お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*the world is coming to an end*



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

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2005年12月31日土曜日

スノーパークでゲレンデスキー

クワッド正面から前山方向を見る

 昨夜来の雪降りはたいしたことがなく青空が見え始め、息子達が帰ってきたこともあって、一緒にスノーパークで滑ることにした。 ゲレンデスキーは4年ぶりと体力が追いつくかと少し心配であったが、潜在的な技術はすぐに呼び戻された。 ただ当然ながら進歩はない。 いつもクラスに入って見直そうと思うが時間的な余裕がない。
 久しぶりのゲレンデであったが、前山第三リフト横には以前ナプスターという滑走時間を計測するコースがあったが、ボーダー用なのか波型に山が続くようなコースが出来ていた。 クワッドの正面と迂回コースの間にもボーダー用の山があった。 リフト急停止時のアナウンスやシャトルバスの運行時間の予告など、色々きめ細かい配慮がなされているようであった。
 しかし、正月休みの入りとしては、まだまだ少ない。 リフトに並ぶ必要がないのはスキーヤーとしては嬉しいが、経営的には不十分であろう。 変わりつつある黒姫のゲレンデの良さを広く知らせる必要があろう。

2005年12月30日金曜日

今日は今年最後の晴天日かもしれない

黒姫山

 今朝はマイナス10度前後であったようで、冷えたおかげで白く輝く黒姫山を久しぶりに望むことができた。 晴れたおかげで日中は温度が6~7度まで上がり、比較的暖かくなって、屋根に残っていた雪が全部落ちてくれたので綺麗にかくことができた。 あと一箇所だけ、かなりの量の場所があるが、生活に困るわけでもないので、おいおい片付けるつもりでいる。
 しかし、夕方には再び雪がぱらぱらと落ち始めていた。 明日は雪と曇の予報なので、今日は今年最後の晴れ日であったかもしれない。
 それにしても、先日は古海で屋根から落ちてきた雪に埋もれて亡くなった方がいたし、昨日は納会のあと帰宅途中に河川敷に落ちて凍死された町役場の職員の方がいるなど、厳しい冬に悲しい知らせがないことはない。 また、信濃毎日新聞によれば、信濃町は除雪費用を少しでも節約しようと、町の施設は職員方が除雪をしているとのことである。
 今日の黒姫高原スノーパークのゲレンデもこの写真のように輝いていた。
黒姫高原スノーパークの遠望


ケーキ作り

ケーキ

 黒姫の町営水道は、黒姫山や斑尾山麓の湧水を利用しているのだが、この水が大変美味しく、発酵もいいと家内はパンやケーキ作りをよくしている。 そこで、今日は暮れも押し迫ってきたと、アップルケーキ2種とバナナケーキを焼いていた。 道の駅「天望館」には、黒姫牧場の牛乳やヨーグルトを販売しているのだが、これが大変美味しい。 そして今回ケーキを焼くにあたって、こちらで販売しているバターを使ったが、出来映えや味の点からも大変いいと、我が家の30年来のパン&ケーキ職人は言っている。

朝から晴れて黒姫山が綺麗に見える

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 夜が明けるに従い黒姫山の稜線が浮かんできた。 昨夜も雪が降らず、このまま快晴日和で新年を迎えたいものだが、予報ではそうもいかないようだ。
 昨夕、除雪に来たブルの運転手に雪捨て場として使っている畑にブルーベリーの木があるから注意してほしいと申し入れた。 しかし、その運転手は事前に調査していないのか、全く知らなかったとのこと。 昨年まで来ていた運転手は、ブルーベリー農家であることもあって、注意していてくれたし、かき方も丁寧であった。 こういう所にも人柄が出ている。
 我が家の近くに教員住宅という独身の先生方が住んでいる宿舎がある。 以前、ここに住む若い先生の車が坂道でスタックし動かなくなった。 それを見て家内や近くのお母さんが出て雪堀りなどの手助けをしてあげたが、そこに住む他の先生は素知らぬまま。 当の本人も助けられて挨拶もなかった。 今、その教員住宅の前で雪をかいているのは、中学校の臨時教員として外国から来た方である。 今は小布施に住むアメリカ人だか、この人がいた時もせっせと雪をかいていたが、他の日本人の先生達が動いている姿を目にすることは少ない。 教師が教師たる資質を持たない姿がこういう所にも見えてしまうのである。

