お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*the world is coming to an end*



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

2010年8月31日火曜日

望郷のバラード

 一昨日、須坂・浄運寺で開かれた無明塾の様子は、30日の信濃毎日新聞にも掲載されていた。

 講演のトリというのか、最後はいつも天満さんのバイオリン演奏であるが、今回は演奏ばかりで天満さんのお喋りがなかった。 天満さんといえば「望郷のバラード」、「望郷のバラード」といえば天満さんと言われるほどだが、ユーチューブの演奏映像がないかと探してみたものの見つからなかった。 そこで別の方の映像を残した。

 音源だけであれば、こちらのページに天満さんの演奏が掲載されている。(トップはこちら

 今日は午後3時前から雨が降りだしたものの1時間ほどで止み、あまり綺麗ではないが夕焼けが見られた。 今の気温は25度で、雨が降ったわりには涼しくない。

夕景


iPhone用NESエミュレータ

(追記:0902  : NES A.D 、 SNES A.D という無料エミュレータが掲載されています。 こちらのエミュレータは、ROM掲載サイトへのリンクがあり、ROMイメージのダウンロードが可能となっている。 ファミコン画面はこちらの方がやや小さい感じ。)

 我が家には、パソコンの黎明期に一世風靡したNECのPC8801や9801、Macintosh Classic など往年の機器がまだ押入れの中に鎮座している。 当時のソフトウエアはオーディオテープ、5インチ、3.5インチディスクの形でダンボールにいれ保存しているが、今出してきて動くか、使えるか分からない。

 そのような往年の名器を現代のウインドウズPCやMacで復活させてくれるソフトがある。 一般にエミュレータと呼んでいるが、これをインストールすると昔のソフトがそのまま使えるのである。 実際には、著作権の関係で、元の実機の基本ROMをイメージとして取り込む必要があるものもあるし、保存媒体が異なることから、現代機に読み込ませるには工夫が必要であろう。 そのようなエミュレータの中で、やはり一番人気なのは、任天堂やセガなどが販売してきたゲーム機であろうと思う。

 以前、iPhone用エミュレータがアップル・アプリであったそうだが、ゲームROMの著作権侵害を助長するというので削除されたらしい。 Jailbroken iPhoneには、SNES4iPhoneという有料アプリがあるが、金銭を払ってまで遊ぶ気はなかった所、今日、ROCKを見ていたら、無料のNES Emulatorというアプリがあることに気がついた。

 早速、インストールし、ゲームROM(イメージ)はネット検索すれば色々なサイトがあり落としてみた。 ただ、この行為は著作権法上の問題があり、そのまま運用するのはまずいので早々に消そうとは思っている。

 NES Emulatorをインストールすると、iPhoneの中に/var/mobile/Media/ROMs/NES というフォルダが出来ているので、その中にROMイメージを落とせば良い。 参照:iEvolutionのNES Emulator記事とそのトップ

 iPhone上でファミコンと同じように遊べるのかよく分からないが、起動した限りでは、効果音や制御なども問題なく使えるようだ。 ただ、Apple II時代を思い起こさせてくれる、ロードランナーだけでは効果音がブツブツとつぶれていた。 特に熱中するものではないが、25~30年前に息子達がゲーム機で遊んでいた頃を思い出させてくれ、懐かしさを一時味わえるという点では意味のあるアプリ(エミュレータ)だと思った次第である。 

iPhone Emulator iPhone Emulator

 

iPhone Emulator iPhone Emulator


2010年8月30日月曜日

夕焼け

 北欧へ出張中の息子から夕焼けが綺麗だったと写真が送られて来た。 別の息子からもこの夏、休暇中のハワイで撮った写真を見せてもらっていたので、今夏の黒姫での夕焼けがどうであったか見直してみた。 しかし、残念ながら、あまり良い夕景を撮った写真はなかった。

 フィンランド

Finland

 ハワイ

Hawaii

 黒姫 8月5日

kurohime

 黒姫 8月27日

Kurohime

 今日の黒姫

Kurohime


2010年8月29日日曜日

無明塾

(追記:2011/08/28)

 講演会場での写真撮影は禁止であったとコメントを頂きました。 ご指摘を受け遅まきながら掲載した写真を削除しました。(追記了)

 今日は、須坂・浄運寺で開かれた無明塾へ出かけて来た。 無明塾では25年にわたって年3回の講座を開き、特に夏のこの時期には、いつも3名の作家などが講演をされていた。 今回のメンバーは、ここ数年同じ方々で、加賀乙彦秋山駿窪島誠一郎の各氏と、天満敦子さんのバイオリン演奏であった。

無明塾 無明塾

 浄運寺の講座には、これまで時間が合わずなかなか参加できずにいて、やっと2008年8月11月、そして今回と3回目の聴講となった。 浄運寺では既に本堂と庫裏の改築工事に入っておられ、工期は10年にも及ぶらしい。 そのため講座は今回で終了することとなり、工事終了後にあらためてアナウンスをされると住職は仰っていた。 

写真削除(開始前の本堂にて)

