お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

2006年8月31日木曜日

CATV移行の記事を見て

 しんまいのHPに、「相次ぐCATV移行 テレビ受信組合 得策と切り替え」という記事が掲載されていた。 テレビ放送の5年後のデジタル化に伴い、現行のアナログテレビからデジタルテレビへの費用負担が少ないCATVへ移行する家庭が増えているというものである。
 信濃町には、オフトークという有線(音声)放送の設備があり、定時放送や死亡公告、熊出現などの緊急放送を行っており、町内の情報伝達機能として一定の役割を担っている。 これは、NTTの電話回線に付帯した設備なので、音が耳障りなこともあって、我が家では既に外してしまっている。
 信濃町は、今年創立50周年とのこと、町を再発見すべく記念事業が色々計画されているようだが、オフトークに代わってCATVなどは良いテーマになるかもしれない。 平成の大合併に対し、自立の道を選んだ信濃町は、もっと町民の意識改革というか、町民意識の高まりをはかる必要があろう。 そのための手段としてCATVは最適だと思ったわけだ。
 旧戸隠村にはCATVが既に導入されているが、難視聴地域の解消にもなるし、多チャンネル視聴で町民の文化的思考の選択肢が広がる。 町議会や観光スポットの今など、町内情報をタイムリーに伝えることができるし、町民の意識の集約も可能であろう。 今後、インターネット回線普及の必要性を考えた時、オフトークは技術的にもマイナス要素であろうから、将来的にはCATVや光回線による情報伝達手段が必要になろう。 映像も含め、今から考えておくべきテーマではなかろうかと思った。

2006年8月30日水曜日

三浦綾子の「母」を読む

 1999年に生涯を終えた作家三浦綾子の業績を公開している三浦綾子記念文学館を、今年6月旭川の地に訪ねた。 存命中に文学館は建てられ公開されていたので、その展示内容は豊富であった。 これまで作品は全くといって読んだことはなかったが、展示を見ているうちに三浦の真摯な眼差しに感じるものがあり、著作を読む気持ちになってきた。
 そこで、前回、身をもって車両の暴走を停めた実話に基づく「塩狩峠」に続いて、今回、「」を読んだ。 綾子の業績を見ているうちに、この2冊はどうしても読まなければならないと感じたからであった。
 「母」は、ご主人である光世氏(文学館長)の強い薦めがあり、構想して10年をかけ、小林多喜二の母親に焦点をあてて書いたものである。
 小林多喜二と云えば、戦前の共産主義者、無政府主義者というイメージが浸透し、忌み嫌うべき暗い人物という思考が、戦後も延々と続いているように思う。 しかし、その人となりの真の姿はあまり知られていない。 本書は、秋田弁と云うのであろうか東北訛の口調で、母親が語るように書かれており、秋田や小樽での家族の暮しや兄弟のこと、給与の大半をはたいて弟のためにバイオリンを買ったこと、女郎屋に売られたタミちゃんを救うことなどが書かれている。 その姿は、「優しさ」と「貧乏克服」の二点であろう。 小林多喜二を単に反体制者として見るのではなく、あの時代にあって、「蟹工船」などの著作を残し、生活の苦しさから万民が脱却できればと願った、その真意を理解すべきであろうと思った。
 多喜二が暮した、JR線小樽築港駅周辺の今は、大きなホテルやショッピングビルがあって、当時を思い出させるものはない。 小樽駅から坂を下った所に小樽文学館があり、多喜二の生涯を展示はしているが、その意気込みは弱いようにも感じる。
 さて、現代の日本を見て、多喜二が願った貧困のない世界になったであろうか。 否、そうではあるまい。 国民に総中流意識を植え付け、「勝つこと」や「金を握ること」を好しとする、「優しさ」や「思いやり」のない社会になりつつあるのは歴然だ。 政治家や代議士、高級官僚がこぞって利権を追い続けて来た結果、巷には金のために身を売り、家族ですら殺めることを厭わない事件が日常茶飯事のように起きている。
 その結果、警察権力、軍事権力肥大化の必要性がまことしやかに喧伝され、事実、教育や思想なども含め国民を管理する社会になりつつある。 特高警察に殺された小林多喜二が生きた世界に逆行しつつある、このような現代において、意識ある人々の行動が求められているようにも思う。
 ともかく、秋田の寒村に生まれ、文盲で社会のことには全く疎い母親であったけど、子を想う気持ちは誰にも負けず、多喜二もそういう母親の姿に応えていたように思う。 大変感銘を受けた書であった。



本書帯から

構想10年。 三浦文学の集大成

結婚、家族、愛、信仰、そして死---。

明治初め、東北の寒村に生まれた多喜二の母、

セキの波乱に富んだ一生を描く、書下し長編小説。


 どこの親だって、わが子は可愛い。 わが子ほど可愛いものはない。 命ば代わってやりたいほど可愛いもんだ。 子供に死なれるって、ほんとに身を引きちぎられるように辛いもんだ。 まして多喜二のように死なれては、わが身ば八つ裂きにされたような辛さでねえ。 しばらくは飯も食いたくなかった。 夜も眠られんかった。(本文より)


 このような母の想いに触れられるようになったのは、自分がそのような年齢に来たからかもしれない。 「親をうやまい子を大事に思う」、そういう家庭の基本姿勢を日本人は失いかけているようにも思う。


2006年8月29日火曜日

朝顔やつるべとられてもらひ水

 中学か高校で勉強した頃であろうか、この句の記憶はあるが、誰の作であるかは分からなかった。
 さて、先日、一茶記念館から来月2日(土)に行われる記念館講座のお知らせが届いた。 今回の講座名が、「妙好人の俳人 千代尼と一茶」ということで、石川県白山市(旧松任市)在住の山根公氏が、本句の作者である「加賀の千代女」について講演されるとのことである。
 千代女は、江戸時代中期に活躍した女流俳人で、一茶より60年早く生まれ(1703~1775、一茶:1763~1827)、晩年は尼となって「千代尼」になった由。
 インターネットで見たら、北陸中日新聞に加賀能登発というページがあり、この中に今回の講演者である山根公氏が書かれた「生誕300年 千代女を訪ねて」というページがあるはずなのだが、2003年の時のページのため、すでにリンクを外しているのかもしれず、段階的にはたどり着かないので直リンクで読んだほうがいい。 この中で、10頁にわたって千代女と松任市の関わりが見れ、大変参考になる。
 この「生誕300年 千代女を訪ねて」を見ると、千代女は、JR松任駅近くの一角にあった表具屋に生まれ、当時の表具屋には、和歌、漢文、書、画など相当の文化知識が必要だったとのこと、その影響がまず大きいらしい。 
 六歳の時の句が、「たの庭に こもん花咲く みにこんか」
 七歳で、「はつ雁(かり)や そのあとからも あとからも」、「初雁や ならべて聞くは 惜しいこと」
ということから、生まれついての天才と評される由縁であろう。
 因みに、「朝顔やつるべとられてもらひ水」は、二十代前半で『朝顔に』と詠み、三十五歳以降は『朝顔や』としていたらしい。

