お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



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2004年10月27日水曜日

中越地震被災者へ篤い支援を

 23日に発生した中越地震では、信濃町の震度は4三水村では5であったそうだ。
 信濃町には活断層はないと聞いていたので地震は心配していなかったが、以前かなり大きな揺れがあって驚いたことがあった。 今回は信濃町で感じたであろう2度目の大きな地震であったが、幸いなことに出かけていたので地震の恐怖を味わなくて済んだ。
 発生後数時間してつながった電話で町の様子を聞くと、怖い思いをしたが実害はないとのこと。
 町のホームページでも被害の報告がないと掲載され安心した。

 ただ、神戸、三宅島、普賢岳など大きな災害が起きるたびに思うことだが、国レベルの援助体制が非常に遅いし、援助物資も少ない。 未曾有の災害に遭われた方々に国の金を使うのは当然であろう。 アメリカの要望に応えた自衛隊のイラク派兵に金を使うよりもっと大事なことではないだろうか。
 首相の現地視察に対し、パフォーマンスは要らないと発言した被災者がいたらしい。 売名行為でもいいから、政党であれ宗教団体であれ企業であれ、全ての被害者にすみやかな篤い援助活動をされることを期待したい。
 3日、4日して未だ車の中で生活している映像は文化国家の姿ではない。 年老いた方々に希望の微笑みが早く戻ることを願いたい。
 一市民として出来ることは、僅かな援助のお金を送ることだけだが、それでもテレビの映像で対岸の火事と傍観しているより、まだましであろう。 このような災害は自分の周辺でいつ起こるか分からないからである。

(旧徒然日記から転記)



2004年10月25日月曜日

卒煙について

 長野県庁が全面禁煙を実施した時、田中知事は随分と思い切ったことをするものだと、愛煙家の職員が県庁周辺の道路で肩身狭そうにタバコを吸っている映像に何か同情したくもなってしまった。 そして、信濃町役場のホームページには、来月から「卒煙クリニック」が長野市内で開かれると掲載されている。

 タバコは”百害あって一利なし”という定説が行き渡りつつあり、日本人の喫煙率が30%台になったということだが、若い女性の喫煙は逆に増えているように感じるし、信濃町でも喫煙者は多いように思われる。
 女性のオジサン化なのか、街中でよく見られる、女性の加えタバコの運転や、人ごみでも頓着せずに火のついたタバコを指にはさんで歩いている女性の姿だけは見たくないものだ。

 長年の習慣を変えるというのは難しいものだが、食後の一服はニコチンの吸収率が一番高いそうだし、喫煙時は血液中の酸素が減少するらしく、体中の細胞を窒息状態にしているのであるから、特に妊娠中や幼児をかかえる女性の喫煙は決してあってはならないであろう。
 かくいう自分も30年前は喫煙の習慣があったのだが、止める気になったら卒煙はそう難しいものでない。 いまや、喫煙車には乗らないし、我が家の客人にも冬であろうと外で吸ってもらってるし、タバコを吸ったばかりの人が来ると臭くてたまらない。
 国民の健康増進を図るということなら禁煙(分煙)を促進する以上に、葉たばこ農家の収入問題もあろうが、タバコの製造販売という過程から国が考えなければいけない問題であろう。 しかし、まだまだ道のりは長い。

(旧徒然日記から転記)



2004年10月20日水曜日

ここ数日の新聞記事

 この徒然日記には、信濃町と周辺地域に関連した情報を自分のメモ用にと思って記していることが多いのだが、先週から今週にかけて信濃毎日新聞には次のような記事が掲載されていた。

1.少子化による児童数減少が予測される中、信濃町の教育関係者や保護者らでつくる「町立小学校適正配置検討委員会」は、11月に町内の全5小学校で将来の在り方について父兄らと話し合う懇談会を始める由。
2.飯山市と野沢温泉村の合併協議会は19日、同村で6回目の会合を開き、新市名を「飯山野沢温泉市」に決めた。
3.戸隠村が出資する第三セクター戸隠総合開発公社が、解散を検討していることが、15日までに分かった。 村営戸隠スキー場で経営するレストランがスキー客の減少に伴い不調で、約2100万円(2002年度末)の累積赤字を計上するなど経営が悪化していた。
4.牟礼、三水両村でつくる法定合併協議会は14日、三水村内で開き、両村の合併期日を来年10月1日とし、新自治体の役場は、現在の牟礼村役場に置くことも決めた。 新自治体の名称は「飯綱」「いいづな」「鳥居川」の3つに絞った。

 このような記事を見ていると、人口のみならず児童数の減少、冬場の観光事業の低迷、市町村合併など、周辺市町村が抱える問題の数が非常に多いことが分かる。
 田舎回帰や農業従事など部分的に地方が脚光を浴びることもあるが、地方の歴史とか独自性を消し去り、金太郎飴のような行政が全国津々浦々に行き渡るようなことだけはあってほしくない。