2005年12月29日木曜日

北国街道へ買い物に出る

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 久しぶりに善光寺さんへお参りに行こうと古間駅から電車に乗ろうとしたが、信越線は高田駅で止まったままで、いつ来るか分からないとのこと。 車で長野市内に出ると駐車場などわずらわしいので、北国街道のツルヤへ向かった。 朝10時過ぎに着いたのにも関わらず、駐車場は一杯で大変な混みようであった。 さすが年の瀬という感じである。
 店内を見回すと野菜など多様な食品があって、しかもどれも信濃町内のスーパーで買うより安い。 20kmほどか、わざわざ車で買い物に出る人々の気持ちが分かってしまった。 逆に交通手段を持たない年寄りなどは町内で買い物をするしかない。 買い手が少ないから色々な商品をおけず、値段も下げられない。 値段が高いから、僅かな買い物しかしない。 町内の経済を考えた時、そういう堂々巡りの連鎖から抜け出せない所に問題があるのであろう。

昨夜は降らず

 昨夜は雪が降らず、町の明かりや飯綱リゾートのゲレンデの火が見えていた。 こんな時は雪国の風情が感じられ安心できるのだが、一旦吹雪のような天気になると陸の孤島にいるような孤独感が過ぎり、怖ささえ感じることもある。
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2005年12月28日水曜日

薪ストーブの炎を見ながら

 今日は、時計の針が正午を回ると雪は止み、一時雲の切れ間から青空がのぞき日差しもあって、ご近所からは除雪作業の音や声が聞こえていた。 さて、こちらもと和室前の除雪に取り掛かった。 和室前の窓には2mほどの平板を梯子段のようにかけて雪が窓にかからないようにしているのだが、これまでは殆ど必要とするような積雪ではなかった。 しかし、今年の積雪は2mを越え、その機能を十分にこなしているのである。
 そんな除雪の疲れもあって、夜はストーブの火を見ながら、遅ればせながらクリスマス・キャロルを聞いた。 アイルランドのフルート奏者ジェームズ・ゴールウェイ(James Galway)が演奏するもので、Silent NightからはじまりWe Wish a Merry Christmasで終わる、ポピュラーな曲ばかりだが、I Wonder as I Wanderがクリスマスには一番ふさわしい曲であろう。
 これまでクリスマスのミサや礼拝に参加したことは何回かあるが、真にホワイト・クリスマスを体験したのは、ここ信濃町であった。 柏原に信濃町伝道所という古くからの教会があるが、木造造りのこじんまりとした雰囲気の良い教会で、礼拝を終えて雪道に出た時は、和やかな心満ち足りた感につつまれているのであった。
今年は豪雪で、そんな余裕も雰囲気もなく、より現実的で、せめて音楽だけで遅ればせながら気分を満たしているのである。

朝5時起きして除雪をする

 寝ていながらも除雪のことが気になり、今朝は5時に目が覚めてしまった。 除雪のブルの音かと思ったら、ご近所で除雪作業が始まったようだった。
 早速、外に出て夜中に積もった雪の除雪作業を開始。 道路をかく町の除雪ブルが来ていなかったので、スノーダンプで道路へ出すのである。 我が家の畑には除雪した雪がうずたかく山が出来てしまい、もう限度なのかブルは反対側のやや高い段差の空き地へも雪を持ち上げていた。 これらの雪山も、そろそろダンプで運び出し川や広い場所に捨てないと、これからの雪降りに除雪が間に合わなくなるのではないかと思われる。
 時折、吹雪くような風の中、名前は分からないが小鳥達が一時木々の間を飛んでいた。 木の皮を餌にしてるのかもしれない。
隣家の屋根に積もった雪


