和リンゴは、アジア西部からヨーロッパ東南部を原産地としシルクロードをたどって、中国から仏教の伝来とともに日本に伝わったとのこと。

 今、旬のフジや紅玉にくらべ、はるかに小さく直径4~5cmのゴルフボール大で、サクランボのように赤く鈴なりになるらしい。
 お盆の供え物や善光寺さんへの納め物として重用されてきたが、1955年頃腐乱病にかかり、ほぼ全滅していた所、牟礼村の米沢さんという方が再生されたと記載されていた。

(旧徒然日記から転記)



2004年9月15日水曜日

住民の名前トップテン

 町の広報誌「しなの」9月号を見ていたら、小さなコラムに「信濃町で多い名字ベスト10」という記事があるのを発見した。

 信濃町に初めて来た時から、小林さん佐藤さんという名が実に多いと感じ、ホームページ公開時に町内の電話帳から名字を数えて、所帯数としてランク表にし掲載して来た。 広報誌の記事の方は、住民登録数からカウントしているので数字は確かであろうが、9位と10位の名字は当サイトでは同数としていたので、広報誌と全く同じ順位という結果であった。
 当ホームページをヒントされていたとしたら、少し嬉しいかな(~_~;)

以下がその内容で、
順位・名字・当サイト記載・広報記載数
№1 小林   312    962
№2 佐藤   223    634
№3 中村   147    373
№4 池田   103    267
№5 北村    87    229
№6 竹内    69    191
№7 丸山    68    177
№8 高橋    51    152
№9 松木    49    148
№10 大沢    49    130

(旧徒然日記から転記)



2004年9月4日土曜日

ネットワーク・カメラのページを作る

 どこにいても、黒姫山のリアルタイム映像が見れればと思い、先月新しいネットワーク・カメラを設置した。

 ハードの設置はどうにかなったが、ルーター設定やページ作りに苦慮した。
 ネットワーク・カメラの仕様書を見ても、ページ作りの詳細までは載っておらず、実際に同じカメラで運用されている戸隠村やその他のページを参考にしながら、スクリプトの改造や作成をしてきた。

 夜間、暗い映像を写しても仕方がないので、日中の履歴映像を表示するように時間帯で切り替えたり、色々工夫してきたがブラウザによっては動作しないかもしれず、まだまだ隠れたバグ探しが必要であろう。

 このように手間隙かけたカメラだが、9月は意外と雨降りの日が多く、快晴の山が見られることは少ない。 10月後半からの紅葉の変遷や初冠雪などの景色を今から楽しみにしている。
 なお、この映像は携帯電話でも見ることができる。 携帯でのアドレスは、http://www.kurohimekogen.com/i/http://kurohime.homeip.net/i/)

(旧徒然日記から転記)



2004年9月3日金曜日

環境計画策定委員会委員募集

 信濃町の環境を一緒に考えないかと、信濃町役場のページでは環境計画策定委員会委員の募集公告を行っている。
 町に環境条例なるものがあるのか知らないが、野尻湖周遊道路を歩いていると、不燃物が投棄されている場面にたびたび遭遇することがあるし、その他の場所でもこんな所に廃材の捨て場が何故あるのか疑問に思えることがある。
 例えば、長水赤渋藤田観光別荘地の入口などで、廃車や古い建築資材や錆びた機材などが所狭しと大きな山になっているのが見える。
 所有者から見ればリサイクル資源という認識であろうし、一般人にはゴミの山と見えるものを観光客の目に触れないようどこかに隠せばいいという問題でもないが、でも、信濃町に来たお客さんはガレキの山を見れば楽しさは半減するであろう。
 信濃町が観光や農業で食べていく町であることを考えると、住民全員が町の自然や環境について積極的な認識を持つ必要があり、そういう中でこのような事象も解決されることを願いたい。

(旧徒然日記から転記)