 9月2日の一茶記念館講座には残念ながら出席できないが、千代女の生まれ故郷である、松任(白山市)にはぜひ行ってみたい。 なお、一茶記念館では、JR松任駅前に10月1日に開館する「千代女の里俳句館」への吟行一泊旅行を募集している。(8月28日で募集締切)

2006年8月28日月曜日

下水道負担金は35万円

 国道18号線柏原交差点信号の前後で道路工事が行われ、交互通行になっているため、お盆の時には随分と車がつながっていた。 この道路工事は、現在、町がすすめている下水道管の埋設工事なのだ。
 さて、我が家の下水処理だが、生活用水は地域のものが一つにまとまって合併浄化槽で浄化され、水は鳥居川に流れている。 トイレは、簡易水洗という方式で、ボットン便所よりはいいが、溜置式で昔とさほど変わらず、溜め具合を見ながら北信衛生組合へ汲み取りを依頼している。 バイオで糞尿を分解する方式もあるが、汲み取りと同様に洗浄が必要なため、年数回の出費があるらしい。
 そして、先日の町議会報告を見たら、この下水管への直結負担が戸別で35万円とあった。
 道路からの引き込み費用とかトイレの水洗式への交換工事費用を考えると、一時に100万円がかかるのであろうか。 都市だと、分割による払い込みができたと記憶しているが、こちらはどうだろう。
 町内はどこも起伏のある場所に家が建っているので、単に配管だけの工事で済むのか、工事は長期化するのではないか、と素人なりに疑問が湧いてくるし、工事が遅れれば遅れるほど負担金が当初のままでいくか少し心配になる。
 今でも合併浄化槽の分担金を払っているが、下水道が完備すれば、下水道料金という形に代わって負担は増えるであろう。 どちらにしても一戸家があるということは、それなりの出費があるということだ。

2006年8月27日日曜日

モリアオガエル

アオガエル

 アジサイの花が最盛期の時は、随分と見たアオガエルだが、時期によりその行動範囲が変わってきたのか、だんだん見られなくなってきた。 それでも街灯を点けると虫が寄ってくることを分かっているのか、外壁を登ってくる一匹を見つけた。

 6~7月に見たアオガエルは緑一色であったが、今回見たアオガエルは足が褐色色をしていた。 ネット検索したら、アオガエルの種類の中で一般的なモリアオガエルは、「地域によって背面や手足に黒色や暗褐色の不規則な模様を持つ」ものがあるとのことであった。

2006年8月26日土曜日

オニユリとマユミ

オニユリ
 ご近所からオニユリが咲いていると言われ、よくよく見ると我が家の庭にも、また街中にもあるのに気がついた。

 さて、オニユリには、鬼百合(別名:天蓋百合)と小鬼百合(別名:萱[スゲ]百合)に分かれ、葉の付け根にムカゴが付くか付かないかで見分けるそうだ。 だとすると、我が家のはコオニユリだと思うのだが、花に関して滅法弱い輩としては自信がない。


マユミかな
 先日、第一スーパー柏原店の駐車場脇で見た花(?)なのだが、マユミではないかと言われた。 我が家にあるのはコマユミ。 インターネットで検索すると、秋に実が赤くはじけた写真はよく出て来るが、今時の花(/実)を撮ったものがないので、確かな名が分からない。


2006年8月25日金曜日

ライブカメラの運用は難しい

朝7時の黒姫

 コスモス園のライブカメラは、西日に向かってズームアップしたため、カメラのCCDが焼けてしまったとサイトに書かれていた。 しばらく薄暗い映像を配信していたが、いまは停止している。 多機能な操作を一般向けに可能にしていると、このように思わぬトラブルが発生しがちだし、厳しい自然界に置いてあるので部品劣化も早いであろう。

 かくいう当サイトのライブカメラも、そもそも室内用のものをハウジングに入れて外壁に付けている。 これまでプリセット方向の映像を選択できるようにしていたのだが、最近になってすぐに位置がずれてしまうため、現在は黒姫山正面の映像に固定した状態にしている。

 そして、今朝からは温度計を写しているカメラも配信しなくなった。 お金をあまりかけていないので、仕方ない部分はあるのだが、何とか安定度を高めるような機器やソフトを検討するなどして行きたい。 まぁ、不要不急の仕組みだからと言い訳もできそうだが、やはりサイト開設者としては安定したシステム運用を目指したい。

��追記]コスモス園のカメラは別システムに入れ替え、定時配信を行っているようです。(8/27) うっむ、でも映像が変わってない。 はめ込み写真のようにも思えるが、サイト管理者にもご苦労があるのだろう。

まちのまつりだ大集合

 信濃町は、昭和31年9月30日に信濃村、古間村、信濃尻村が合併して50年目になったと、その節目の今年、記念事業がいろいろ検討されている。
 その一つが、「まちのまつりだ大集合」で、9月30日に全地域の神楽が一ヶ所に集合すると、ご近所から聞いた。 来月中旬には、各地域の秋祭りが挙行されるのに、その1~2週間後に再びお祭りでは、各地域の神楽係の役員さんはさぞかし大変なことだろうと思う。 秋祭りの神楽は壊さずに、町の祭りのために置いておくそうだ。
 あらためて、町の広報誌7月号を見たら、載っていた。 9月30日(土)古間の総合体育館周辺で執り行なわれ、子供達によるタイムカプセル、大道芸、記念式典、神楽、屋台、夜店、花火など、盛り沢山な町の祭りになるらしい。

長野県上水内郡信濃町大字古間765-1

 GoogleMapsは、地図だけでなく航空写真も見られるのだが、信濃町付近は雲に覆われていた時の写真らしく、白一色で何も見られない。 大都市だとビルや住まいの輪郭まで見えてしまうので面白い。

2006年8月24日木曜日

夏まつり

 天望館の観光案内所に貼ってあったポスターでしか見ていないが、今週の土曜日26日に「夏まつり」のイベントが開かれるとあった。
 場所は、黒姫駅前の横の道を赤渋方向に進み、信越線の踏切を渡った、県道杉野原黒姫線脇にある信濃電気精錬(株)とあったが、主催者の表示は確かなかったように思う。 以前、柏原の商店主が駅前広場で「夏まつり」を開いていたことがあったが、場所を替えて実施するものかもしれない。(あるブログを見たらお盆前に商店会の催しはあったらしい。 主催は会社なのかな?)
 開催時間は、確か10時から4時まで。
 信濃電気精錬は、信越化学の関係会社。 大正時代の柏原では鉱石が取れたと聞いたことがあるが、そういう歴史と関係のある会社なのか、サイト情報だけでは分からなかった。 なお、サイトの中に、「信濃町の四季」というページがあり、パソコンの壁紙になるような信濃町の綺麗な写真を掲載している。
長野県上水内郡信濃町大字柏原2222