2005年12月27日火曜日

夜も雪かき

 夕食時少しアルコールが入ったので、酔い醒ましと雪かきの続きをした。 今日もほとんど一日雪降りで、このままだと明日の明け方はかなり積もるであろう。 明日早朝のブルの出動を予定しての雪かきなのだが、これだけでは不十分であろう。 早朝も早起きしなければならないかもしれない。
 家の前の道は6m幅の道路であるが、その広さを雪国になって実感する。 道端にはどうしても雪山が残るし、除雪した雪を置く場所としても利用せざるを得ない。
 毎年我が家の畑は地域の雪捨て場になっているのだが、特段町からの挨拶はない。 見えない所で町政に貢献しているはずだし、対価を要求するものでないが、何らかの挨拶はあってもいいと常々思っている。 あるいは空き地は利用するものというのが地域の常識なのかもしれない。

再び雪堀り

 今日も雪は降るが小降りで、家の周りの除雪作業が行えた。 因みに、除雪のことを通常は"雪かき"と言うが、地域によっては、"雪堀り"とか、"雪なげ"とも言うようだ。
 通常は、生活道路というか必要な部分だけをかくのだが、根っからの雪育ちではないため、余計な所までやって疲れてしまうことが多い。 今日は畑のコンポストを一つだけ堀りあてた。 同じ並びにもう一つあるのだが、これが見つからない。 雪がない時は何ともないが、雪で隠れてしまうと探し当てるのが難しい。
 予定した作業を終えて小休止しようと思ったら、屋根の雪が玄関前に落ちてきた。 車を停める場所を確保するために、更に雪堀りは続いてしまったのである。
 除雪用具を買いにコメリへ行ったら、スノーダンプ(地域によってはママさんダンプとも言う)は売り切れ。 十一屋さんへ行ったら、鉄製の小さいのしかなく、仕方なく買ってきた。
雪帽子を被るマユミ

 アスティー黒姫の下の前山ゲレンデで八角食堂という食堂を冬場に開いている三水のオバチャンに、コメリで久しぶりに会った。 歳を重ねて一回り小さくなったように感じてしまったが、以前のように元気な姿であった。 息子達が学生の時には随分と利用させてもらっていたが、この所ゲレンデに行くことがなくなり、ここ数年会うこともなく来ていた。

2005年12月26日月曜日

オガライト

 夕方、天望館に行ったら駐車場には雪を被った職員の車ばかりで、お客さんはおらず、店内は何か和やかな雰囲気で職員の方々が談笑していた。 この所、雪が降るとお客さんは皆無だと、りんごの相伴に預かってしまった。
 さて、薪の在庫が気になり駅前の山屋さんに行った。 やはりこの大雪で薪が売れてしまい、別荘など暖房手段が薪ストーブの人もおられるからと沢山は売れないとのこと。 10束だけにして、別にオガライトという、おが屑を固めた物を買ってきた。 風呂焚きなどにも使われると以前聞いたことはあったが、使うのは初めてである。 太い薪より着火も早く、使い勝手は良さそうだ。 ただ、トロトロとした感じの薪の炎を味わうようなことはできない。 因みに薪1束450円、オガライト1袋(15本)750円。
オガライト


2005年12月25日日曜日

久しぶりに晴れました

 23日は、12月としては長野県内の各地でも観測至上最高の積雪であったとのこと、信濃町は125センチもあったと報道されていた。 今日は一日中良い天気であったが、相当に冷え切ったようで、当サイトの温度計は朝マイナス13度を示していた。
快晴の黒姫山


2005年12月24日土曜日

雪上車体験

樹齢300年のダケカンバの前で

 先日、ヤマハが開発したという北海道のキロロというリゾート地に行ってきた。 近づくに従い、広い山間の中から摩天楼のような大きな建物が現れ、キロロ・タウンという大きな町を形成していた。
 今回の目的は雪上車体験なので、土産物などお金のかかる施設は素通りである。 雪上車体験は、往復50~60分の乗車で、ゲレンデを圧雪する小型ピステに乗り、林道とおぼしき雪道を登って行く。 高度がどのくらいなのか分からないが、到達点からはキロロのゲレンデだけでなく遠く山々の峰が見えていた。 そして、樹齢300年以上というダケカンバに会うことができた。
 さて、黒姫のゲレンデのことを考えた時、顧客の入りなどを考えると、ピステ運用は難しいであろうが、何か別の手段ででも閉鎖した第六まで登り、富士山の遠望を楽しめたらと思った。

