お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

2008年9月30日火曜日

映画「蟹工船」を観る

 偶然見た雑誌の映画欄で、小林多喜二の「蟹工船」の映画が上映されていることを知り、時間が空いたついでに今日は観に出かけた。 小説は既に読んでいるので、全体のストーリーは頭に入っていたが、蟹漁をする小さな川崎船という木船や、母船で蟹を処置して蟹缶にするまでの作業など、その現場のすざましさがよく分かった。
 劣悪な環境下での労働、不十分な休養や食事、僚船の難破を助けることなく優先される蟹漁、死亡した仲間を弔うことなく海に捨てる光景、それらの結果、労働者は待遇改善を求めて暴動を起こすのだが、秘密裏に無線で呼ばれた海軍に拘束され、主な首謀者が殺害された所で映画は終わった。

 この小説は、昭和初期を舞台にしているわけだが、企業と軍隊が共に弱い労働者を苛め抜いた現場は、80年後の現代を映しているようにも感じる。 政治家や経済人、高級官僚などが結託して、自分達の利益の確保や誘導にまい進し、市民の健全な生活がなおざりにされていることは、派遣労働や名ばかり管理職が何ら改善されていないことからもよく分かる。
 年金問題は何ら解決の糸口がなく数年を経ているし、汚染米の処置も結局は行政の怠慢である。 NHKをはじめテレビや新聞社は与党のプロパガンダとなり、政策や行政の精査すら行わない。 しかも電通などの広告会社を多用し、政府や与党は国民への誤魔化しに躍起になっている。 派遣労働やパート労働などで安く労働者を使うことや、輸出製品に対する消費税の還付制度ゆえに消費税のアップをねらう日経連。 どれもが蟹工船の労働者のように使い捨て雇用がベースになっているのである。

 ワーキングプアーだと、今年は「蟹工船」の小説再版が評判になっているようだが、単にブームで終わらせるのではなく、今の政治腐敗を糺すきっかけにしてほしいと思う。 映画の中では、若かりし頃の山村聡、森雅之(有島武郎の子息である)、森川信、花沢徳衛などが見られたが、何せ半世紀前(1959年)のフィルムなので、雨が降る画面が続き音も歪んで分かり難い部分があった。

 次に上映されたのが、「時代(とき)を撃て・多喜二」(製作2005年)で、これは多喜二の生涯をナレーションで説明すると同時に、俳優や関係した人達の証言を聞かせるものであった。 以前、三浦綾子著作の「母」を読んでも感じたが、小林多喜二は親兄弟愛ばかりでなく人間愛に溢れ、正義感が強かったゆえに、社会の不正義を問いたださざるを得なかったのであろう。 戦後のレッドパージのような教育の結果、小林多喜二の真の姿に我々が気づいて来なかったことは非常に残念であった。

蟹工船蟹工船時代を撃て時代を撃て

 さぁ、これから映画館で購入したCD 朗読と歌で綴る「多喜二が愛した音楽」 を聞くことにしよう。



グリーンシーズン最後のイベントか

 いよいよ9月の最終日となり、コスモス園の開園もあと2週間を残すのみとなったが、その期間に大きなイベントが2つ予定されているようだ。 一つは、5日(日)のチャレンジフェスティバルin信州・信濃町で、もう一つは、11日(土)~13日(月)の森を感じる祝日@信州信濃町である。

 チャレンジフェスティバルの方は既に参加申し込みが終わっているが、マラソンは膝を痛めるおそれがあるし、自分はどうも人と競うのは苦手である。 そんな人間に向いているのが、ノルディックウォーキングであろうが、どうもこれも性に合わない。 リズムをとって歩くのは足にも腕にも良いらしいが、何かあのカチャカチャした棒が発する音は追い立てられるようで嫌だ。 それに日本の山のように急峻の道が多い所ではあまり意味をなさない。 海外の高原を歩くにはいいらしく、フランスの山の中でそういう姿を随分と見た。
 もう一つの森を感じる祝日@信州信濃町は、癒しの森の事業の一環であろう、色々なプログラムが企画されているようだが、ネットで見るだけで詳細はよく分からない。

 こういうイベントのことは、信濃毎日新聞やテレビなどで報道されるであろうから、その時に知ることにしよう。 さて、少し遡って、8月の信毎が手元に残っていたので、その切抜きをここに載せておこう。(画像をクリックすると記事切り抜きが出ます)