(旧徒然日記から転記)



2004年10月18日月曜日

志賀で紅葉を楽しむ

 先日、関越自動車道を通ったら、谷川連峰に雪がおりたような白さが確認できた。 黒姫に近い火打や焼山も白くなっていたと聞き、黒姫山に雪が落ちてくるのも間もなくかもしれない。
 そんな中、秋山郷から志賀高原へ向かう林道を走ったが、かなり紅葉が進んで赤味は少ないものの綺麗な風景があちらこちらで楽しめた。 キノコ採りより風景撮りの方に夢中になっている人達が多く、三脚やカメラを担いだ一団が場所に寄っては鈴なりであった。 今週末あたりは、ちょうど盛りであろうから人出・車出がさらに多くなることであろう。

 黒姫周辺の紅葉までは見られなかったが、畑のブルーベリーの葉も一週間でかなり赤くなってきたので、そろそろいいかもしれない。 誰かが云っていたが、20日が一つのポイントかもしれない。
 それにしても随分と気温が下がってきたものだ。  陽射しがあるうちはいいが、そろそろ暖房も必要だ。 台所の床に素足を置いてみたが冷たく、我慢の限界に近づいてきたなという感じである。

秋山郷から志賀へ秋山郷から志賀へ秋山郷から志賀へ秋山郷から志賀へ

(旧徒然日記から転記)



2004年10月13日水曜日

神戸元気村のこと

 ブックオフで見つけた、神戸元気村代表山田和尚著「いのちの力をつかまえろ」を読み終えた。

 早朝、神戸で大地震が発生したのは1995年1月17日。 大変なことが起きたと、出勤後も会社の会議室でテレビに釘付けになってしまったことを昨日のように覚えている。
 生まれてこのかた経験したことのない惨状が、日々伝わってくる中で、家内は居たたまれないと、2月に入ってからリュックと寝袋を持って、長田区に食事の世話をすると一週間あまり出かけた。 勤めのある自分として出来ることは笑顔で送ることしかなかった。

 そんな中で、地震発生直後に埼玉から一人神戸に入り、火災で少女が焼死する場面を目のあたりにしたことをきっかけに、生き残った人々を助けようと立ち上がった人がいたのである。 それが、この本の作者である山田和尚(明)氏であった。
 神戸元気村という名称は耳にしていたものの、こんなに純粋な心を持ち、行動力のある人物がいたことを知り、大変な感銘を受けたのである。
 山田氏は、旅行ガイドやカヌイストを職業とする中で自然とのかかわりに大きく心を動かし、オゾン層を守るためのフロン回収運動を全国の市町村に向け行ってきた。 そして、その運動の成果が出始めた時に大地震が起きたのである。 ご家族の理解と応援もあったのであろう、ただちに神戸に飛んだのであった。

 復興が進む中で、5年を越え、その役割を終えたのであろうか、神戸元気村は2年程前に解散したが、山田氏はニューヨークの911問題についての真相を伝えるべく全国を現在は回っているという。(詳細はオープンジャパンのページで)
 氏に一貫しているのは、自然の大切さ、人の命の大切さ、地球の生命の大切さであろう。
 この本の中で書かれている「静けさに学べ」というフレーズに感じ入った。

 「人間には静けさに戻る場所が必要です。 それから私は(静けさに学べ)と、事あるごとに口にするようになり、スタディ・トウ・ビー・クワイエット....静けさのなかで、水と風と光のなかで、自分のなかに眠る本当の心の声を聞いてほしい。 地球の声に耳を傾けてほしい。 そして、原始の脳を開いて、いのちの声に触れてほしい。(Study to be quiet)

 信濃町では昨年から役場が主体となって町の活性化のためいくつかのプロジェクトチームを組成し、新しい運動を始めようとしている。 その手始めなのか、観光客を呼ぶ目玉として「癒し」をあげている。
 これには、観光会社の安っぽいキャッチフレーズの受け売りをしているようで、何かしっくり来ないように感じている。 色々な業界で随分と前から「癒し」をテーマにしており、今更という感もあるし、所謂流行廃り(はやりすたり)で早々に飽きられるかもしれない。

 今年の8月に、野尻湖の琵琶島でギターリスト辻幹雄氏の演奏を聴いたが、深淵とした宇賀神社の境内であのような演奏を堪能し、野尻湖の湖底に眠る古の人々を想い、そういう人々の歴史の中に自分の存在が感じられたら、それこそ自己免疫力を高める「癒し」そのものではないかと想う。 演奏を終え、「雅」などという文明の器を使わず、余韻を残しながらボートに乗ってゆっくり岸に戻ってくるなどというイベントがあったら素晴らしいと思う。
 山田氏の「静けさに学べ」というような、もっと生命体としての根源から始まったコンセプトの方がもっと強く訴えることができるし、永続きもするであろう。 根源志向、真実志向が大事だ。
 目先の売り上げ増を期待して、ありきたりのテーマを決めてもどれほどの効果があるのか、門外漢の身であるものの気になって仕方がないテーマなのである。

(旧徒然日記から転記)



2004年10月12日火曜日

熊にあったらどうする?