2005年12月18日日曜日

小布施町が来年から景観条例施行

長野県内で、小布施町が町としては初めて景観条例を施行するとのこと。
 上高井郡小布施町は来年4月、景観法に基づく町独自の景観条例を施行する。 町議会は12月定例会最終日の16日、町提出の景観条例「うるおいのある美しいまちづくり条例」の全部改正案を全会一致で可決。 市町村が景観法を運用するための条例を設けたのは、県内では初めて。(以上、信毎より)

 わが信濃町でも早急に実施してほしいと思うものである。
 冬場は雪の白さで何もかも隠れてしまうが、春先になると木々や草の間から投棄物が目に留まるのは真に残念だ。 自分が知る限りでは、赤渋の先と藤田観光別荘地の入口に廃材の山が出来ており、その量は日増しに増えている。 置いている本人は、資源の再利用の予定だと、自分の土地の利用に口を出してほしくないとおっしゃるであろう。 しかし、建築廃材や錆びた機械類を見て、資源だと思う人はどれだけいるであろうか。 野積みのまま、今にも崩れ落ちそうな様相に恐れすら感じるものだ。
 観光に訪れた方々も不快に思われるであろう。 景観も町民一人一人の共有財産なので、観光で食べて行く町としては、町民に何らかの意識を持たせるべきだし、行政も指導なり強制なり、景観維持のための対策を施すべきであろう。
 用水路や鳥居川への不法投棄もなかなかなくならいようだ。 日本人は往々にして、臭い物には蓋をするとか、水に流してしまうとか、根本的な解決策を施さず、その場しのぎの安直な方法を取ろうとする。 先般合併して誕生した飯綱町は、人口数では信濃町を上回り、リンゴなどの果物生産、飯綱リゾートなどの観光資源、サングゼール、長野市のベッドタウン、などなど町の個性を形作る要素がたくさんある。 信濃町は、人口の減少などに伴う財政収支に苦慮しているのにもかかわらず、高原や野尻湖への観光客減少に歯止めがかかっていない。 それは町の個性を失いかけているからではないか。
 町に色々なプロジェクトや提言があることは聞いている。 しかし、景観条例などのように大英断がない限り、町の繁栄を醸成するのは難しいのではなかろうかと思うのである。

2005年12月17日土曜日

黒姫と月

 今朝の気温はマイナス7度。 地上2mの所にセンサーを置いているので地表温度はマイナス10度を越えているかもしれない。
 今日は黒姫スノーパークの営業開始日。 初日を祝うような良い天気ですが、明日からは再び天候が荒れる模様だとか、午前中に滑っておいた方がいいかもしれない。 
朝6時半、黒姫山とお月さん


2005年12月16日金曜日

野尻湖フォーラムNo.35が届く

 野尻湖フォーラムの35号が届いた。 今回は、「特集 どうなる野尻湖、どうする野尻湖」と題して、野尻湖周辺で別荘人として、仕事人として、学芸員として 関わって来られた方々の寄稿があった。
巻頭に、
 年々、活気のなくなっていく感のある野尻湖。静かな湖畔といえばそうですが、廃れた観光地というイメージで人がいなくなるのは寂しい限りです。観光客や別荘人の遊びの質や価値観も時代とともに変化し、これまでどおりのやり方では通用しなくなっているのも事実ですし、豊かな自然美の野尻湖の魅力を生かしきれずにいる地元の責任も大きいと思われます。 ....