 初めて、GoogleMapsとの連携をはかってみた。 地図の中の、+記号をクリックすればより詳細に、-記号をクリックすれば、より広範囲に表示し、また矢印キーをクリックすると、他地域に表示を移動させることができる。 住所が分かれば簡単に地図を表示できるので、結構面白そうな機能だと思う。 

2006年8月23日水曜日

寒さを感じるほどの気温

コスモス園方向を見る
 午前中の予報は晴れのようですが、早朝から雲って、山の裾野が雲に隠れたと思ったら雨が降り出してきた。 間もなく止むでしょうが、朝の温度は21度、湿度80%で、半袖短パンで居ると寒さを感じるほど。 寝る時も毛布だけでは心もとなく感じるようになった。 秋はもう間近!
 と書いたら昼近くなって晴れてしまい、陽射しがあたると、やはり暑い。 まだまだ残暑の日が続くのかな?


2006年8月22日火曜日

もう秋の気配か

アジサイ マユミ


 朝、熊鈴をつけた子供達が元気に降りていき、信濃中学からは校内放送が聞こえていたので、信濃町の学校は今日から二学期のようです。

 先日、信越放送であったか、黒姫高原のコスモスを中継し、黒姫のモロコシを美味しそうに食べている映像を流していた。 その店は、ここ数年のうちに出来たもので、未だに入ったことはなく、物は試しにと焼きモロコシを買ってみた。

 一口かぶりついた感想は、非常に残念なものであった。 テーブルで食べる人には冷えた一口トマトを出していたが、これも言わないと出てこないし、出た物は味のないものであった。 やはりテレビの映像で見たものは信用できない。 生産者の顔が見えて、自分が調理する物ほど確かな味のものはない。

 つい三日前には、35度という最高気温であったものが、今日あたりは湿度はあるものの最高気温28度であった。 しかし、お昼をはさんで夕立のような雨が降っていた。 夏休みが終わって、野尻湖も戸隠街道も人影は少なくなってきた。 今日は、天望館の食堂だけが混雑していたようだった。

2006年8月21日月曜日

学校は新学期へ

 近隣の学校の夏休みが昨日で終わったようで、今日から新学期だそうだ。 でも、我が家までよく聞こえてくる信濃中学校の始業ベルが今日は聞こえていなかったので、地域によって多少の違いがあるのかもしれない。
 今日は、午前中空の雲行きが怪しくなり雨降りになるかなと思っていたら、昼から日が出てきて30度程の温度になった。 しかし、夕方で24度。 先日35度近くの最高気温になっていたが、もう今日あたりは何か秋の気配を感じる風が吹いている。
 古間のガソリンスタンドの横の空き地にドラッグストアーが出来ると聞いていたが、今日あらためて工事現場を見たら、中島ファミリー薬局と看板が出ていた。 サイトを探したら長野に本拠を置く薬局のようで、ここ10数年で大きく店舗展開しているドラッグストアーだと分かった。
 しかし、こういうふうに大きな資本が来ると、従前からあった町内の薬局は経営が苦しくなるであろう。 売り上げは全て町外に持っていかれ、町に落ちるのはわずかな固定資産税と雇用促進程度だと思う。 こういう店は数年で投下資本を回収できなければ、店をすぐ閉めてしまう。   町内の小規模商店をつぶす恐れのある大店舗誘致は、町にとってそれほど得策でないと思うのだが、町(長)はそこまで考えているのであろうか、やや疑問に思った。

ブログシステムを更新する

 当サイトで使用しているブログシステムであるMovableType を、3.2版から3.31版へやっと更新した。 無料配布のテンプレートを使わせてもらっているのだが、微力ながらこれまで自分好みの機能を追加しており、サーバーへの直接のシステムアップは危険なので、同じサーバー環境を別PCに作り、そちらで更新しスクリプトを改変した上で、動作を確認したファイルを本番サーバーへ反映した。
 TagCloudという、検索用キーワードを一覧する機能を追加したが、全エントリーにキーワードが入っているわけでないので、まだ十分ではない。
 携帯電話からのGPS情報をGoogleMapsにリンクさせる機能を置いていたが、携帯電話のキャリアーを変えたら使えなくなったので削除することにした。
 早朝、システムアップして順調に動くなと思っていた所、一部のCGIが動かないことが判明。 半日以上、悩んで諦めかけていた所、何故か自然復旧してしまった。

2006年8月20日日曜日

再び投網へ

田と黒姫 お盆が過ぎたら曇が多い天気になり、黒姫山もはっきり見えない。 直射日光は少ないものの、昨日に続いて暑い。 先日に続いて再び投網に出るというので、一緒に出かけた。 いわゆるビク持ちである。 網にかかった魚はビクを持った者が集めにかかる。
 今日の場所は鳥居川の支流で、御料の先の田圃の中である。 川には堆積した土壌に草が茂り、網を投げられる場所を見つけるのは難しい。 川底の土に埋まっている流木や石に網がひっかかり、外すために水の中に入らざるを得ない。 腰高以上まで浸かって網を投げるのは至難の業であろう。
 小さなフナがたくさん獲れたが、これらは全て捨てる。 ビクの中には、虹鱒、ヤマメが随分と入った。 ヤマメの小物はから揚げにすると美味しいとのこと。

投網投網


2006年8月19日土曜日

やたら

やたら

 「やたらに旨い」ことか、あるいは「やたらに何でも入れる」ことから名づけられたであろうか、今朝は「やたら」を食した。 画像だけでは、これが美味しいのか、何だか分からないであろうが、今日のように暑い日には食が進む料理なのである。

 料理といっても、細かくきざむだけなので誰でもできる。 材料は、こしょう(だるまゴショウ、ぼたコショウ~青唐辛子のこと)、ナス、茗荷、味噌漬だけで、今日はこれらにオクラを加えてみた。 他におかずがなくてもご飯2杯は十分食べられる。

 それにしても今日は35度近くまで温度計の針は上がったのではないか。 日没を迎えてやっと30度を割った。 今日は、黒姫でもエアコンが欲しいと思う一日でしたが、夜半になれば涼しくなるから、しばらくの我慢です。