 8月に、信濃町でも熊による死亡事故が起きているが、この所、熊による被害というか、人里出現の話が毎日のようにテレビで放送されている。 しかし、何故こういう事態が頻繁に起きているか、その理由まで解説していることは殆どない。
 先日の信濃毎日新聞には、信濃町役場で今年度分として用意していた熊除けの鈴が、小学生などに携帯させ在庫がなくなったという記事が載っていた。

 ところで、熊は大きく獰猛だという概念が日本人には植え付けられてしまったようだが、実際にはドングリなど木の実を食べる草食が中心で、非常に警戒心の強いものの、動くものには関心を持つ動物なのである。
 しかし、針葉樹を中心にした植林政策のおかげで、山には落葉樹がなくなり、ひいては熊の餌になる植物が育たなくなった。 そして、川釣りや山菜採り、川遊びなど、人間の自然との楽しみ方が山の奥へ奥へと変わってきた。 その結果、人間が食べ物やゴミを放置したり、単に埋めただけでは、熊は簡単に見つけるし、自然の実より味の濃い食べ物を舌で覚えてしまうのである。

 今年のように高温の夏が続き、山に餌となる実が育たなければ、人里の畑でトウモロコシや果物を餌にするのは自然の成り行きだし、畑に餌がなければ人の住い近くに出現することにもなる。
 射殺した熊の胃袋を見ると、餌になるものが何もなかったと話している映像も見た。
 小熊は母熊と3年は生活を共にし生き方を学ぶのだが、母熊が殺されれば、自分の住処や山に戻ることもできず、人里に戻ってしまうことも考えられる。

 こういう熊の生態について書かれた本を今回読むことができた。
木楽舎刊:「クマにあったらどうするか」
副題:アイヌ民族最後の狩人 姉崎等
聞き書き: 片山龍峰

 70歳近くまで北海道で熊獲りを業とし、一人で40頭、グループで20頭を捕獲したという姉崎さんという方に熊の生態などをインタビューして書としたものである。
 この本を見ると、人間は被害者ではなく、人間こそが熊や山の自然への加害者であることがよく分かる。
 熊を単に恐ろしい害獣とするのではなく、日本の国土そのものの生態まで考えるきっかけとして、熊出現の報道を見てほしいと思うのである。
 この本の中で述べられている、熊にあったらどうするかの10ヶ状を掲載したが、その真意をこの本からぜひ学び取ってほしい。

(旧徒然日記から転記)



(まず予防のために)
1.ペットボトルを歩きながら押してペコペコ鳴らす
2.または、木を細い棒で縦に叩いて音を立てる

(もしもクマに出会ったら)
3.背中を見せて走って逃げない
4.大声を出す。
5.じっと立っているだけでもよい。その場合、身体を大きく揺り動かさない。
6.腰を抜かしてもよいから動かない。
7.にらめっこで根くらべ。
8.子連れグマに出会ったら子グマを見ないで親だけを見ながら静かに後ずさり。

(その前に母グマからのバーンと地面を叩く警戒音に気をつけていて、もしもその音を聞いたら、その場をすみやかに立ち去る)
9.ベルトをヘビのように揺らしたり、釣竿をヒューヒュー音をたてるようにしたり、柴を振り回す。
10.柴を引きずって静かに離れる(とがった棒でつかない)

2004年10月11日月曜日

停電対策を実施

 6日に、古間地区では長い時間にわたって停電が発生したらしく、そのため当サーバーも停まっていた。
 従前から停電を予想して無停電装置(UPS)を置いているが、老朽化で数分しか対応できず、瞬断なら問題ないが数時間にわたると完璧にダメになってしまう。

 と同時に、グローバルIPアドレスという、所謂ネット網から接続するための番地が、一旦停電になると、復旧した時点では別の番地が自動的に割り振られてしまう。
 ネットからは旧来の番地で接続しようとするのでサーバーが見つからなくなるのである。 番地が変わったことを検知しネットに知らせるソフトがあるのだが正常に機能していなかった。

 今回、いくつかの対応をしたことで、今までよりは安定した運用ができるとは思うが、素人の寄せ集めの知識で動かしているのでトラブルの種がどこに潜んでいるかは分からない。

(旧徒然日記から転記)