更に、編集後記には、
 野尻湖が本当に華やいでいたのはいつのことでしょうか。単に人が多いというだけではなく、町に活気があったのは。
 野尻が悪くなったのは、大型遊覧船の桟橋条例違反以来だという人がいます。決まりごとを守らなくても良いという風潮ができてしまったせいだと。無許可桟橋は依然減らず、その他違法行為も後をたちません。 .....
とある。
 国道18号線の野尻バイパスが出来てから、とみに観光客が少なくなったと聞いてはいるが、このように観光地としての価値が下がり、別荘人も含めた住民にとっても野尻湖が特別の存在ではなくなってきたのは何故であろう。
 多様化の時代に取り残され、身勝手な世の中という風潮が野尻まで吹き寄せていることも事実。 しかし、記事の中に、野尻湖の町づくり計画の経緯が記載されているが、戦後60年日本という国がたどってきたように、箱物行政にばかりに皆の心が囚われ、古から続く我々の文化を容赦なく捨てて来ていることに起因しているように思った。 そして、観光事業として成り立たせるにはどうするか、最後は個々の観光業者の収支はどうなるのか、そんなことばかりに目が向かっていたのではないかと思う。 従い、客が来ないのは計画した箱物が実現しないからなのだと、その原因を転嫁する。 そういう構図が出来上がっているのではなかろうか。
 金儲けが第一にきたら計画は頓挫し、人の心は離れるものだ。 野尻湖を周辺の住民だけでなく、信濃町全体の宝物として、我々が先祖から引き継いで来たように、これを後世に伝えるためにはどうするかを、一人一人が考えることから出発しなければいけないように思う。 (別荘人など一時居住者も含め)住民自身の問題として捉え、自分たちができることを重ねていけば、最後は観光事業も自然と後からついてくるものだと思う。 確かにある程度の形ができるまでの道のりは厳しいものがあろう。 しかし、築きあげた物を自分たちの子々孫々に残せられればと思えば、汗した努力は無駄にならないはずだ。

 先日、町が進めている癒しの森事業の一つである"象の小道"を歩いた。 所々に"癒し"に関したウンチクが書かれた看板はあるが、生い茂った枝の間から水面がわずかに見えるだけで、野尻湖を渡る風を感じる場所(椅子)もない。 "癒し"は教えられるものでなく、自ら感じるもの。 あの自然の中でどうしたら豊かな心を持てるようになるか、満ち足りた気持ちになれるか、そういった人々の発案から自然と好ましい"象の小道"の姿が出来上がって来よう。 受け売りの能書きなどはまったく必要がない。
 同じようなことが一茶(記念館)についても、黒姫高原についても、特産である蕎麦についても、言えるであろう。 北海道旭川の動物園が大変な人気だと聞く。 動物の習性を研究した職員達の発案や試行錯誤があのような形で実ったわけだ。
 明治時代、中勘助が独り渡り執筆した琵琶島には、上杉軍のたくさんの兵士が眠っている。 ナウマンゾウの太古から生きてきた自然と民の心が野尻には息づいているわけだ。 実に、信濃町には宝物が沢山あるのだから、その宝物を町民一人一人がエゴを捨て、如何に生き続かせるか考えること、それが大事であろう。 そして、その結果として観光事業は自然に付いてくるものだという確信を持っていることが必要だと、この35号を読んで思った。

2005年12月15日木曜日

黒姫山のナイトビュー

 今朝まで大雪であったが、日中の良い天気が夜間まで続いているようで、23時過ぎのネットワークカメラで稜線がはっきり見える黒姫山が確認できた。 天気の良さに加え、積もった雪が光を反射しているのであろうが、カメラが持つナイトビュー機能もあって、これまで明瞭に見えるのは珍しい。
23時30分の黒姫山


圧雪作業が進む

 我がネットワークカメラでも、ピステのくっきりとした跡が見え、スノーパークの圧雪作業が進んでいることが分かる。 これで17日土曜日からの営業は万全であろう。 17日はリフト代が無料、そして25日までは安い。
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 スノーパークのHPのトップには、今は閉鎖した第六ゲレンデを見上げたり、第六ゲレンデの降り場から斑尾や野尻湖を俯瞰した映像が掲載されている。 いまだ第六に降り立てる技術にほど遠く、雪の季節に信濃町を俯瞰することはとうとう幻に終わってしまった。