 最初の講演は、上田市にある信濃デッサン館・無言館館主でおられる窪島誠一郎さんが「『生きる』という約束について」と題して話された。 2年前にお会いした時には、目がキラキラして輝いているようにお見受けしたが、今日はかなりお歳を召されたなというのが最初の印象であった。

 窪島さんが信濃デッサン館を開いたのは32年前、無言館は13年前だそうで、以前の来館者は滞留時間が長くゆとりを持って絵を鑑賞されていたとのこと。 現在は、観光バスなどで一団で来て、それも反戦だとか憲法9条を守れとかゼッケンを付けて来る方たちも居られ、絵画の前であれこれ慌しく喋って、鑑賞することもなく帰っていく光景がよく見られるそうだ。

 絵と対話するということは、自分を見つめる時間を大切にすることにも通じるのではないかと仰る。

 城山三郎さんがかつて「群れをなす」ことの危険性を話されていたそうだが、テレビが一方的に流す情報は害毒そのもので、その映像だけで見た気持ちになり、メディアに泳がされてしまう結果となる。 だから無明塾のような講座の存在意義があり、五体で感じる感動を失わないような生き方が必要だと話された。 窪島さんは65冊目の著作として、「約束」という本を出されたとのことで、人間は誰かとの契りの中で生かされているのではないかとのこと。 誰かというのは、自分を生命として産んでくれた父と母であり、もう一つの契りは自分との約束であると仰った。 自分との約束でいう自分とは、自分のことではなく、自分という存在を作ってくれているたくさんの人々のことではないかと話された。 実に含蓄のある内容で、そういう約束を大事にして行きたいと思った。

 無言館にかかわる仕事の中で、色々な戦没画学生に出会い、彼らは限られた時間の中で、自分の思いを精一杯出していた。 かけがいのない生の雫、与えられた命をどう使いきるかということが問われていると最後は結論付けられていた。

 窪島さんが、ご自分の半生を走馬灯のように話される中で、感じられたことを分かりやすく説かれ、自分の時間をもっと大切に使いたいという気持ちにさせて下さった。

 二番目に話されたのが、文芸評論家の秋山駿さんで、タイトルは「人生の考え直し」。

 冒頭で、今朝亡くなられた三浦哲郎さんを悼む言葉があった。 秋山さんは年齢のこともあるでしょうが、ご本人が納得された話し方をされるので、かなり分かりにくいです。 事前に「信長」など著作を読んでおけば理解に役立ったのでしょうが、そういう意味でも難解な講演でした。 話された内容は戦中戦後のことから始まり、日本が経済大国二位であることや富裕層の存在など。 今、思い起こしても話の主旨がよく分からなかった。

 でも、互いの国や民族の正義があるから戦争が起きるという話には合点した。 正義に折り合いを付けるというのが一番困難な所作なのであろう。

写真削除(秋山さん)

 最後は加賀乙彦さんで、「八十歳になった心境」。

 陸軍幼年学校時代から話が始まり、著作の「永遠の都」のこと、そして、東京拘置所の精神科医として赴任し、正田昭という死刑囚と6年間文通したことなどを話された。 死刑執行後に現れた人から正田昭との文通内容を見て、彼が二面的あるいは三面的な要素を持っていたとのこと。 死刑囚といえども彼らは人間としての苦悩に溢れており、昨今、東京拘置所の刑場が公開されたが、あの報道は人間的な苦しさを明らかにしていないという点で、非常に問題だと話されていた。 毎朝7時から8時の間は、監房の中はシーンとして静かになるそうで、死刑執行がいつ自分に向かってくるのか気がかりな時間だそうだ。 加賀さんの奥様は入浴中にくもまっかで溺死されたそうである。 明日も分からない死刑囚の命と同様に、我々の命が永遠に続くわけではなく、80歳になった今、死刑囚と同じように残された時間が僅かであることを意識して、残された時間を大切にする心境でありたい由。

写真削除(加賀さん)

 講座を終えてからは、天満敦子さんのバイオリン演奏。 天満さんは天真爛漫というか、いつまでも童のように邪気のない人ですね。 隣のおばさんという感じ。 そこに彼女が好まれる理由があるように思う。

写真削除(天満さん)

 終了後は、著作など販売されたものへのサイン会。 今回は、窪島誠一郎さんの「約束」、秋山駿さんの「舗石の思想」、加賀乙彦さんの「不幸な国の幸福論」と「ザビエルとその弟子」 を購入した。

 講演された方々のうち、人間的に自分に近い人はどなたであろうか? 窪島さんは一番苦労されて今の位置にあろうし、「約束」という絵本に記述されている、あの心、あの情熱に対して称賛に値する方だと思う。 キラキラとした目の輝きをいつまでも失っていない人として一番親近感を感じる。 そして秋山さんはお話は分かりにくいが、庶民派の人物ではなかろうか。 加賀さんはやはり雲の上の人であった。 「宣告」に記述されているように、かけがいのない人生経験をされ、それを小説にされているが、上層志向の人であろうという印象が強い。 著作を数冊読み、お話を2度うかがって、もういいかなという気持ちになった。

写真削除(サイン会・秋山さん)

 

写真削除(サイン会・窪島さん)

 

写真削除(サイン会・天満さん)

 

写真削除(サイン会・秋山さん)