一茶句碑、最後の建立
ふるさとレシピ計画
組曲 黒姫物語

信濃町の食材を町のブランドにしようという取り組みがネット版に記載されていたので、それも残そう。 これも流れが、来月の「森を感じる祝日」イベントにつながっているようだ。

今日の暦から : 体力過信は命とり



信濃町の食材で仏料理味わう 「町の新ブランドに」2008/9/26

信濃町産の食材を使ったフランス料理を味わう参加者たち信濃町産の食材を使ったフランス料理を味わう参加者たち

 信濃町産食材を主に使ったオリジナルのフランス料理を楽しむ食事会が25日、同町の黒姫童話館・童話の森ギャラリーであった。食の面で町の新ブランドを作ろうと、町や町観光協会、観光業者らでつくる「町地域ブランド構築推進協議会」が主催。県内外の旅行業関係者ら約50人が、多彩な食材で工夫した斬新な料理を味わった。

 食事会は「Shinanomachiキュッフェ(ドイツ語で台所)」と銘打った。

 地元食材を用いた「ふるさとレシピ」として、県内外にアピールする狙い。シェフの藤木徳彦さん(37)=茅野市=がトマトやトウモロコシ、そばなどを使い、8品を調理。料理に合わせ、町内産のワインや日本酒も提供。藤木さんや食材生産者が調理法や食材の特徴を解説した。

 「ウナギのブルーベリーワイン煮込み温泉卵と野菜添え」は、野尻湖産ウナギとブルーベリーを組み合わせた。出席者は「こんな調理法があるとは驚いた」「食の安全が揺らぐ中、地元食材の大切さに気付いた」と話していた。

 信大人文学部(松本市)の中嶋聞多教授(情報経営論)も提携。調理に使った包丁は、教授の研究室の学生がデザインし、町特産の「信州打刃物」の野かじ職人が作った。

 協議会会長の間瀬一朗さん(49)は「ブランドとして発信し、町の発展につなげたい」。藤木さんは「一過性のイベントで終わらせず、この味が地域に根付いてほしい」と話していた。同協議会は10月12日、地元住民が創作した地元料理を発表するイベントも開く。

(提供:信濃毎日新聞)


2008年9月29日月曜日

人生に乾杯

 我が家は例年7月以降色々な記念日が続くのだが、今日やっと自分の番が回って来た。 と云っても、覚えてくれているのは家内など数名。 声がかかることを期待しているわけではないが、まぁ、それぞれが健康で平穏な暮らしをしてくれていれば良しとしようと納得している。

 何度も、今年も黒姫宅に来てくれている友達が作ったCDアルバムの中に、「ぼくの成人式」という曲がある。 ”今日はボクの成人式だ 乾杯 乾杯 ぼくの人生に”と、歌っているのだが、”ぼくの人生に乾杯”というフレーズだけいただいて一人で祝おうと思う。

 もう一つ彼らが歌う曲で、これも大変好きなのだが、父親の悲哀さを歌った「わしらは親父」。 これも今日に相応しい感じがするので、その一部をお聞き願おう。 聞いていると何となく故人となられたシンガーソングライターの河島英五が思い出されてしまう。

今日の暦から : 絵画や音楽で心の栄養



2008年9月28日日曜日

エミコさん、ガン治癒を祈る

 ガンを克服し自転車による世界一周旅行を続けるエミコ&スティーブ夫妻であったが、今年6月にエミコさんが体調不調になったとブログに書かれていた。 克服した筈のガンが再発したようで、その後どうされたか気になっていたのだが、現在は治療を終えて知人宅で静養していると、最近のブログに八重洲出版の担当者が書かれていた

 退院が完治につながっていれば良いし、再びバイクに乗って世界一周の旅を続けられるまでに回復されるよう祈りたい。 これほどまでに思いいれがあるのは、2年前にモンベル渋谷店で、モンベルチャレンジアワード受賞した記念の講演会があり、生の体験談を聞いていたからである。 彼女の目の輝きを見ただけで、バイク旅に対するあつい情熱が感じられた。