2006年8月18日金曜日

快晴の日が続く

 昨日は、雲が多く出たためであろうか紫外線が強く、数時間の苗名滝歩きで日に焼け、顔面がヒリヒリしていた。 先日、東京近郊の山を歩いた時にも、このヒリヒリ感があったが、最近あまりオゾン層破壊について騒がれないものの、紫外線が強くなっていることを感じた。 これからは日頃から紫外線予防を考えていないといけないであろう。
 昨夜は、時折夕立が落ちる中、疲れを癒そうと、斑尾の湯へ行った。 18時を過ぎると料金が300円になるので、洗い場が一杯になるほど混雑しているが、街中の銭湯より安いのはありがたい。
黒姫山と妙高山 昨夜を除いて雨が降らない天気が続き、毎朝快晴の黒姫山が望めるのだが、昼近くなると部屋の中は35度近くになり、暑い。 風がない時は仕方なく扇風機を回している。 暑いと言いながらも、夜は窓を開けて寝られないほどに冷えるので、一時の辛抱であろう。


アジサイ
 とっくに花の時期を過ぎたアジサイなのだが、ものによっては、まだ綺麗に見せているものがある。 しかし、7月のようにアマガエルが乗っかっている姿には会えない。


2006年8月17日木曜日

苗名滝へ歩く

 雲行きが少し怪しいかなと思いつつ、今日は、「信濃路自然歩道」の一つであろう、「中部北部自然歩道」の一部を歩いて来た。 信濃町が「癒しの道」と称して推奨している苗名滝までのハイキング道である。
町営駐車場から見る黒姫トロッコ道

 「信濃路自然歩道」とネット検索すると、長野県内のあちこちの地域で呼称されており、特定の地域や道を示すものではないようだ。 「中部北部自然歩道」というのは環境省が設置しているようだが、環境省のページへ行っても、その具体的な計画内容は分からなかった。

 この所の晴天続きのおかげで道は乾いており歩きやすい。 下草を刈ったような形跡があり、手入れが行き届いているなと思っていたら、ロッジしらかばの高力さんがビーバー(エンジン付き草刈機)をかついで戻ってくる所に出会った。 黒姫山登山道の管理もそうだが、こうやって我々の目に触れない所で手を入れてくれているおかげで、心配なく歩けるのであろう。 高沢付近で熊が出たと聞いていたので聞くと、熊の臭いはしていないとのこと。
 たくさんのヤブ蚊に悩まされながら、東北電力の送水管を越えた。 高沢発電所の真上である。
山アジサイ

 本当は立入禁止なのであろうが、東北電力の施設から見ることができる、妙高山の裾野や杉野原の眺望がすばらしい。 斑尾の横、遠くには鍋倉山であろう、さらに遠くには北越の峰峯が幾重にも連なり気持ちの良い風景であった。 とうに盛りを越えた山アジサイの花だが、いまだその青さをたくわえていた。
苗名滝 地雷也洞窟の先からは崩落があり、道も狭いので気をつける必要がある。 ここも一時、土砂崩れで通行禁止になっていたらしいが、僅かに積もった土砂の上を越えて通れるようになっている。
 それにしても、この付近の道の管理が不十分といつも感じる。 道の管理が東北電力なのか信濃町かは分からないが、もう少し崩落した石の片付けや危険表示があっても良いと思う。 土管のトンネルもあまりいい気持ちがしない。 高力さんのような方の善意にのっているだけでは、十分な維持管理ができないであろうと思う。

鳴けない山鳥の詩


 この苗名滝への道から水沢川に沿って住んでいたサンカの人々の物語があるというのに、これを黒姫のイメージとして大きなプロジェクトを企画しないのは勿体ないと常々思う。
 高沢地区に下りてくると、関川沿いの畑には、秋の実りを迎えようとする稲やそばが生っていた。
高沢地区の畑


高沢地区の畑


 高沢から歩いて町営駐車場へ戻る時、コスモス園との分かれ道に、行先板があり苗名滝5.7kmと表示されていた。 ものによっては7.4kmとか7kmと表示されているものがあり、正確な距離数はいくつなのだろうか分からない。 因みに苗名滝まで8800歩であったので6km前後が正解なのかもしれない。

2006年8月16日水曜日

投網ほか

投網
投網

 今朝、ご近所の方が投網を打つというので、カメラ片手に同道させていただいた。 場所は、虹鱒の解禁などの時に竿をさしている鳥居川である。

 解禁以降に取り逃がした虹鱒が入ることを期待したのだが、どうも戸草など下流に流れているらしく、今日獲れたのは、ハヤ、アユ、ヤマメの類で殆どがハヤであった。

 水につかった網はかなりの重さになり、滑る川底を歩くのも技術が要りそうだ。 水流があり魚が隠れていそうな石を見つけ、大きな輪になるように網を広げて投げるわけだが、かなり熟練しないと形のいい輪にならない。 上流に向け、追い込むように1時間半ほど投げたが、小魚ばかりで期待したほどの釣果にはならなかった。

 さて、午後からは送り盆をするというので三水まで出かけた。 屋敷墓を中心として周囲の地蔵などに線香を皆が丁寧に建てていく。 終わった後は、あちこちに蛍が止まっているようで、なかなか良い送り盆であった。 三脚がないので、その雰囲気を撮影することはできなかった。

2006年8月15日火曜日

盆踊り

 昨日、今日と快晴の天気に恵まれて、二日間の古間の盆踊り大会が無事に終わった。 今日は、古間商店街による夜店も出て、かなりの賑わいで、浴衣を着た子供たちの姿もたくさん見られた。 しかし、踊り手は相変わらず少なく、以前は観光に来た宿泊客や外国人の姿もあったが、今夜は1組しか見なかった。
 毎年、覚えようと思いつつも、踊りの輪に加わる勇気がなく、今夜も壁の花になっていた。 風の盆ほどではないであろうが、ゆっくりとした動作に手と足の動きがどうしてもかみ合わず、やはり踊るのは難しい。 22時丁度に役員の挨拶、乾杯で終了し、蛍の光の音楽が流れるなか家路についた。
 帰り道、久しぶりに満天の星を見た。 街灯がなければもっと間近に見られるのであろうが、住宅地域なので仕方ない。
盆踊り
盆踊り
盆踊り
盆踊り


お焼き作り

お焼き

 14日、お盆の中日の前日には、お焼きを作る風習が信濃町にあるというので、1日遅れだが今日やってみた。 町内の第一スーパーへ行くと、お焼きミックスという、お焼き用の粉が売っているので、これを使うのが便法。

 中身は、味噌をのせた丸なす、おから、カボチャ。 重曹臭さがないし、脂を使わないので、素朴な美味しさがあるのだが、小麦粉に弱い身としてはたくさんは食べられない。

お盆はどこも混雑ですね

天望館

 昨夜、信濃町に戻って来る時に、0時を過ぎると高速道路料金が3割引になるというので、黒姫野尻湖PAで一休みし10分を過ぎた所でインターを降りた。 右手に天望館の駐車場を見ると、キャンピングカーがたくさん停まっていた。 トイレや水道もあるので一夜を過ごすには都合がいい場所なのだろうが、ここに泊る人たちは信濃町を観光で訪ね、お金を落としてくれているのか、少し気になった。