 25年続いたこの無明塾は今回で終了。 本堂の工事終了後にあらためてアナウンスされると住職は仰っておられたが、秋山さんと加賀さんは既に80歳を越えられておられる。 再びお話をうかがうことができるのか、やはり気がかりではある。

 浄運寺に着いた時、帰りには永い間無明塾の講演者であった中野孝次さんの墓に詣でようと話していながら、うっかり失念してしまった。 松代大本営の歴史館にも訪ねたいので、別に時間を作ろうと思う。

無明塾


2010年8月28日土曜日

間もなく下水道菅が供用開始

マンホール

 信濃町内の下水道工事は10年以上前から始まっていたであろうか、町全体の進捗率がどの程度か分からないが、我が家がある地区にも1年前からやっと下水道菅埋設工事が始まっていた。 そして、一番難関だと思われた、鳥居川を越える工事がこの5~6月にかけて行われ、先日、町役場から下水道の供用開始が始まると常住場所へ報せが届いた。

 これまでトイレは簡易水洗と呼んでいる溜置式で、ある程度溜まると業者へ汲取りを依頼していた。 そして生活から生れる雑排水はろ過装置を経て、地域の集中処理施設へと注ぎ、そこで浄化を行って来た。 この浄化施設の維持のために一定の負担金を支払って来たが、汲取り費用を含め、これら全部の排水が一括処理されることとなり、利用者としては大変具合がいいのだが、最後に家内の水洗トイレ工事を行わなければならない。 加え、雑排水処理施設の維持費負担がいつ終わるのか、管理組合からも町からも現在の所通知がない。

 昔、牧師が開いたという神山・国際村でも上下水道工事が一括して行われているらしいが、一般の居住地域と異なり、町が設置する本管から住まいまでの距離がかなりあり、総じて自己負担しなければならない工事費用がかさむらしい。 先日行われた国際村総会ではトイレ水洗化の朗報ばかりが強調されて、そういう個々の状況による負担費用の多寡について詳しい説明がなかったとのこと。 国際村の山荘は一部にレンタルを行っており、オーナーにとっては上下水道の完備は早期に解決したい問題であるらしい。

 このように一本筋が通ったような計画がなされていないのがこの町の施策のようにも思われる。 計画が一意にいかないことは理解できるが、一番末端にいる町民が困らないような状況に応じた事前の説明があれば安心できると思う。 どちらにしても、まずは、業者に連絡して我が家の水洗化工事の見積りを早々に取ろうと思う。 戸別負担金35+工事費100(トイレ2ヶ所)で、150万ほどかかるかもしれない。



2010年8月27日金曜日

北国街道を再び歩く

 昨年、北国街道の善光寺・古間宿間を歩いたが、今日は思い立って、その続きの古間宿から二本木宿まで歩いてきた。 この間の宿名を記すと、古間、柏原、野尻、関川、上原、田切、二俣、関山、松崎、二本木となり、JR信越線の駅だと、黒姫、妙高高原、関山、二本木ということになる。

古間宿

 朝8時前に我が家を出発し、旧跡などの写真を撮りながら初めは国道18号線を歩いて行った。 標高で見ると、信濃町インターへ入る信号で鳥居川消防署の手前付近が712mでこの付近の最高地点。 到着地点の二本木駅が184mであったので、500m以上下った感じになる。

柏原の標高 二本木の標高

 途中で撮った写真を載せようとしたが、疲れて作業を続ける気力がなく、また別の機会に載せることにする。 ライブドアーの地図検索で見たら、この区間の距離は24kmであったが、この検索は車道が中心であることを考慮すると実際には27~8km程歩いたのではないかと思う。 出発時間は8時で到着は3時15分。 約7時間の行程で、これに平均速度の4kmをかけると、だいたいそのような距離になるのでしょう。

 久しぶりに長距離を歩いてやはり疲れた。 特に右足の膝が3時間位で痛み出し、それでも歩いていると麻痺するのか気にならないのだが、一旦長く休んでから歩くと再び痛みを感じてしまう。 サポーターなどの準備を怠ったための因果である。

 所で、二本木駅は信越線の本線上にないんですね。 この区間の信越線はもともと単線ですが、二本木駅のホームで先発の直江津行き列車が長野方面へ進むのです。 変だなと思いつつ、乗った列車も同じように長野方面へ進んだ。 始めに出た列車はスイッチバックのような形で直江津へ向かったんですね。 あとで地図を見て確認できました。 二本木に到着した時に、最初に渡った踏切で先にホームが見えず、駅はまだ先の方かなと思っていたら、何と反対側の方に駅舎があったのです。 近くに日本曹達の工場がある所から、もともと工場への引込み線であった所をホームにしたのかもしれません。

 7時間もかけて歩いたのに、帰りの電車は25分で黒姫駅に着いてしまい、冷たいビールで喉を潤す時間もないほどでした。

夕景


2010年8月26日木曜日

マザー・テレサの体温

 インドで、家のない人、病気で苦しむ人、食べるもののない人など、もっとも貧しい人々に温かい愛の手を差し伸べていたマザー・テレサの誕生日が8月26の今日で、今日は彼女の生誕百年にあたるとのことです。