サイン会にて
彼女のバイクて

 そして昨年10月に、テレビの報道番組でエミコさんの姿を見ることができた。 6月であったかモンベルから届いたツアーガイドを見ていたら、7月であったと思うが、チョモランマが見える場所までのウォーキングとバイクのツアーが企画されていた。 現地でエミコ&スティーブ夫妻が合流することになっていて、参加しようかと考えていたのだが、事前説明会と出発地が確か関西ということもあって、決断できないでいた。 ガン再発ではたぶん企画は流れたのであろう。
 今年の夏、MTBを購入して黒姫高原や野尻湖を家内と回ったが、何十キロと荷物を積んで山道を走る、エミコさんの旅はさぞかし厳しいであろうと家内は何度も話していた。

 エミコ&スティーブ夫妻のブログに、強風に向かう短い動画映像が収録されているが、22Mbほどで容量が大きい。 FLV形式に変換した、10分の1の大きさの動画をこちらに残してみた。

今日の暦から : 少しの昼寝で疲労回復



2008年9月27日土曜日

日本人の死に時

日本人の死に時

 今朝起きた時少し涼しいなと思って、黒姫は如何と我が家の温度記録を見たら8度となっていた。 もっと山に入れば5度とか6度になっているのかもしれない。 いよいよコタツが話せない時期になった。
 来月18日には信濃町観光協会の黒姫山登山会が開かれるようだが、その頃にはもっと気温が下がることでしょう。
 そろそろ紅葉の便りがちらほらと伝わって来ると思うのだが、今年はカツラマルカイガラムシの大発生でみずならの木が立ち枯れているらしい。

 さて、久坂部羊著「日本人の死に時」という本を読んだ。 副題が、「そんな長生きしたいですか」。 何とも、ズキリと心臓に突き刺さってくるようなタイトルである。 著者のプロフィールを残そう。

久坂部羊(くさかべ よう)
医師・作家。 1955年、大阪府生まれ。 大阪大学医学部卒業。
2003年、小説「廃用身」でデビュー。 第二作「破裂」が「平成版『白い巨塔』」と絶賛され、十万部を超えるベストセラーとなる。
他の小説作品に「無痛」がある。
小説外の作品として、「大学病院のウラは墓場」がある。

 デイケア施設などで働く医療現場にいて感じられた、老人や家族などの介護者、介護施設で働く人々、医療従事者達の、それぞれの気持ちを推し量り、終末医療と同時に「死」の意味を考えさせるものであった。
 先日産廃記事の中でふれたアルフォンス・デーケンさんが説く「死生観」にも通じる内容であろう。
 人間はやがて死ぬもの。 それは今日かもしれないし10年後かもしれない。 その時は交通事故のように突如としてやって来るかもしれないし、あるいはガンなどのように多少の余裕時間があるかもしれない。 どちらにしても、その時にどういう振る舞いが出来るか問われているわけだ。 そのための事前準備、助走距離が必要だということを教えてくれている。
 そして薬浸けの延命治療が、いかに患者の尊厳を貶めているというこである。 死に際に、”頑張れ”などという月並みな言葉をかけるより、「一緒に暮らせて良かった」などと本人の人生を讃える言葉の方が余程本人のためだという。 死が宣告されても、最後まで残っている五感は視覚や聴覚らしい。 患者のベッドの脇で家族の揉め事や財産分与などの話は決してあってはならない。
 万人に一読を勧めたい。

第一章 長生きは苦しいらしい
老人の「死にたい願望」/初体験としての長生き/リアル長生きシミュレーション/「年寄りをいじめんといてくれ」と叫び/たとえ元気に老いても/バラ色情報の罠

第二章 現代の「不老不死」考
アンチエイジングの流れ/冷凍保存でよみがえる日を待つ/アメリカの不老不死/「アンチエイジング」という市場/底なし沼の「抗加齢ドック」/欲望肯定主義の陥穽 ←注:かんせい、落とし穴)

第三章 長寿の危険に備えていますか
簡単に死ねない時代/長寿の危険は高まっている/虐待の危険/孤独と憤懣の危険/自殺の危険/マスコミに踊らされる危険/オムツはずしの危険

第四章 老後に安住の地はあるのか
グループホーム殺害事件/「認知症介護の切り札」というウソ/触れ込みはパラダイス/あまりに高額な有料老人ホーム/ホームの都合で医師を替えることも/収益のためなら入院も拒否/だから安住の地はない

第五章 敬老精神の復活は可能か
老人が快適に暮らすために必要なもの/敬老精神が衰退した理由/老人の側にも原因が/それでも立派な老人がいる/どういう老人が尊敬されるか/老いていく楽しみを発見!/老人は弱るkらこそ知恵をつける/”老人”より”満足力”