 その天望館に、今日行ってみたら大変な混みようで、駐車場にある仮設売場の野菜もどんどん売れているようであった。 聞く所によると、昨日が一番の混み方であったらしい。 茹でたモロコシは、未来という種類なのか、比較的小ぶりなのだが、150円は少し高いかな! 買ったアイスクリームは美味しかったけど、あまりの暑さでどんどん溶けてしまい、あわてて口に頬張ってしまった。

 18号線に戻る消防署前の信号で、かなりの車の列が出来ていたので、遠回りしたのだが古間から野尻に向かう車の渋滞も既に発生しており、交差点で立ち往生することもあった。

2006年8月14日月曜日

俳聖かるた

俳聖かるた



 手元に、「俳聖かるた」と書かれた紙箱がある。

 一茶記念館へ行った時に、面白そうだと買い求めたものだが、昔のように正月にたくさん人が集まることもなく、本棚の片隅に置いたままであった。

 封を切って箱を開けてみると、芭蕉、去来、蕪村、一茶の句が集録されており、百人一首のように、文字札と絵札に分かれ、同じような遊び方をするらしく、添付の説明書きに記されていた。

 確か、天望館の棚にもあったように思う。

 そのうち一茶の句は16あり、その絵札をイメージに落としてみた。 ここに夏の句を載せてみたので、それぞれの上の句を答えてみよう。

御免候らえ昼寝蚊帳 蝿が手をすり足をする

野良同然のおらが家 寝て涼しさよ淋しさよ


2006年8月13日日曜日

明日から盆踊り大会

 お盆の帰省ラッシュ風景は毎年恒例というか、もっと負担の無い帰省方法がないかと思うことがたびたびなのだが、盆に墓参りをするという風習は古来からのものだから仕方ないのであろう。 自分も以前は、特急「あさま」の自由席で立ちつくしたり、高速道路の渋滞にはまったことがあった。 特に、中央高速道の笹子トンネルの中で止まりっぱなしになった時は気持ちのいいものでなかった。
 さて、お盆となると墓参りの次に盆踊りが思い起こされる。 自分が子供時分には、全国どの地域でも盆踊りが開かれていたと思うが、信州の片隅にある信濃町ですら、今や柏原古間だけが催していると聞いている。
 柏原は、一茶旧宅に近い柏原物産館の駐車場で、古間は、本町商店街の中心付近で、それぞれ開催される。 以前は、13、14、15と三日間開かれていたが、古間に限っては数年前から14、15の二日間となっている。 柏原については確認していないが、意外とこの時期は雨降りになることが多く、全日程で踊れることが少ない。
 柏原小学校の運動会で柏原音頭を見たことがあるが、古間で見た踊りや節回しとかなり似ているが、間の取り方などに違いがあるように思えた。
 古間の盆踊りについては、以前町内に配布された資料から転載した内容を、別サイトである黒姫高原コム古間盆踊り大会に記したが、古間音頭などの声も聞かれるようにしている。

2006年8月12日土曜日

借力[CHAKURIKI]~バカ百科辞典~

 毎年、漢字能力検定で回答された迷回答や珍回答が新聞紙上を賑わすことがあるが、"そんなことも知らないの!"と話しながらも、意外と自分でも間違えたり答えられなかったりすることがある。 巷にある、勘違いというか珍しい理解というか、そういった誤解や非常識な事象を集めたであろう、「借力[CHAKURIKI]~バカ百科辞典~」というサイトを見つけた。
 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、見ていると自然と含み笑いをしてしまうのだが、この中の「バカ日本語辞典」を開くと、左メニューに「ご当地の噂」というのがある。 「甲信越 → 長野」と開くと、長野にかかわる諸事項が出てくるが、その中に「長野の噂」というのがある。
 結構、合点がいく内容もあり、下記の事項などは、前回の知事選挙にピッタリだ。 "しんまい"に痛めつけられ、"八十二"に嫌われたら、命がないということを田中さんも早くに知るべきだったのでしょう。
14.信濃毎日新聞・八十二銀行・信学会・しなの鉄道・アルピコグループを敵に回すと生きていけない。

 ここまで書いて、以前、信州人に関する"戯言"をまとめた出版物があったことを思い出したのだが、その書籍名までは思い出せない。

2006年8月11日金曜日

塩狩峠

 作家三浦綾子が、30数年前に記した「塩狩峠」を読んだ。 我家の本棚には、20年前から家内が読んだ、神谷美恵子、住井すゑ、三浦綾子などの著作が並んでいたのだが、シリアスなテーマに近寄りがたい感じがして今まで開くことはなかった。
 そんな折、6月にたまたま北海道旭川にある三浦綾子記念文学館を訪ねる機会があり、三浦さんの人となりや著作の背景に触れることができ、作品を読んでみる気になったのである。 そして、今回、出会ったのが「塩狩峠」。 「氷点」なども含め映画化やテレビドラマ化、あるいは舞台化されているので、一般的には良く知られている作品であろうと思う。
 本作品は、鉄道職員であった長野政雄という実在の方が、明治42年に起きた塩狩峠での客車暴走を身をもって防いだという実話に基づくものである。 今の時代で見れば、手動ブレーキが利かなくても暴走を防ぐ手段は他にあっただろうし、他の乗客との連携で荷物をあてがうとか、色々考えられようが、あの時代のとっさの判断では、自分の身をもって停めるという考えにしか到達できなかったのであろう。
 「あとがき」と「補遺」の中で、当時の事故を記す少ない資料から、長野氏の、
��.ブレーキ操作ミスによる過失死、
��.遺言を携帯していたことからの自殺説、
��.本書の通りの犠牲説
があり、自殺説を拭うために恣意的に過失説だと記した文献があるが、関係者の証言から犠牲説に確信を持ったと、作者は記している。
 長野政雄という実像を借りて、ヤソ教に敵意すら抱いていた主人公永野信夫がキリスト信者として目覚め、その信仰の証を、身(自らの死)をもって客車の暴走を停める行為という形で著したものであった。 ナチ政権下のポーランドのアウシュビッツで、死刑者の身代わりとなったコルベ神父の心に通じるものがある。
 久々に「純な心」、「人間としての尊厳」を味わう作品に出会った想いがした。 今は、富や権力が幅を利かし、富を持つことが崇められる時代となっている。 政治と絡みついた宗教とは名ばかりの利権集団が横行する有様で、そこには「人を尊ぶ心」は何も存在しない。
 主人公「永野信夫」が「ふじ子」に見せた優しさや、「三堀」への真摯な姿勢、そういった少し昔の日本人が持っていたであろう「日本人の心」を、現代人は見直す必要があろうと思う。 我々の祖先に、長野政雄さんという素晴らしい方がいたということを知らしめた意味でも、本書は意義深いと思う。
 別の意味では、永野信夫という人物を借りて、三浦綾子自身がここで信仰宣言をしているのかもしれない。