 オリヴィア・ハッセーが演じた映画が2005年に公開されたり、ドキュメンタリー映画も数多くあり、テレビ放送などでもマザーの活動の一片を見た方は多いと思います。 今年は生誕百年ということで、色々行事があったようですが、私は最近になってそれを知った次第で、残念ながら何も観ることができませんでした。

 さて、先日、教会でいただいた小冊子の中に、「マザー・テレサの体温」という記事がありました。 看病のかいもなく死にそうな子供がいて、手の施しようもなく諦めていた所に、マザーが帰ってきて、その時の様子を記したものでした。

(前段略)
 わけを聞いたマザーは、その子を抱き上げました。 もうすぐ死んでしまうかもしれないのでかわいそうだったのかもしれません。 しかし、マザーはずっと抱き続けたままで、時々その子に声をかけました。 もちろんその子は弱って死にそうなので、応えてくれません。
 三十分ほどたって、周りの大人が「マザー、そんなに長い間抱いていると疲れますから、寝かせてください」と言うと、マザーはこう答えました。 「食事や薬がだめでも、わたしの体温をこの子に伝えたいのです」。

 ここにこそ人と人との交わりの基本があるように思われます。 「人を思いやる温かい心」 - 現代人に一番欠けているものではないかと思います。 特に、今は子供が大事にされない世の中ですね。 幼い子供にスーパーなどでの出来合いの食事を与えたり、逆に食事の代わりに菓子類を置いたまま放置する母親がいるなど、現代の家には昔なら考えられなかったような、狂っていると言ってもいいほどの形相が垣間見えます。 でも、社会をよく見ると、マザーのような大きな規模ではないけども、色々働いておられる方はいるんですね。 今春、広島でお会いした河野美代子さんもそのお一人ではないかと思います。 子供が自分の足で立って歩みができるよう、正しい判断ができるように、手を携えてあげるのが親や大人の務めなのです。 子供の生きる権利をきちんと認めることも大事でしょう。 



2010年8月25日水曜日

良妻賢母

 畑の隅で毎年種がこぼれて育っているコスモスがやっと花を咲かせています。 咲いては朽ちて別の花芽がつくという繰り返しですが、秋風にゆらゆらしている様は、暑い夏もそろそろ終わりだと教えてくれているように思えます。

CosmosCosmos

 さて、最近あまり聞かなくなった言葉に「良妻賢母」があります。 何か古色蒼然とした雰囲気があり、四文字熟語のクイズの時ぐらいしか会話の中では出てこない言葉のようですが、やはり含蓄のある言葉だと思われます。

 最近、NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」という番組がたいそうな高い視聴率になっているそうで、ある時隣家で観させてもらいましたが、昭和時代の懐かしい庶民生活が具間見えると同時に、主人公から醸し出される「良妻賢母」的雰囲気が大変好ましく、そこに家族の温かさを感じるので、多くの視聴者に好まれているのではないかと思いました。 家族はまず夫婦が基本ですが、お互いに思いやること、そして子育ての中心は「お母さん」であることの認識が大事です。 妻の夫を大事に思う気持ち、母として子供への愛しい眼差し、何者にも変えがたいという心情、そういうものが健やかな家庭を作っていくのでしょう。

 「良妻賢母」に相対する言葉がないかと思いついたのが、「悪妻は百年の不作」。 悪妻をどういうふうに定義つけて良いか分かりませんが、思慮分別がない思いやりがない自己主張が強い感謝の心がない主人を大事に思う気持ちがない、等でしょうか?

 電車の中やデパートなどで、泣き叫んでいる子供を放ったらかしにしたり、訳も聞かずにヒステリックに怒る母親がいます。 公の場で菓子類を子供に与えてご機嫌うかがいをしたり、騒ぐ子供を諭すこともできない母親もこの範疇に入るのでしょう。 毎日毎日の食事の工夫もせず、スーパーの惣菜やコンビニ弁当などで食事を済ませ、また親や縁者からの頂きもので済ませる妻も、「悪妻」の類と言えるでしょう。

 我々が育った時代は、とにかく学校を出て早く親の干渉のない生活を願ったものですが、今は親の収入を頼りにいつまでも同居を続けたり、近くに住んで親の厄介になる若者が多く、そういう子供をパラサイト・シングルというそうです。 更に、結婚した娘を孫も含め実家に帰させる親も多くいるそうです。 親が娘を甘やかしているんですね。

 何かが間違っているように思えます。 これも戦後教育、そして金さえあれば何をしても良いという風潮の結果なのでしょうか? とにもかくにも、日本の将来に暗雲が立ち込めていると思わざるをえません。

 良妻賢母という言葉も死語になりつつあるわけで、朝ドラを見てただ面白いだけでなく、妻として母としての立ち振る舞いをよく考えてほしいものだと思います。 加え、良妻か悪妻かを見分ける能力も男の甲斐性でしょう。 お互い甲斐性のない家族では崩壊するのは目に見えており、早々にそれぞれの道に分かれて人生を過ごした方が賢明の策だと思います。