第六章 健康な老人にも必要な安楽死
立派な老人にも悩みが/「あんたなんか死ねない」という意地悪/片手落ちの「PPK(ピンピンコロリ)」/日本の安楽死土壌/「表の安楽死「裏の安楽死」/オランダの安楽死事情/死んだほうがいいという状況/安楽死すべきかせざるべきか

第七章 死をサポートする医療へ
むかしはみんな家で安楽死していた/市を支える医療とは/江戸時代のような看取り/失敗例/早い! いまい! 安い!/モルヒネ不使用の悪循環/求められる”死の側に立つ医師”

第八章 死に時のすすめ
がんを受け入れて死んだ医師/死の達人・富士正晴氏の場合/死を拒否する人の苦しみ/現代のメメント・モリ ←注:死を想え(ラテン語)/病院へ行かないという選択/寿命を大切にするということ/死に時のすすめ

裏表紙から

 何歳まで生きれば”ほどほどに”生きたことになるのか? 長寿をもてはやし抗加齢に踊る一方で、日本人は平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。 多くの人にとって長生きは苦しい。 人の寿命は不公平である。 だが「寿命を大切に生きる」ことは単なる長寿とはちがうはずだ。 どうすれば満足な死を得られるか。 元気なうちにさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。 現役医師による”死に時”のすすめ。

今日の暦から : 無茶食いは身を滅ぼす



2008年9月25日木曜日

餓死迫る日本

餓死迫る日本

 先月、学習研究社から出版された「餓死迫る日本」という本を読んだ。
 著者は、東京・国立市であすか会教育会研究所を開かれている小池松次さん。 本書はまず、日本のエネルギー自給率の問題から論旨の展開を行っている。 原油国からの輸送分、備蓄分を含めても日本には半年分の原油しかないらしい。 しかも備蓄基地は全国に6ヶ所、民間の借り上げタンクが17ヶ所あるというが、災害など緊急時に備蓄分をスムースに精製工場に搬送できるか疑わしい。 石油製品の生産停止は、ただちにあらゆる産業で生産活動が出来なくなるわけだ。

 そして、日本の食糧事情を見た時、政府は食糧自給率37%と発表しているが、著者は石油に頼る部分を除くと1%にも満たないと、次のような説明から色々な形で説いている。

 平成十八年度版の農林水産省「食料需給表」によれば、日本の米の自給率は94%となっています。 そのほかにも小麦の13%、大豆の5%以外の食べ物なら、なんとなく半分くらいは自給できているように思われる数字が並んでいます。

 これが本当なら、これほどけっこうなことはありません。 しかし、ここに掲げられた数字は、農機具や漁船の燃料、チッソ、カリ(カリウム)の三大要素を含む肥料、除草剤、農薬など、日本がほぼ100%輸入に頼っている石油と、やはり100%輸入の原材料および石油を必要とする産業なしでは、成立することさえ困難な農漁業の収穫・漁獲量をベースにして、これらの現実をまったく無視して弾き出したものなのです。

 このよう書き、Xデーには日本人の殆どが餓死する可能性があると、詳細に調べた資料あげて、分かり易く説明されている。 行政に国民を守る力がないとか、政府のプロパガンダでしかないNHKに対し、かなり批判的な意見をお持ちのようで、それらも含め実に優れた内容になっていると思う。 そして著者は最後に、家庭菜園でも出来る、ケールとサツマイモの生産で自己防衛を図るよう呼びかけている。

 ケールは西欧では雑草のようなものらしく、キャベツの類らしいが栄養素の点からも優れている野菜だとのこと。 そういえば2年前、スペインのガルシア地方で、ケールの美味しいスープを食べ、畑に長く延びていたケールを見た記憶がある。 葉っぱをもぎ取って食し、茎は硬くなってどんどん延びて、最後には花が咲いて種を取るらしい。 茎は燃料にもなるとのこと。 先に茹でてから油炒めしたものを食べてみたが、美味しいものではないものの青臭さはなく食べられた。 青汁の元にもなっているらしい。