降雪で交通渋滞発生

 上信越道の妙高・新井間が降雪のため閉鎖されたと、今朝の長野国道事務所のカメラは、信濃町インターで下ろされた車の列を写していた。
信濃町インター・貫の木付近
新潟県妙高市に近い赤川付近

 8時過ぎの映像では既に雪はやんでいたが、これで吹雪いていたら運転手さん達はさぞかし大変であろう。 10年前に体験した小玉の坂での渋滞や妙高高原町での吹雪が思い出されてしまった。

2005年12月14日水曜日

長野新幹線が全面禁煙

 10日から長野新幹線が全面禁煙となったとのこと。 やっとJRも重い腰をあげたなという印象である。 喫煙が喫煙者本人のみなみならず、周囲にも害があることは周知の事実である。 タバコを吸う妊産婦などは言語道断、胎児を窒息させているようなもんだ。
 政府はタバコ税を上げるとしているようだが、麻薬に等しいものを公然と販売させることは、国民の福利を考えているとは到底思えない。 田中長野県知事が県庁内の敷地を含め、全面禁煙を強行に進めたが、その位の英断があってもいいであろう。 タバコ葉生産者や小売店を保護するということは、次の問題だ。
 信濃町役場のページを見ると、断酒会という集まりがあるようだが、それ以上に喫煙を断つ方策を進める会があってもいいと思う。 健康増進法という法律が灰皿を置かない理由づけとして利用されるだけでは本末転倒というものだ。

2005年12月13日火曜日

今朝もすごい降りのようです

 今朝、ライブカメラのハウジングに雪がつもり何も見えていなかった。 温暖化が進んでいると言いながらも、ここ数日の雪降りは尋常でない気がする。 数年前の正月、賀詞交換の酒に酔いつぶれて、暗い空から舞い降りる雪にむかって、"いいかげんに降るのをヤメロー"と他愛無くも叫んでしまったことがあるが、今がそういう時ではなかろうかと推察する。 雪と共生することは本当に大変なことだ。 間もなく、その雪の世界に踏み込む予定にしているのだが、体がまだ雪に慣れていないので薄ら怖さすら感じている。
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 さて、このサイトでは、外気温を計測している温度計の映像を配信しているが、ここ数日の朝はマイナスを示している。

2005年12月12日月曜日

珈琲カップ

 黒姫開拓の柏原寄りに長水(ちょうすい)という林に囲まれた地域があるが、以前ここに別荘をお持ちのSさんという方がおられた。 お父上は高名な画家ということで、居間であったか娘じぶんのSさんであろう、大きな絵がかかっていたことを記憶している。

仁ノ倉からの妙高山

 お父様の影響であろうSさんも絵画など楽しまれ、野尻湖フォーラムにも挿絵を出されたことがある。 そのSさんの絵画展があるというので家内は東京・銀座のギャラリーへ出かけてきた。 最終日ということでSさんご夫妻にもお会いできたとか、高額であろう絵画を買うことはできないので、珈琲カップを買ってきたのであった。

 以前、野尻湖プリンスホテルの売店でも、Sさんの作品を見たことがあるが、今は販売されているのか定かではない。





2005年12月11日日曜日

清水哲さんのこと

 先月の一茶忌には都合が悪くて行けなかったのであるが、一茶記念館のHPを見ていたら、一茶忌俳句大会に入選した句の中に、次の句があることに気づいた。
○清水哲逝かれし後の一茶の忌
○清水哲あらば五反歩蕎麦の花

 以前の記念館の建物の時、永らく館長として勤められた清水哲さんに直接お会いしたことはない(と思う)。 懇意にしている柏原のお爺ちゃんが清水さんの友達だとかで、清水さんの作句など作品を見せていただくなど、間接的に色々なお話を伺っていたのであった。 清水さんの「みみずの歌」という著作物が手元にあるが、これもそんな縁で入手したと思う。
 だいぶ前から体調を崩されているとうかがっていたが、この句にあるように、その清水哲さんが亡くなられていたと、今日知ったのである。 ご冥福を祈りたい。