2006年8月10日木曜日

観光協会のもう一つのページ



 信濃町観光協会HPのトップ右上に for foreigners... と表示された個所がある。 外国人向けに信濃町を紹介するページへリンクしているのだが、foreignersという表現が的確か、浅い知識ながら何かひっかかる感じがする。 まぁ、以前、空港案内などに使われていたAlienでないから良しとしよう。

 それはさておき、リンクを辿ると、英語と中国語で表記されたページへ飛ぶ。 ざっとブラウズして、大変綺麗に出来上がっており、平易に信濃町を紹介しているページだと思う。

 ただ、最初に出てくる筆書きのフラッシュだが、何か古さを感じる。 20年近く前のMacPlusに入っていたMac書道であったか、そんなソフトを思い出させる雰囲気がある。 確かに、外国で漢字やひらがなを書くと、海外の人々からは奇異というか、大変な関心を持って見られることがある。 そういう自分も、前回の旅行で会ったイタリア人へ墨汁と筆、半紙のセットを贈ったほどである。 でも、今まであちらこちらで採用された手法なので、やっぱり古い感があるのは否めない。

 あと気になったのは、信濃町の農産物のページにリンゴがある。  高山とか中島辺りの地区へ行けばリンゴの木を植えている所はある。 でも、信濃町の特産と言われるほどには生産していないというか、商品になるようなリンゴは出来ないはずだ。 ここは、やはりブルーベリーやルバーブを表示すべきであろう。

 また、中国語のページは、TraditionalChineseであろう繁体字で書かれているが、対象となるのは台湾やマカオなどの人々。 しかし、北京オリンピックを2年後にひかえ、経済成長著しい中国本土からの旅行者は今後増えるであろうから、彼らの言語である簡体字の表示も併せて行く必要があろうと思う。 まぁ、これはJRなどの駅構内の表示についても言えることだ。

 ただ、個人的には、中国語のうるささや中国人の傍若無人な振舞にはついていけないので、少なくとも団体では来て欲しくないと思う。

 以上、外国人向けのページを見た感想でした。

��追記:2008年7月サイトがリニューアルされ、新しくなったトップページには外国語のページへのリンクがなくなった。)

2006年8月9日水曜日

信濃町蕎麦処

蕎麦処 手元に、信濃町手打蕎麦処御案内図というチラシがある。 以前、天望館にあったものを頂いてきたものだが、町内にある蕎麦店を一覧にしたもので、10店舗の記載がある。
 山桑に、能書きの多い"ふじおか"という店があるが、こちらは観光協会に加盟していないのかこの図には載っていない。

蕎麦処 裏面は、双六刻印つづり帖と明記され、これらの店で食すとスタンプを押してくれ、加盟店全店分が押されると"そばちょこ"がプレゼントされるとある。 加盟店のうち自分がまだ入っていない店は2~3あるが、このスタンプラリーに参加する人はどのくらいいるのであろうか。
 自分の体験では二度と入りたくない店もあり、スタンプラリーが蕎麦賞味の動機にはなりそうもない。
 なお別のチラシに、刻印二倍の日というのがあり、8月25日、9月22日、10月27日に食すと1回に2つ押してくれるらしい。 そうだとすると、全店を回らないうちにスタンプ帖が一杯になってしまうけど、それでもプレゼントの対象になるのかな? 素朴な疑問。


2006年8月8日火曜日

苦渋の選択か 安易な選択か

 長野県知事選挙の結果は既に報道されている通りだが、この結果を単純に喜んで良いのであろうか、自分としははなはだ疑問に思う。 というのは、当選した村井氏が、これまで田中知事が積み上げてきたものをことごとく否定し、吉村王国の王政復古とおぼしき言動がそこかしこに見られるからである。
 県庁職員が村井氏当選を手放しで喜んでいるという姿も問題だ。 確かに、田中知事に振り回され、知事との軋轢などから庁内には閉塞感があったであろうが、何事もある種の緊張関係は必要だし、その緊張から良い発想が出て来るのではないかと思う。 馴れ合い政治、仲良し倶楽部では、何も新しい発想が産まれないばかりか、組織が停滞し腐るのは世の常である。

 確かに、田中知事の言動には自分も異質感をあちこちに感じた。 知事でありながら新党を作るという国政の動きに関わったこと、2年前の参議院議員選挙の際の下伊那郡泰阜(やすおか)村への選挙登録などもしかり。 所謂、ゴリ押しも多かったであろう。
 しかし、長野県の隅っこにある小さな村に対して、これだけ熱い目を向けた知事がいたであろうか。 知事室の透明性を貫こうとした知事がいたであろうか。 県内各地を回った車座集会についても、初めに結果ありきという集まりであったと云う人もいるが、住民と直に話し合おうとした知事がこれまでいたであろうか。 是がダメだからあっちがいいとか、あっちが良くないからこちらがいいという単純な発想ではなく、もう少し冷静な判断で今回の選挙に臨んでほしかったと思う。

 自分としては、僅差で田中氏が当選し、その僅差という県民の判断から、田中氏が自分の手法を見直してほしいと期待していた。
 当選した村井氏のここ数日の言動を見ていると、全てに田中県政を否定した動きに出ている。 その全面否定から新しい風が吹くと県民は感じているのであろうが、新知事の誕生はある種の組織と地元企業の裏づけの結果であることに気づいていない。 そういった組織と企業のための県政が始まろうとしているわけだ。 当然、そこには田中氏のような県民一人一人に目を向けたような姿勢は存在しない。 利益が相反するからである。
 知事が変われば、県民の生活が良くなると思ったのであろうが、国の行政と県の行政を混ぜこぜにして、田中知事がいるから暮らしが良くならないと、先導(洗脳)されたわけだ。
 政治には、常にウソやマヤカシがあるもの。 当初、八十二銀行会長が田中氏を応援したのも、単なる八十二ワールドの拡大(利益誘導)に根ざしたもので、自分の意にならない知事では応援せずという姿勢は初めから分かったことだと記している記事をどこかで見た。
 信濃毎日新聞をはじめ県内の企業はこぞって反意を示していたし、田中氏の稚拙な政治手法を嘆いても始まらない。 どちらにしても、今後4年間新知事がどのように県政をすすめるか、選挙民は常に注視してほしい。 今までは、村井氏は「田中県政に反対」ということで県民に支援を訴えることが出来た。 反対することは非常に簡単だ。 しかし、これからは田中氏に代わって、県民のための行政を進め築き上げていかなければならない。 県民は、これからの村井県政が、これまでの田中県政と比較して、市民にとってどちらがプラスか、田中氏であればどう対応するかというような、比較意識をこの四年間持ち続けて、次の選挙に臨んでほしい。 選挙は投票所へ行ったことで終ったわけではない。 4年間という在任期間にどれだけ職責を果たすか常に注視することが選挙なのである。
 とにかく、 殿様知事ではなく、 汗する知事であってほしいと願う。