2010年8月24日火曜日

三度チョンガな生活が始まる

 今日は朝から薄曇の天気で、時折日差しが強くなると暑さを感じましたが、一頃感じた暑さとは少し違うようです。 しかも一日中涼しい風が吹いていたので凌ぎやすかったです。 猛暑が続いていると言いながらも秋の風は少しずつ吹いているようです。 夕方になって山の稜線がやっと見られるようになりました。

夕景

 さて、今日から三度(みたび)独身生活が始まりました。 6月から黒姫でえいえいと生活していると色々用事が生じるもので、今朝の電車で家内は常住場所へと出かけて行きました。 着いてからあちらは熱風が吹いていると、エアコンでどうにか凌いでいるそうですが、スーパーマーケットへ行ったらキュウリが百数十円もしたと驚いて買わなかったと伝えて来ました。 信濃町にいるとご近所から気安く頂いたり、あちらこちらの販売所で気軽に野菜を買っていますが、実に有難いことですね。



2010年8月23日月曜日

静かな信濃町です

 朝、既に学校が始まっている小中学生の登校風景が見られる程度で、我が家の周辺は静かというか、人影が殆どなく何かひっそりとしています。 用事で黒姫駅へ行った家内も駅前通りは人通りが少なく閑散としていたと言っています。

 もう夏休みは終わったのですね。 我々の休みもそろそろ終わりにしなければと思う日々ですが、昼間の暑さは仕方ないとして、夕方からの涼しさは何事にも変えられません。 たぶん今日あたりでも常住場所へ戻ったら、24時間エアコンの厄介にならないといけないでしょう。 もうしばらくこの涼しさを堪能したいと思います。

黒姫山の夕景


2010年8月22日日曜日

かざまつり

 「かざまつり」は「風祭」と漢字表記するようですが、暦の2百十日前後になって、稲穂をたれた田圃で風の被害を受けないようにと祈る農村儀式のことだそうです。 今日の午後、近くの古間神社からその祭の音であろう太鼓の音が聞こえていました。

 神奈川県小田原市を走る箱根登山鉄道の駅に風祭というのがありますが、あの場所は谷間を流れる早川ばかりで耕地面積はかなり少ないと思う。 あの場所を風祭と名づけた由来は? ちょっと興味が出て来ました。

 さて黒姫では20日を過ぎると、別荘や観光の人達は少なくなり、運動合宿など若者の往来が目に付く程度で、スーパーの駐車場に停まる県外ナンバーの車も見当たりません。 黒姫高原ではアメリカンフットボールの練習の声が聞こえ、野尻湖周遊道路ではランニング練習の一団や、湖畔のサレジオでは楽器練習の姿が今日は見られました。 躍動感というのか、そういう若者の真剣な姿を見るのは実にいい気持ちで、数十年前の自分に戻してくれるような気にさせてくれます。 将来、彼らの人生にも色々はことが立ちはだかることでしょうが、そんなことを慮ることなく、今の時を大事に熱中している姿は年老いた者にもエンカレッジさせてくれるものがあるのです。

サレジオ


2010年8月21日土曜日

長野駅で黒姫産モロコシを見つけた

 今日、息子家族を送りに長野駅へ行った際、駅構内の売店入口で信州・黒姫産のとうもろこしを販売している所に通りかかりました。 見かけたのは午前11時頃で、三段の籠に一杯入っていました。 町内の農家で買うと100円、販売所だと110~130円ですから、値段はちょっと都会並みになっていますね。 長野駅は信濃町から電車で30分位の所ですが、こうやって信濃町の特産品が販売されていると、何か嬉しくなってしまいます。

 そういうモロコシも最盛期を越えたようで、生を買うのはだんだん難しくなってくるかもしれませんが、今朝は家内の知人に頼んで良いのを分けていただきました。 これからは虫が入ったり、二番手が出たりで、大きくて太い、そして甘いモロコシはなかなか手に入りにくいでしょう。

モロコシ


2010年8月20日金曜日

けち棒

 先日、国際村の友人から”けち棒”なる物を頂いた。

 ジャムやヨーグルト瓶などで、最後に内側の縁についたものが、なかなか取れないでいることが多く、何か勿体無い思いになることがある。 これをこそいで綺麗に取ってくれるもので、なかなか具合がいい。 友人はこれを”けち棒”と呼んでいるが、正式な名称は知らない。 オランダの製品らしく、Dutch Treat という言葉があるようにオランダ人の性格にあっているものらしいが、無駄にしないという観点からも大変良い台所用具だと思う。

けち棒

 加え、今日は小布施のケーキ屋さんが作るルバーブパイを頂いた。 久しぶりのパイで大変美味しく舌鼓を打ったのだが、我が家の基準からいうともう一つ工夫が欲しい。 十数年前に信濃町で始めて料理教室を開いた時の最初のレシピーがこのルバーブパイであったとのこと。 我が家のパイをもう一度確認したい所だが、ルバーブはこの夏の時期はやせ細り収穫時期ではない。 あと数ヶ月待つ必要がある。

ルバーブパイ


2010年8月19日木曜日

韃靼ソバ

 我が家では韃靼ソバを比較的多く食す。 普通の乾麺に比べると少し重たい食感ではあるが、逆に食べた気になる。 茹でている所をあらためてみたら茹で汁がけっこう黄色んですね。 あと韃靼ソバは乾きがわりと早いので食卓に置いたら早々にお腹のなかに収めた方が良いように感じます。