2005年12月10日土曜日

信濃町が公立「小中一貫校」検討

 今日の信濃毎日新聞のHPに "信濃町が公立「小中一貫校」検討へ" と題した下記記事が掲載されていた。
 上水内郡信濃町の服部洋町長は9日、県内初の公立小中一貫校を新設することに前向きな姿勢を示した。 町内の教育関係者らの意向を反映し、国の構造改革特区認定を受け、従来の「六・三制」ではなく、9年間の弾力的な教育課程が編成ができる一貫校設置を検討する。

 就学児童数の減少が信濃町の財政問題とからめて大きなテーマになっていることは知っていたが、この検討のねらいが実際にどこにあるのか少し気になった。

 おおかた行政というのは、財政支出を抑制することを基点に発想を展開することが多いであろう。 しかし、日々の社会を見ていると日本の将来を担う若者を育てるという視点が、教育界のみならず、そこかしこ皆無と思えて仕方ない事象が多い。 より高い点数を獲ること、人に勝つこと、富を得ることしか、家庭でも教育現場でも教えず、高い成績を得る生徒を輩出した教師が重陽され、より高い収入を得るという筋書きが出来上がっているのである。 多少ダーティーであっても、人に勝って、富を得られれば、それを"好し"と肯定する風潮が多い。
 その風潮は、教育界のみならず、政治、行政、経済など、あらゆる場に蔓延し、勝つことしか大事にされていないのである。 例えば、企業内でも昇進に遅れた人間は馬鹿にされ、人でないと蔑まれるのである。 そこには個々の人間性などというものはない。 そういう風潮の中で、学校や生徒がかかわる殺傷事件が一度発生すると、彼らは、「命の大切さ」を教えなければと口々に云う。 そんな見え透いた、中味のない言葉を発しても、子供達の心には届かないのである。
 そして、レースに負けた若者は刹那的な快楽を求めたり、体を売って高価な品物などを買う。 結果、成人してもニートな生活を続け、ある者は犯罪に手を染め、ある者は身も心も親から独立できず、引き篭もるのである。
 今の日本を見たとき、このように"狂っている"としか言いようのない事象があまりにも多すぎる。 徴兵制などを布いて節度ある生活をさせるという単純な発想では解決しない。 我々一人一人の自覚も含め、教育や政治など、あらゆる現場で、この事象を変えるための方策がなされなければ、近い将来、日本は沈没することであろう。 そういう意味では、代議士や閣僚など政治のトップにある者達の責任は重いのだが、彼らがどこまでこれを認識しているか、大変疑わしい。
 信濃町の小中一貫校のニュースを聞いて、社会の絆や人の心を大切に、人の心の多様性を大事にし、自らの感情や心をコントロールでき、若々しい発想のもと、故郷から日本を見るような若者を育てる教育現場を、北信濃の一片隅から是非作り上げてほしいと思った次第である。

斑尾高原スキー場が営業開始

 今春、斑尾高原開発が民事再生法の適用を申請した斑尾高原スキー場は、支援企業が設立したというシャノンという会社が引き継ぎ、10日からゲレンデ営業を開始したとのこと。 サイトもリニューアルされている。 信濃町周辺では一番早く営業を始めたゲレンデであろう。 新潟県に入った妙高杉ノ原スキー場も10日から開始しているらしい。
 近隣のいいづなリゾートスキー場は、黒姫高原スノーパークと同様に17日からの営業開始。 飯綱高原スキー場の営業は23日から。 豊田スキー場はまだアナウンスがない。

2005年12月9日金曜日

今朝の山頂

今朝の黒姫山頂

 今朝も青空で黒姫山の山頂まで綺麗に見えていました。 雪降りの中休みも今朝までのようで、週末から来週にかけて再び雪降りが続くようです。

2005年12月8日木曜日

ゲレンデ営業は17日から

今朝の黒姫

 雪の中休みは今日も続くのか、今朝も良い天気であるが、夕方まで続くわけでもあるまい。
 信濃町観光協会のページを見ていたら、黒姫スノーパーク童話館クロカンコースも17日から営業を開始するとアナウンスされている。 例年25日頃になってやっと滑れるようになるが、それもリフトが運行されるのは、クワッドとか前山のペアーなど3~4基で、以降徐々にその他のコースが開いていた。 そういう年と比べると今年の営業は随分と早い。 ペンションなどは、この数日の雪で既に年末年始の予約が入っていることであろうから、この雪降りは観光業者にとっては朗報ということであろう。
 営業開始日の17日はリフト代が無料で運行されるとのことだが、今シーズンこそはゲレンデスキーではなく、クロカンかスノーシューなどで黒姫の林間歩きを是非体験したい。

2005年12月7日水曜日

雪降りの中休みか?