2006年8月7日月曜日

野尻湖の四季

晩夏の野尻湖
 先日、当サイトのエントリーにコメントされた方のページを訪ねたら、野尻湖、黒姫高原や信濃町の自然を写した沢山の写真が掲載されているのに驚いた。 ここまで撮り貯めるのは並大抵の努力ではないであろうし、加え、マックやウインドウズの壁紙にダウンロードできるようにもなっている。 そのサイト名は、"野尻湖の四季"。 当サイトのリンク集にも早速掲載してしまった。
 今まで、自分が撮った写真の中で野尻湖を写したものといえば、ここに掲載した写真程度でお恥ずかしい限りだが、野尻湖の四季の中で一番好きなのは、8月下旬から9月上旬の国際村の湖畔から見られる光景である。 夏の喧騒が過ぎ去り、秋の風を感じつつ深遠な想いに浸れる、この時候ではなかろうかと思っている。


2006年8月6日日曜日

緑の復活祭

緑の復活祭


 柏原交差点を黒姫駅の逆方向に入って行くと、右手に町営信越病院の建物が見えてくるが、その正面、進む道の左手に小さな木造の建物が道から少し離れて建っている。 山小屋風に見える質素な建物なのだが、よく見ると、屋根の上に尖塔らしい物が乗っかっている。

 これが昭和34年に建てられたという、日本キリスト教団信濃村伝道所である。 信濃町は、昭和31年9月30日に信濃村、古間村、信濃尻村が合併したということだが、この教会はそれ以降に建てられていながら、今だもって「信濃村伝道所」と呼称されている。 柏原交差点に建つ看板もしかり。

 この教会に最初に赴任された清水さんという牧師さんは全く存じ上げない。 次に赴任された太田さんは「辺境の食卓」の誌面上でお会いした。 影山師は、クリスマス礼拝で説教を聞いたことがあるが、教会よりも野尻湖問題など社会的な活動をされ、野尻湖フォーラムに何度も寄稿されている。 その後に若い牧師さんが来られたようだが面識はなく、現在おられる方については全く分からない。

 前置きが長すぎた。 本題に入ろう。 以前、この教会に赴任されていた大田愛人さんが記された「緑の復活祭」という書籍を読み終えたことを書くつもりであった。

 本書は1986年に出版されたもので、1978年から85年にかけて多方面に書かれたエッセイを分類して、纏められたものであった。 内容は大きく、

 野尻湖から

 現代食卓考

 医師としての自然

 横浜から
と4つに分類されている。

 信濃町に関係した事項は、「野尻湖から」にまとめられているが、「辺境の食卓」を読んだ時ほどの感慨はなかった。 そのかわり自分達が知っている場所や事柄、人々などに触れることができて、楽しんで読むことができた。

 「現代食卓考」の中にも、ウコギ、フキッタマ、ソバや夏野菜など、信濃町の自然なればこそ産まれる食物があちこち登場していた。 夏のこの時期、「野菜ばっかり」という言葉を町内でよく聞くが、この「ばっかり」を否定的に捉えがちだが、旬の野菜を味わうべきだという大田さんの考えに諸手を挙げて賛同したい。 真夏の信濃町でいただく、「やたら」や「冬瓜の刺身」などはいくら食べても飽きない。

 「医師としての自然」では、詩人ワーズワースの言葉や安倍磯雄の「質素之生活 高遠之理想」などのことが書かれているが、より深みのある自然観を大田さんの中に見た思いがする。 林野庁のガイドラインにのったような信濃町の「癒しの森」プロジェクトだが、こういった深みのある自然感に根ざしたものであろうか。 ある種の宗教性、精神性、太古までをも含めた人性、そういった所に根ざした自然との共生、共時から生まれるものが本来の癒しではなかろうかと思う。 ただ個人個人がリラックスするといった程度の癒しでは、運動としても心もとないと思えるのだが、傍観者だから言える事なのかもしれない。

 既に去ってしまっておられるが、大田愛人さんという人の存在も信濃町にとっては大きな財産である。 



2006年8月5日土曜日

蜂の子取り

 今朝、NHKのニュースを見ていたら、須坂からジバチ取りの様子を中継していた。
 蜂の子やイナゴなど虫を食す習慣が地方にはあると昔から聞いてはいたが、これまで自ら口にすることはなく、信濃町に来て初めて味わったものであった。 と云っても、これらの虫を誰でもが獲っているのではなく、その道に長けている人でなければ、食すことは難しい。 テレビでは、蜂の巣を見つけるのに餌を付けた真綿を使う様子が見られたが、そうまでしなくても日頃の生活の中で自然界の動きにアンテナを張っていれば分かる(ものらしい)。 そして、ほどほどに巣が大きくなった時期を見計らって、花火の煙で蜂を麻痺させてしまうわけだ。
 巣を取り出して幼虫を一匹一匹ピンセットでつまんでいたら、時間がかかるし蜂が目覚めて刺されることにもなる。 巣ごと軽く焙ってはたくと、一気に取れるらしいが、そこまで試したことはない。
 幼虫を取ったあと、フライパンで炒り付けるわけだが、これも技術があるようで、周りの殻をしっかり炒ってカラッとさせると、口に含んだときに中身の甘さが広がり大変美味しい。
 炒った蜂の子を白いご飯にのせて、いわゆる蜂の子飯として食べると、その味を堪能できるのだが、ウニ丼やイクラ丼と同様に我々の年齢では栄養がつき過ぎてしまう。
 「蜂の子」をサイト検索すると、健康食品や栄養食品としての商品がたくさん出てくるが、これらは殆ど中国辺りからの輸入であろう。 以前、飲み屋で食べたことがあるが、べチャッとした感じで、甘さや歯ごたえを味わうものでなかったし、そもそも値段が高い。
 10年以上前であったか、三水のリンゴ農家から旧いリンゴの木をもらい薪にする作業をしたが、この時は根に巣くう親指大の鉄砲虫というのが採れた。 カミキリムシの幼虫らしいが、リンゴの木を食べていることで、虫の身も甘い。 大きさから蜂の子よりは食べるのに勇気が要った。 そのような作業をしない現在では、もうお眼にかかることもない。(鉄砲虫を、伊那地方では「とっこむし」というらしく、まほら倶楽部 → まほら伊那探検隊に詳しく記載されていた。)
 (社)農林水産技術情報協会というサイトのトップページの右下に「昆虫科学館」というページがあり、これを開くと虫にかかわる情報が載っており、その中に「虫を食べるはなし」がある。 ざざむしや蜘蛛を食べる話とかもあって面白い。