 

 今日は能生まで遠出し、直江津の魚勢で魚を物色。 夏場であることもあって、あまり買いたいものがなく、イカと甘エビのみでした。

 桜エビほどではありませんでしたが、甘エビのかき揚げも結構美味しかったです。



2010年8月18日水曜日

黒姫童話館へ出かける

 お盆が過ぎても大暑はなかなか終わらないようです。 昨日も今日もどこそこで38度の気温であったとか、黒姫も連日30度を越える暑さですが、さすが夜になると涼しい風が吹いています。 昨夜などは肌掛けでは寒く掛け布団を出してしまいました。

 夏休みのお客さんも徐々に減って来たようで、道の駅・天望館も戸隠街道の直売所もひところの賑わいはなく、ゆっくり買物ができるほどでした。

ちひろ山荘

 そんな中、黒姫童話館へ出かけましたが、iPhoneアプリを使って、標高を調べた所、童話館で827.26m、コスモス園駐車場で823.69m。 童話館の方が若干高い所にあるようです。

標高 標高

 因みに、天望館は690.55mでした。

ちひろ山荘 標高


2010年8月17日火曜日

ブルーベリーの収穫が終わる

Blueberry

 先月15日から収穫していたブルーベリーだが、いよいよ数が少なくなり実も小さくなったので、そろそろ収穫期を終えることになりそうだ。 近所の農家では取り入れの姿が全く見られないのでとっくに収穫を終えているのであろう。 これから店頭にならぶのは冷蔵したものが多くなるのではないだろうか。 そういえば店頭にならぶモロコシの量も幾分少なくなって来たように感じる。

 我が家の畑のブルーベリーは数本しかなく、それも剪定を怠けているので、あまり大きな実がつかない。 それでも延べにするとかなりの量の収穫があったと思う。 殆どがジャムで、孫用のものは特に砂糖を減らし専用ラベルなどを作るなどして遊んだ。 来年3月の雪解け時期にしっかり剪定し、来年こそはもっとしっかりした実を採りたいと思う。



2010年8月16日月曜日

靖国参拝は戦争賛美につながる

 雁屋哲さんの「美味しんぼ日記」が久々に更新された。

 この二週間、体調が最悪で、このブログの書き込みも、殆ど途絶えてしまっていた。

 別に、死んだ訳ではない。

(中略)

今、まともな社会、って世界中に何処か有りますか。

(中略)

人類は、今亡びつつあると思う。

(後略)

 雁屋さんが言われるようにアメリカの軍事活動のみならず原子力発電所などなど、同じ思いを我々も常々持っている。 昨日の敗戦記念日に、石原慎太郎や小泉進次郎などの有象無象が靖国神社へ参拝に出かけている限り、この国には救いが無いと確信している。

 先の戦争がどんな戦争であっても、その渦中に亡くなった人々への鎮魂の思いは、我々日本人全てが持つべきで、祖先の霊に礼をつくすことは大事なことだと思う。 しかし、靖国神社は明治時代に富国強兵策の中で武運長久を願って作られたものであり、それは日本軍の戦争を賛美し、先の戦争は正しい戦争であったと言わしめる存在なのだ。 戦争で死んだ軍人の魂を軍神としてあがめるための場所なのだ。 友を弔う気持ちがあるのなら靖国ではなく千鳥が淵で十分である。 軍国主義を推し進めるような国家神道は敗戦時に解体されるべきであった。 その辺の理解の切り分けがないまま、靖国参拝を日本人の責務だと考える人は多いが、結局その行動は当時の侵略戦争、日本軍人の殺戮行為を讃えることにしかならない。

 もし、先の戦争で亡くなった人々全てを追悼したいという気持ちがあるのなら千鳥が淵へ参るべきだ。 軍人恩給は本人が亡くなっても妻や孫子にまで支払われるらしい。 そういう人達が恩給を貰える状況を維持したいと靖国に参詣するのかもしれない。 どちらにしても、靖国に参る所作は政治家を含め、戦争賛美であり、自分達への欲得づくなのだ。 だから、決して靖国神社を残してはいけない。 原爆や空襲、戦線で名も知れず亡くなった人々、苦しんだ人々全ての霊を千鳥が淵墓苑に埋葬し、彼らの真の鎮魂を願い、皆が平常心で参拝すべきものと思う。

 もしも靖国がそういう場であるのなら、率先して参詣に訪ねるが、今はおどろおどろした気持ち悪さしかあの場には感じない。 (以前、桜の季節に足を踏み入れたことがあるが、気持ち悪さが先に立って花を見ずに早々にあの場所を出た。)