 早速、そのケールを戴いてきて、狭いに庭に植えてみた。 結構アブラムシがたかるようだが、薬品は使いたくないので、虫取りを丹念にする必要がありそうだ。

目次
 まえがき - 困るのは輸出できな中国でなく、輸入できない日本
 第1章 船と石油が止まる日
 第2章 日本の農業と食料の悲惨な現実
 第3章 歴史に刻まれた飢餓の記憶
 第4章 米作り農家にも迫る餓死の恐怖
 第5章 戦後食料難体験からの教訓
 第6章 日本人が生き残るためには?
 第7章 一億総餓死回避への提言
 あとがき - 一蓮托生で餓死しないために

 本書の帯には、西尾幹二が推薦のことばを書いている。 西尾は、「新しい歴史教科書を作る会」の会長を務めた御仁で、西部邁や藤岡信勝らと共に、偏狭的な思想で今の国政におもねる人物である。 かかる人物が推薦のことばを書いているということは、著者自身もその流れにあるのであろう。 本屋の店頭であったら決して買わなかったが、ある会合で著者のお話をうかがったので購入したのであった。 石油や食料の安全保障という非常に大切な事柄がたくさん書かれている本書なのに、その点がどうしても心に引っかかてしまうのが残念だった。

 著者がケーブルテレビの番組で話されたビデオが掲載されていた。

今日の暦から : 早起きは気分爽快



2008年9月24日水曜日

花園を散歩

 たまには体を動かさなければいけないと、公営の公園へ出かけて来た。 先日の台風の風でコスモスは殆ど倒れてしまって、まともに見られる花が少なかった。 それでも色んな草花に出会ったのだが、名前が確実に記憶されず、やっと覚えたのが「トケイソウ」。

花花花花
花花花花
花花花花

今日の暦から : イライラしたら複式呼吸
 



2008年9月23日火曜日

ストーンヘンジ

 ロンドン近くにある巨石群ストーンヘンジが、病人の巡礼地だった可能性があると、ロイターの記事に載っていた。 ここは少し思い入れのある場所だったので、その記事を残してみた。
 ストーンヘンジ、ソールズベリーバースは、比較的ポピュラーなロンドン日帰り観光コースなので訪ねる観光客は多いだろう。 かくいう自分が訪ねたのは10年前の6月。 主だった国の言葉で説明するフォーン(日本語あり)を貸してくれるので、写真に写っている観光客は皆耳に黒い受話器のようなものをあてていた。

stonehenge

  そして2年後の2000年に、アイランドを訪ねた時も、治癒や精霊にかかわるような奇石や洞窟を訪ねたことがあった。 説明された内容はすっかり忘れてしまったが、ケルト人の文化がイギリスのみならずフランスやスペインへと伝播していった流れの一環なのであろう。 スペインのガルシア地方、オセブレイロ峠にもケルト人の藁葺の家が再建されていた。

stone
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ストーンヘンジ、病人の巡礼地だった可能性

2008年 09月 23日 12:43 JST

stonehenge

 [ロンドン 22日 ロイター] 英国にある遺跡ストーンヘンジについて、英ボーンマス大の考古学者らは22日、石に病気を治す力があると信じた人々の巡礼の場所だった可能性があると発表した。

 遺跡を構成する石、ブルーストーンがウェールズからイングランド南部へと約250キロ運ばれた理由については、これまで解明されていない。

 4月に1964年以来となる発掘調査を行った科学者らは、ブルーストーンが治癒の石としてあがめられていたとの見方を示した。

 調査に携わった専門家の1人は、BBCラジオに対し、そう考える理由の1つとして、ストーンヘンジ周辺に埋葬された遺体の多くに外傷や奇形の兆候が見られることを挙げた。

今日の暦から : 節度を知れば酒は妙薬



Stonehenge may have been pilgrimage site for sick

Tue Sep 23, 2008 3:36am BST

LONDON (Reuters) - Archaeologists probing the secrets of Stonehenge, Britain's most famous prehistoric monument, said on Monday it may have been an ancient pilgrimage site for the sick who believed its stones had healing qualities.

It has always been a mystery why bluestones, the smaller stones that form part of the circle, were transported around 155 miles (250 km) from Preseli Hills in Wales to Wiltshire in southern England.

Archaeologists from Bournemouth University, who carried out the dig in April -- the first at Stonehenge since 1964 -- believe the bluestones were revered as healing stones.

"It was the magical qualities of these stones which ... transformed the monument and made it a place of pilgrimage for the sick and injured of the Neolithic world," a statement from the archaeologist team said.