きのこ会

 2~3年前から我が居住区では、この時期に”きのこ会”が開かれているが、なかなか日程が合わずに参加できない。 我々が10数年前にこの地区に住いを構えた時にも、実施してたことがあり、我々にとっては初めての地域への挨拶の会として参加したことがあった。
 広っぱに側溝の金属蓋などを持ってきて火を焚き、きのこを焼いたり、きのこ汁を作ったりして楽しいひと時を過ごした。 ”しもふりたけ”だったかホイル焼きにしたものを燗酒に入れ、ひれ酒のように風味を楽しむのを憶えたのもこと時であった。
 以降、機会あるごとに鳥居川の虹鱒解禁だとか理由にしては食事会を開くことがあり、親交を深めるには非常に良いチャンスになっていた。 その後はあまりこういう機会がなかったが、住民の顔も若返り”きのこ会”という形で復活したようだ。

 どちらにしても、黒姫の自然の中で収穫したものを楽しむには、そのスジの専門家がいないとかなわず、山の中に入り込んだからと、山菜、キノコ、タケノコなどをそう易々と誰もが手にすることはできない。
 山の生態を知り、収穫の喜びを味わえるのは、こういった山に詳しい人達がおられるからである。
 今日11日は、コスモス園の最終日でもあった。 この所雨降りばかりであったが、雲はあるものの晴れ上がり、園内には最後のコスモスを楽しむ人影を見ることができた。

コスモス園

(旧徒然日記から転記)



2004年10月10日日曜日

台風22号

 今年は、熊の人里への来訪に加え、台風の日本列島上陸が多く、昨日も台風22号が関東地方南部を足早に通過して行った。
 午後4時に伊豆半島に上陸し、東京でも大雨になって浸水被害などあちこちで起きていたとテレビは伝えていた。
 それにしても、いざ台風の襲来で懐中電池や携帯ラジオを探そうとするが見つからない。 普段からの心構えが必要と同時に、長時間にわたる停電で電力のありがたさを感じた日であった。
 そんな時間帯にあって、黒姫はこんな写真の情景であったとのこと。

黒姫山

(旧徒然日記から転記)



2004年10月7日木曜日

きのこ

 10月は実の秋!
 熊も冬眠前の体力作りに、山に食べ物がないため里で餌探しに必死のようで、あちこちで遭遇事件が跡を絶たない。
 この時期、畑作では米や蕎麦の収穫が中心で、この作業を終えると冬支度になろうが、山ではキノコの収穫が楽しめる。 といっても、マツタケなどはなくイッポンカンコとかシロシメジなどが中心。

 以前、古海の林の中で見つけたカンコに奇声をあげたことを憶えているが、今週末の9日~10日には富士里支館で毒キノコを見分けるためのキノコ展が開かれるとのこと。 特に10日は鑑定もしてくれるそうだ。 詳細は役場のページに掲載がある。
 また、ナウマンゾウ博物館では11日(月)に飯綱山麓を歩き、キノコを学ぶイベントを催す。 こちらは前日までに申し込む必要がある。 来年からはこういった企画にも是非参加して行きたいと思う。

(旧徒然日記から転記)



2004年10月1日金曜日

職業紹介ページに関連して

 青島氏が東京都知事になった時、ハローワークという言葉を知らないと揶揄した都議会議員がいたことを思い出してしまったが、信濃町で仕事を探すにしても職業紹介所が今までなかった。
 しかし、今年8月に役場の商工観光課に無料の紹介所が新設され、9月からはホームページにも求人内容が掲載されるようになった。

 どこの求人でもそうだが、募集対象年齢は、比較的若く高齢の人達の求職はなかなか難しい。 しかも、時間給と通勤費自分持ち(マイカー通勤)を考えると、なかなか期待通りの収入ではないかもしれないが、こういうふうに紹介という場があることは住民にとってもありがたいことであろう。
 あと、以前から思っていたことだが、北信濃の自然を求めて信濃町に居住したいと思っても、建物賃貸売買情報がどこにもなく戸惑うことが多い。 知り合いを通しての情報収集とか中野や牟礼の不動産業者に聞くしか手立てがない。 我々もリゾート雑誌を参考に信濃町に来たのだが、知人と役場の方から情報をいただき、今の場を手にすることができた。

 住民の所有不動産にかかわる情報というのは個人情報の要素もあり、公開するのは難しいとは思うが、不動産売買・賃貸情報が役場で取得できれば、新居住者にとっても大変助かるのではないかと思う。 更に、居住のみならず、新規就農やそこまでいかなくてもほどほどの規模で畑作をしたいと考えている人もいるだろう。 この求人情報に加え、不動産情報を概要でもいいから役場のページで一覧したいというのは自分だけでないだろう。

(旧徒然日記から転記)