 昨年、韓国のナヌムの家を訪ねた。 日本軍の従軍慰安婦にされた年老いたハルモニの世話をする施設に加え、従軍慰安婦がどういうものであったか後世に伝える施設を併設している。 日本語の従軍慰安婦という言葉は、非常にあいまいさがある。 英語では、従軍慰安婦を「sexual slave」という。 そう「性奴隷」なのだ。 そういうことをわきまえず、彼女らはみずから進んで慰安婦になったとか商売として行っていたと言う人がいる。 しかし、実際には、強制的に性奴隷にされ、インドネシアのオランダ人のように捕虜を強制的に慰安婦にしたケースもあった。 靖国に参拝することは、そういう忌まわしい歴史に蓋をすることにもつながる。 恥ずかしい歴史は歴史として認める所から、相互の理解が生れるはずだ。 先日、お会いした方は、数年仕事でオランダに住んだことがあって、その過去の歴史を出され、絶対日本人を許さないという老人にもあったが、話していく中で理解され仲良しになったそうだ。 嘘や恥部を上塗りして、無かったことにすることは人間として恥ずべき行為であり、それこそ将来にわたった争いの元であることを政治家や学者など高名な人には特に理解してほしい。

 妊娠した慰安婦は、強制的に堕胎されたり、本人自身も捨てられたらしい。

ナヌムの家にて

 再現された慰安婦の部屋。 この部屋で日本軍人から性交渉を強要されたわけだ。 「ヨシコ」とか「キヨミ」という日本名の名札がかかっている。 彼女らは性のごみ溜めであった。

ナヌムの家にて

 亡くなったハルモニらの足型と手形。

 

ナヌムの家にて

 

 作者不明だが、

万歳は 悲しきひびき 終戦忌



2010年8月15日日曜日

お盆の中日に

花

 8月15日はお盆の中日であると同時に、先の大戦で日本が敗戦した日でもある。

 子供の頃、母親に言われるままにナスやキュウリに折った割り箸を刺して仏壇に供えた。(精進馬というらしい) 盆提灯をかざし菩提寺のお坊さんがお経を上げに来て、菩提寺へは施餓鬼と称した盆会に出かけた。 盆明けには送り火をしたが、もうそんな風習は我が家にはない。

 そして、今日は英米などの列国に負けまいと、アジア大陸に日本帝国軍が侵略を繰り返し、結局は連合国に降伏した日である。 この戦争で出兵し死んだ兵士、そして空襲や原爆、沖縄戦などで亡くなった市民、そういう日本人は何万人、いや何十万人いたであろうか? 中国や朝鮮で殺された人の数もはかり知れないであろう。 開戦した理由はともかく、負け戦が濃厚となった、もっと早い時期に何故降伏できなかったのであろうか? 1ヶ月、否3ヶ月、否6ヶ月前に、敗戦を決定していれば、空襲や被爆で苦しむ国民はもっと少なくて済んだ筈だ。 その決定が遅れたという一点だけを見ても、当時の政府要人と昭和天皇の国民に対する責任は重く現存すると言える。 昭和天皇は国民に土下座をしてでも誤るべきであった。

 さらに、15日はキリスト教、とくにカトリック教会では聖母被昇天の日とされている。 キリストの母マリアが天国に上った日である。 神の啓示によりマリアはキリストを生み、キリストが非業な死をとげ復活するまで全てを、母親として静かに見届けていたわけだ。 そこに母親のあるべき姿を見る思いがする。

 さて、そんな15日に野尻湖を周遊し、天望館へ出かけてみた。 ぶんぶく亭では自分達が食べるには十分だと1本50円の小さなモロコシを買い、天望館では知人に送る野菜を買った。 天望館の駐車場は満杯で、18号線に出る消防署前の信号には車の長い列が出来ていた。 我々は一旦妙高方向へ進んでから国道に出たのでその渋滞にあわなくて済んだが、どこもかしこも夏休み真っ盛りという感じであった。

 昨夜は7時頃から雨が降りだし、古間の盆踊り会場ではフルート演奏が聞こえていたが、テント内で演奏されていたのであろう。 古間音頭のお囃子が聞こえ出したのは9時少し前であった。 そして9時過ぎに黒姫駅へ出迎えに行ったら、柏原の盆踊り会場は早々に切り上げてしまったのか撤収作業中であった。

 でも今日は曇りながらも雨の予報はなさそうで、どうにか開催されることでしょう。 今晩が最終日、古間音頭保存会の皆さんを含めたくさんの方が踊りの輪に加わることでしょう。 我々は知人の招待があり、いつもながらこの踊りの輪に加わることはできないようです。



トランクの中の日本

 先日、同窓会員がメールで、「トランクの中の日本」という写真集を見て、敗戦時の日本人の気高さを感じ、その気高さが戦後日本の復興につながったのではと報せてきた。

 早速、ネット検索したら本書の内容が分かり、敗戦直後の日本を駐留軍兵士が私的に撮影したものをアメリカへ持ち帰り屋根裏に放置されていたが、長崎・広島で放射線を浴びたことに起因する病気にかかったことで、撮影した写真が思い起こされ公開に至ったとのことであった。

 彼は、戦勝国の兵士であったが、日本の惨状を写す中で、空襲や原爆による死者、怪我や飢えで苦しむ市民を見、その悲惨さを脳裏に植え付けられたのであった。 1989年の反核運動の中でその思いが吐露され、保存されていたトランクを開けることになったようだ。