Geoffrey Wainwright, president of the Society of Antiquaries of London and one of the experts leading the work, told BBC radio that one reasons which lead to the conclusion was because a number of the burials around Stonehenge showed signs of trauma and deformity.

The archaeologists said in the statement that radio-carbon dating put the construction of the circle of bluestones at between 2,400 B.C. and 2,200 B.C., a few centuries later than originally thought.

But they found fragments of charcoal dating from before 7,000 B.C., showing humans were active in the area much earlier than previously thought.

The dig, carried out over two weeks, revealed that centuries after it was built, Stonehenge exercised a fascination for Romans in Britain.

In late Roman times, a shaft was dug in the centre of the site and a coin placed at the bottom before it was refilled with soil and stone and a block of bluestone placed on top.

The archaeologists found that pieces were deliberately broken off the bluestones until medieval times and that holly, ivy and yew were used in accompanying rituals.

Another of the team leaders, Tim Darvill of Bournemouth University, said the bluestones appeared central to the purpose of Stonehenge although it may have had more than one function.

Other theories about Stonehenge are that it was a religious site or that it acted as a calendar.

(Reporting by Adrian Croft and Golnar Motevalli; Editing by Mariam Karouny) .

© Thomson Reuters 2008 All rights reserved.


2008年9月22日月曜日

D51 498が帰って来る

 SL D51(デコイチ)が、再び黒姫にやって来ると知ったのは先月の信濃町観光協会のページであったが、その後あまり詳しい情報がなく、今日あらためて見たら、営業運転は11月22日~24日だが、訓練運転が11月16日~17日と19日~20日にあると記載されていた。 営業運転は日に2回、訓練は1回だろうから、合わせて10回もデコイチの勇姿が黒姫で見られるわけだ。

 そして、JR東日本、もしくはえきねっとから、信州・長野特集を開くと 信越線:SL信越120周年号/DL信越120周年号運行情報というリンクがある。 そこで見たのが次の画像。

SL信越120周年号

 さて、そのデコイチなのだが、14年前の1994年に、「秋の信州キャンペーン」というイベントで、3日間黒姫へやって来ていた。 あの時は見に出るのは億劫だと思っていたものの、最終日になってやっと重い腰を上げて出かけた。 しかし、信越線の高架橋など見やすい場所はすでに大勢の人に占領されており、見つけたのが畑の中で、しかも雨が落ちていた。 そんな悪いロケーションから撮った映像が下のもの。 雨音とつぶやきのような声は無視願いたい。

 SLは一瞬のうちに通り過ぎて行ってしまい、撮った映像はこれだけであった。 その後、8年以上経ってからであろう、横川鉄道文化むらのページだったと思うが、見ている中で、黒姫を走ったSLの勇姿を撮ったビデオがあることを知り、早速注文した。 その映像を見ると、「SLアップル号」と銘打ち、牽引された客車は6輌であった。 豊野からの急坂を上るのは限界なのであろう客車数は今回も同じのようだ。
 黒姫駅の脇には、ターンテーブルがひっそりと横たわっているのだが、たぶん半世紀以上前の遺物であり使えない。 そのため別立ての電気機関車を列車後方に連結し、客車は空で、SLは後向きのまま長野へと帰って行った。 今回はディーゼル機関車を接続し、わざわざDL信越号と銘打っている所から、復路も営業運転するのであろう。

 14年前のビデオ映像から取り込んだスナップが次のもの。

SLアップル号試運転で黒姫駅に到着SL切放・連結作業の途中、ホームには特急白山が到着
SLアップル号SLアップル号
豊野駅の販売風景(D51オデン?)豊野駅前の踊りの輪
SLアップル号古間のトンネルを出るSLアップル号古間駅へ
SLアップル号SLアップル号、町立総合体育館横を通る
SLアップル号黒姫駅到着黒姫駅前の販売所
SLアップル号を牽引する電気機関車SLアップル号長野へ戻る
古間北信号の鉄橋から豊野で点検中のSLアップル号

 ビデオ映像の中から、黒姫の部分だけ抜き出して縮小したものを次頁に置いたが、60Mbの容量があるため、回線が細いとスムースに見られないかもしれない。

今日の暦から : 風邪誘う昼寝の温度差注意



2008年9月20日土曜日

産廃処理施設問題の進展は?