2006年8月4日金曜日

ネジバナ

ネジバナ



 アジサイの花が終わると、我が家の庭には見るべき花がなくなってきた。

 かろうじてあるのは、畑と道との境の土手のような所に生えているネジバナであろう。

 ネジバナは漢字で書くと、「捩花」となるらしく、花のページを見ていたら、右巻きに咲くものと左巻きに咲くものがあるらしい。

 この花も暑くなってきた今では終わりに来ているし、延びてきた雑草とともに刈り取られてしまうことになるかもしれない。


2006年8月3日木曜日

梅干を干す

梅干


梅
 梅雨が明けて夏の日差しが現れるようになった今日この頃、我が家では梅干漬作業の最終コーナーである日干に入っている。 三日三晩、雨のない時を見定めて作業をすすめると、家内は外出予定を調整しながら、その日を選んでいるらしい。
 紀州の南高梅は美味しいのだが大変値段がはる。 デパートなどで見ると1個が数百円という単位なのである。 こうやって丹精込めた梅干だが、我が家に残るのは半分もないらしい。
 この梅の写真を見たら、ご飯のお代わりができるであろうか? ぐるぐる目


2006年8月2日水曜日

野尻湖フォーラム37号が届く

 「野尻湖フォーラム」の夏の号が本日届いた。
 1頁目に書かれている記事は、「かけがえのない財産」として野尻湖をとらえているものであった。
 先日、滋賀県知事選挙であったか、「もったいない」をキーワードに当選された方がいたが、このように日本には、「かけがえのない」とか「もったいない」といった、旧いものを大事にする文化が生き続いていた筈である。 しかし、戦後の高度経済成長や昨今の投機熱により、こういった文化は継承されずに、国土を荒廃させてでも、人に勝つことや資産を増やすことだけを「良し」とする社会になってきた。 その顕著な帰結が、ホリエモンでありムラカミ・ファンドであり、日本銀行総裁しいてはタケナカしかりなのである。 我々の祖先が営々と築いてきた日本の自然や文化を後世に残すという視点を持たない指導者では、日本という国全体の崩壊ばかりでなく"日本沈没"を招き、その再生は困難にならざるを得ないとも云える。
 さて、先月、野尻湖漁業組合が主催した野尻湖花火大会については、ブラックバス釣りを定着させるための、野尻湖に観光客を呼び戻すためのエクスキューズとか、その理由付けであろうとは思っていたが、町役場が後援していたとは気づかなかった。 信濃町観光協会の掲示板に、町の後援を疑問視する掲示があって、初めて知った次第である。
 野尻湖観光をもう一度軌道に載せたいという意図は分かるが、野尻湖の生態系を壊してしまうブラックバスやソウギョ、ブルーギルの存在を容認するような町役場の姿勢を疑問視する町民は多いであろう。
 我々の子孫に残す、野尻湖であり信濃町であるという視点を持たずに、安易に当座の金儲け(集客)を追い求め、目の前のハエを追うような近視眼的な発想しかできない観光行政、ひいては町政では心もとない。
 野尻湖や黒姫高原の観光事業低迷の理由を、時代の流れとして他に求める姿がよく見られるが、要するに信濃町における人材不足、相応しい指導者が存在しないという所に起因していると思う。 「かけがえのない野尻湖」という出発点に戻って発想してほしいと願うものであるが、桟橋や水問題が起きてから既に何年も経過している。 さらに、野尻湖には産廃問題もあるとのこと。 野尻湖の将来にはいつ消えるとも知れない暗雲がたちこめていると云わざるを得ない。

俳句大行進

俳句大行進



 先日、本屋の店頭で「千曲山人」という名が目に飛び込んで来た。
 何か奇をてらったような名だなと、昨年の一茶記念館の講座一覧を見て、頭の隅に残っていたので、すぐに手にとってみた。 一茶のことや信濃町のことが書かれていると、早速、買い求め読んでみた結果、他の著作も見てみたくなったし、昨年5月に作者が話された講座「一茶俳句の民衆性・風土性」を聞き逃してしまったのが残念に感じた。
 本書は、信濃の風習や人物などをテーマに書かれ、その行間に俳人である作者の句や他の方々の句をちりばめている。 残念ながら、自分は未だ俳句に関われていないので、句を感じることはできないのだが、信州の色々な側面を知り、非常に楽しく読むことができた。
 特に、作者が若かりし頃に社会的に活動された内容について全く知らなかったのだが、その片鱗を述べている行間に、作者の信念が感じられ敬服した次第であった。


俳句大行進 - 信濃の人と風土を詠む -
  著者:千曲山人  発行:銀河書房(長野市稲田1090-7)
  価格:1800円   1996年4月刊
目次の概要
I俳句は楽しくおもしろい
  言いたいこと、心に響いたことを句に
  俳句は楽しくおもしろく
  俳句づくりの土壌 - 私の戦後原点 -
��I信濃の人と風土 - 信濃には、楽しいこと面白いことがいっぱい
  霜月祭り
  坂部の冬祭り
  大頭祭
  野沢温泉の火祭り
  炉話
  大鹿村歌舞伎
  寒天
  味噌炊きとかんからぽっくり
  馬と戦争
  重ね蟇
  蛍
  落し文
  地蜂取り
  桑と蚕
  秩父困民党と佐久戦争
  修那羅(しゅなら)
  十日夜(とうかんや)
  雪呼婆考
  松井須磨子の墓
  貞享騒動の精神
  鬼女紅葉伝説
  温かく、しみじみ一茶を描く
  帰住後旺盛な俳諧活動で真価
  青木村と栗林一石路
��II海外吟もまた楽しい
��V俳句論も楽しく

2006年8月1日火曜日

天望館でもろこし祭

もろこし祭
 「五感が踊る 黒姫高原 もろこし祭」と題した手書きのパンフレットが天望館にあった。 実施日は今週末の5日(土)と6日(日)。
 トウモロコシの販売だけでなく、コーンポタージュや高原野菜の販売、ブルーベリーやルバーブのジャム作り体験など、色々なイベントがある。
 時期からすると美味しいモロコシが食べられると思うのだが、今年は梅雨明けが遅く日照時間も短いので、どれだけの味のものに成長しているか少し気になる所である。 先日、熊がブルーベリーを食べていたという記載を見たが、ひょっとしたらモロコシよりブルーベリーの方が美味しいのかもしれない。