 早速、本書をアマゾンに注文し数日前に届いた。 どれも荒廃した日本を写していたが、自分は「日本人の気高さ」より、「戦争の虚しさや悲しさ」の方を強烈に感じた。 私は、アルバムにあるような現場に立ったことはないが、それでも自分が育ってきた環境の中で、非常に身近な存在として写真を見ることが出来る。 しかし、自分の子供達はこういう写真を見たことはないだろうし、たぶん先の戦争がどういう状況にあったかも理解していないだろう。 自分も、家族も、そして我が家に来られる客人も、この戦争の悲惨さを風化させず、自分のこととして理解ができるように、我が家に本書を置いていつでも見られるようにしておくつもりでいる。

トランクの中の日本

 あの日から半世紀、私はついにあのいまわしい記憶の詰まったトランクを開けた。

トランクの中の日本

 日本兵の帰郷と題した写真では、原爆投下による故郷のむごい風景に、彼らは言葉を失い、打ちひしがれていたという。

トランクの中の日本

 死の町 広島を歩くと題し、被災地はどこを歩いても破壊された建物のかけらと人骨でおおわれていたと記されている。

トランクの中の日本

 広島・相生橋付近。 市内の9割の建物が瓦礫と化したとのこと。 ここには人間はおろか何も生きるものがない。 写真に写ったこの地域だけで何人の人が被爆し死んで行ったのであろうか? たぶん数万人という単位なのでしょう。

トランクの中の日本

 焼き場となった川岸に立つ少年。 彼の背中には死んだ弟がくくりつけられている。 悲しさを現すことが出来ない少年は空を見つめているばかりだ。 荼毘にふされる弟を確認し、しばらくして少年は立ち去ったとのこと。 私はこの写真を見て、「気丈さ、気高さ」よりむしろ「悲しさ」そして「涙」を感じる。 こんな悲しいことは決してあってはならない。 この写真は長崎原爆資料館に寄贈されているそうだ。

トランクの中の日本

 1945年前後に日本にいた、日本人もアメリカ人も数多く、このような悲惨な風景をみているわけで、その体験を風化させず、彼らは人間として後世に伝える義務を負っていると思う。 とにかく戦争はあってはならず、そこには破壊と死しかないのである。 アメリカやイスラエルに限らず、民主主義と平和を守ると理由付けし、他国に侵攻し人々を殺戮している国は多い。 もういいかげんに目を覚ませと言いたい。 戦争という殺人行為は何も生まず、逆に報復や憎しみのみが将来にわたって残るのみだからである。

 本書のような写真集があったら、これからも集めておこうと思う。 まず身近な人から厭戦感を持ってもらうために!

トランクの中の日本

 今日は、Yahoo → GyaO! で、被爆体験を元にした映画(漫画)「はだしのゲン」を観ることができる。 まずはこういう映画から過去の戦争の実態そして平和の大切さを知ってほしいと思う。

はだしのゲン


2010年8月14日土曜日

iPhone用Firmwareバージョンをフェイクさせる

(追記)本アプリは色々コンフリクトを起こすようです。

4.02にフェイクさせてから、ステータスバーの時計表示がデフォルトに戻って、pkgbackupのファイル数が63あるべき所50に減っていて何か変だなと思っていたのですが、今朝(8/17)ひとりブログの登録したレジストリーが全て消えているのを発見しました。 仕方なく再インストールしようとするとコンフリクトがあるとメッセージウインドウが出るので、フェイクさせない元のOS4に戻してみたら、問題なくインストールできたのでした。

フェイクさせると他アプリやレジストリーとの関わりで今の段階では不具合がありそうです。 そういえば本アプリをダウンロードしたRock.appへの掲載が現在は消されています。

Appleストアアプリの同期も外れ、フォルダも消えてしまいました。 全部、同期や設定のやり直しです。(以上8/17追記)

 アップルがiOS4をリリースしてから、受信感度問題で4.01に、PDFファイルに対する脆弱性対処で4.02に、OSのバージョンアップがされた。 ノーマルユーザであれば、素直に更新すれば良いが、Jailbreakユーザは、このアップを素直に受け入れるわけにはいかない。 4.01以上ではJailbreakする手立てが現在はないですし、そもそも更新はアップルの都合で、受信感度の表示バーが増えても減っても一介のユーザには全く関係ありません。

Firmware Fake

 現在、当方のiPhoneはiOS4.0でJailbreakしており、これをMacBookProにつなぐたびにOSを更新しろと五月蝿いのです。 うっかりしてキャンセルせずにインストールボタンを押してしまうかもしれません。 今日、iPhoneのFirmwareのバージョンを誤魔化してくれるアプリ Firmware 4.0.2 Appがあることが分かり、早速インストールしてみました。

 起動してから、何版にフェイクさせるか選択してiPhoneをリブートするだけです。

Firmware Fake

 これだけでMacBookProに接続すると、OS更新の催促はなくなり、iTunesにはフェイクされた版が表示されるのです。 若者的言い方をすれば、これでうざったくなくなったのです。 4.1にアップされるまでの一時のアプリですが使い勝手はいいと思います。 因みにPDF Loading WarnerというアプリでPDFファイルに関した脆弱性対策はすでにほどこしています。

Firmware Fake