 野尻・赤川に計画されているという産廃処分場建設の行方がとんと分からない中、「続・黒姫から」のよしはらさんは、今月の信濃町議会を傍聴されたと18日に記している。 記事の追伸に短く書かれているのだが、産廃に関わる委員会設置の請願に対する議会の採決があったと、よしはらさんはこう書かれている。

「私にとっての興味は誘致派がどう反応するか、それが見物だった。そしてそれは劇的に見せてもらえた、町民各位はこの劇場を見るべきだったと思う。」

 文面から推測すると、議員の中にも産廃処理施設計画に賛同される方がいるようで、反対議員との応酬が交わされたのであろう。 劇的ということは、議場で(議員に)あるまじき言葉の行き交いがあったのかもしれない。 処理施設計画地を高見澤に売却した地主、さらにこの時とばかり山林を金に換えたい地元民、かかる住民の縁戚などなどが応援する議員は当然いるだろうから、それは容易に想定される。
 それにしても、産廃問題は、一地主、一地区だけの損得の問題ではなく、信濃町全体さらには妙高市や上越市をも含めた、ダイオキシン等の環境汚染のおそれという大きな問題になっているはずだ。 誘致派(?)が見物に値する劇場を見せてくれたとのことだが、貧困といっては大変失礼なものの、思考レベルの次元があまりにも低すぎる応酬があったのだろう。 高見澤の手先になっているという、町議会元議長は現在も野尻湖漁業組合の理事になっているようだから、色々な形で権益確保に誘致の輪を広げているのであろう。 

 以前にも書いたが、産廃処理施設の建設は、野尻湖周辺の観光資源としての価値を低下させるだけでなく、信濃町全体の観光や農業の衰退不動産価値の目減りを招くと考えられる。 既に信濃町の人口は一万を割っているが、町民や別荘住民の一層の流出は避けられず、当然税収は減り、役場や病院、学校など全ての公的機関の縮小を図らなければならず、場合によっては財政再建団体に陥るかもしれない。
 そんな事を考えたら、産廃処理施設に安易に賛同することは出来ないはずだ。 かかる誘致派議員がもっと聡明な思考をされることを願いたい。

 先月の高見澤による説明会で初めてお会いした、産廃問題に携わって来られた関口鉄夫氏は、町内で何度か勉強会や講演会で話されておられるが、佐久総合病院が実施している農村医学夏期大学の若月賞受賞者にかつて選ばれたと、その時の受賞講演の内容が記載されているページを見つけた。
  佐久総合病院のトップページから、左側メニューを下段に向け見ていくと、 年間行事・夏期大学のご案内がある。 これを開いて、さらに「若月賞について」をクリックすると、受賞者の一覧が下に向かって出てくる。 関口鉄夫さんのお名前は8回目の1999年にあり、そこから講演全文を読むことが出来る。 その中で、国(法律)や業者の言う言葉を信じるのではなく、住民自ら調べ理解する必要があると述べられている。 また「三つの病気」と表現されているが、市民運動を進めるにあたっての危うさについても述べている。 よほど慎重に、かつ確実に反対運動を展開していかなければならないと思うのだが、信濃町の産廃反対住民の会については動きが何も見えて来ない。 議会にしろ市民運動にしろ、誠実な人柄と真摯な熱意が活動の成功につながる筈。 さて、信濃町はどうなのか?

 関口さんと同じ回に、アルフォンス・デーケンさんも受賞していたようだ。 デーケンさんのお名前もこれまでたびたび耳にしており、講演全文を読んだが、「第三の人生」、「挑戦(challenge) と応戦(response) 」や「死生観」(死を考えることが生きることにつながるということ)など読みがいがある内容であった。

今日の暦から :  過保護が生む虚弱体質



追記:4日の信毎に次の記事が掲載されていたが、町内の産廃問題やゴミの不法投棄などとは、どういう形で向き合うつもりなのだろうか。 現実のテーゼを横に置いたまま環境問題を考えるというのは意味がないように思えてしまう。

信濃町の自然を次世代に 町内で7日学習会 2008/9/4

 信濃町の環境保護やまちづくりなどに取り組む住民有志グループ「町環境ねっとわーく協議会」は7日、住民を対象に環境についての学習会を町総合会館で開く。身近な自然環境を保護し、次世代に受け継ぐために住民の立場から何ができるのか考える。参加を呼び掛けている。

 学習会では、県の森林政策課や水大気環境課、廃棄物対策課、町の農林課や建設水道課、住民福祉課の職員が講師になり、森林整備事業や水資源の保全、ごみ処理に関する行政の取り組みを紹介。県議や町議から環境問題についての考え方を聞く。