 雪降りの中休みになるのであろうか、今朝は何か晴れてきそうな雲行きだけど、天気予報では"雪"。 ベランダから見ることができる、こんな"柏原神社周辺の雪景色"は、いつも1月上旬からである。
12月8日朝の柏原の杜

 昔のことは知らないけど、12月上旬でこれだけまとまった雪が降るのは珍しいのではないかと思う。  我が家の前の道路でも除雪が始まった。 これから3月まで雪との闘いという、大変な生活が始まるのである。 今春であったか熊坂で屋根から滑り降りた雪で埋もれ、お年寄りが亡くなられているが、そういう悲しいことがないように願いたい。
ブルが除雪した道


2005年12月6日火曜日

さっき停電かな?

 続いている雪降りによるものか、夕方停電があった模様で、ネットワーク・カメラに保存してある昨日と今日の映像が消滅してしまった。 そのため、一覧ページを開いても空の枠のみで、履歴映像が表示されていない。
 二日ほどの履歴データのために電源をバックアップするのも大変だし、停電が復旧すればシステムは自動的に再開するので、単純に商用電源で"よし"としている。 履歴データは明後日になれば自然と貯まってきて、古いものは順に消えるので、特段の問題はない。

2005年12月5日月曜日

つい一週間前とは様変わり

冬囲いをしたブルーベリー

 つい一週間前に冬囲いを終えて、雪に負けないように荒縄で縛った畑のブルーベリーの木だが、今は白い雪に囲まれている。 来年2月頃には、頭が見えないほどの積雪になろうし、道路からはブルが除雪した白い塊がブルーベリーのわきにうず高く積まれることであろう。
12月5日朝の畑のブルーベリー.jpg


2005年12月3日土曜日

いよいよ銀世界になった

 昨夜来の雪降りで町中が白く覆われてしまった。 むこう一週間の天気予報は毎日雪マーク。 いよいよ本格的な冬を迎えた感じだ。 雪の生活は大変だが、このまま降り続けばゲレンデ関係者は安堵されることであろう。
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2005年12月2日金曜日

週末から来週にかけてずっと雪マーク

長野国道事務所・貫の木


 当サイトの温度計は、今日の朝1度、正午4度と記録されている。
 夜になるとゲレンデのライブカメラも、当サイトのカメラも当然ながら暗くて見えないのだが、長野国道事務所のカメラ映像はこのように降雪状態がよく分かる。

長野国道事務所・赤川
 これらの映像のように、赤川、貫の木はかなり白くなっているが、古間、牟礼、倉井と高度が徐々に下がるにしたがって、水に濡れている程度のようである。







2005年12月1日木曜日

いよいよ師走となった!

 12月を師走と言う。 と云っても年配者が使うか、俳句などの季語として使われるのが殆どで、若者の世界からは縁遠い言葉であろう。 語源由来辞典というサイトを見ると、その意味や語源を知ることができる。
 昨夜も雪が降って、朝は山も町も白く輝いていたが、陽の出とともに徐々に消えてしまい、根雪になるのはまだまだ先になりそうだ。
 11月に一度、気温がマイナス10度近くになったと聞いたが、本サーバーで記録している温度を見ると、まだ0度を切るような朝は迎えていない。 その気温だが、今朝の履歴を見ても分かるように、朝6時過ぎは3度で、これから徐々に下がって8時頃は0度を示し、それから上がっている。 夜が明けても太陽がある程度の高さまで来ないと、外気温は冷え続けるということのようだ。