 同協議会は「住民、事業者、行政の3者共同による環境に配慮したまちづくりが必要」として、一緒に学んだり話し合ったりできる場を提供していこうと、2月に発足。代表の会社員土屋誠さん(43)は「環境問題に対し関心を持ち、認識を深めていくきっかけとなるような学習会にしたい」と話している。

 午後1時半から。無料。申し込み不要。問い合わせは土屋さん(電話026・255・6439)へ。

(提供:信濃毎日新聞)


2008年9月19日金曜日

「無言館」第二展示館が完成

 上田にある無言館の、「工事場だよりIV(最終号)」が届き、いよいよ第二展示館が完成して、「傷ついた画布のドーム」と「オリーヴの読書館」が21日から一般公開されると案内されていた。 これで今まで展示しきれなかった画学生の遺作や資料を展示できるとのことである。
 窪島さんの活動について否定的な意見を言われる方が居られるようだが、戦後半世紀経って忘れ去られてしまった、戦時下・戦後の混乱期に亡くなった画学生を思い起こし、彼等と彼らの作品にライトをあてた功績は大変大きいと思う。

 先月の無明塾で、窪島さんが、「岡部伊都子さん自身が戦争加害者となってしまったと悔いた婚約者との書簡」を預かっていると話されていた。 新しい展示館では戦争や平和を考える資料なども置くということだが、そういう資料も公開されるのだろうか。 あまりに個人的な資料は難しいかもしれない。
 11月になれば時間が空くと思われるので、是非訪ねたいと思う。

 今回から入場料金が千円となった。 以前は入館者の気持ちで500円以上となっていたが、ひととおり展示を見ると、出口を通らず入口に戻って出て行く人が多かった。 戦没画学生の発掘や作品展示の交渉など、窪島さんの労苦は大変なものであったろう。 今でこそ名が知られたので、自然と作品が集まるようになったと仰っていたが、失礼ながら開館当初はバクチに近いものがあったようにも感じる。 彼の想いに応えず、盗人ごとき入館者に憤りを感じたこともあったが、今回からは明確な金額になって良かった。 ただ運営には多大な費用がかかるであろうから、一般の寄付も重要な要素であろう。 今まで以上に多くの人が来られ、画学生の無念さを感じる所から、非戦、平和の思いにつながってくれることを願う。

 案内には、「オリーヴの読書館」ご利用カードというのが同封されていた。 周辺に住む子供達にも配布されるのか分からないが、上田近郊に住む方々は大変な財産を手にしているわけで、無言館が将来の日本を背負う子供達の学びの場になってくれることを併せて期待したい。

工事場だより工事場だより
信濃毎日新聞切り抜き

今日の暦から : 睡眠充分で元気一杯



信毎web掲載記事より

上田市の「無言館」に第2展示館オープン
9月21日(日)

信毎より

約2万5千冊の本がそろう「オリーヴの読書館」

 

 上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」の隣接地に20日、展示室「傷ついた画布のドーム」、図書室「オリーヴの読書館」から成る第2展示館がオープンした。初日は、県内の小中学生と高校生、画学生の遺族限定で公開した。一般公開は21日から。

 傷ついた画布のドームは、床面積約130平方メートルで、無言館よりやや小さめ。ドーム部分の天井には、日高安典さん(27歳で戦死)のデッサンや、太田章さん(23歳で戦病死)の日本画の下絵を中心に、収蔵庫に保管されていた数人の戦没画学生の習作386点が張り込められている。また、壁面には、無言館で展示し切れていない66人の画学生の油彩画や日本画、工芸品など計77点が並ぶ。

 オリーヴの読書館は、美術書や小説、戦争資料など約2万5000冊を収蔵。館内での閲覧のほか、年間3000円の登録料で1カ月間冊数の制限なく借りることもできる。

 無言館は、第2次大戦などで没した東京美術学校(現東京芸術大学)卒業生などの若者の遺作を集め、1997年に開館。第2展示館は、無言館が手狭になったため、昨年6月に着工した。

 窪島誠一郎館主は、予定より遅れた完成と公開に安堵(あんど)の表情を見せつつ、「反戦平和だけでなく、生きることの素晴らしさ、人を愛することの大切さを伝えるための美術館」と話していた。

 入館料は、無言館と共通で1000円。