お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*平和の琉歌



*うないぐみ+坂本龍一「弥勒世果報 (みるくゆがふ) - undercooled」


*the world is coming to an end



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

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2010年11月30日火曜日

野沢菜の切り漬け

 ここ数日、真っ白な霜がおりるような朝を迎えていますが、日中は温かく、小春日和と言っては言いすぎなような、ちょっと動き回ると初夏を思わせる気配があります。 11月も今日でおしまいで、明日からは「師走」。 どこかでどかっと雪が降る日があるのでしょうが、まだまだそんな雰囲気に浸れない「霜月」を終える今日でした。

 

 昨日、周辺の直売所をたずね霜に傷められていないような野沢菜を探したのですが、今日は家内は野沢菜漬け作業に頑張っていました。 この時期になると冷たい風が吹いて、手がかじかみ辛さを感じるのですが、最近では温かい陽に加え、湯で洗い流すことを覚え、今日は冷たい風も無く野沢菜漬け作業を灘なく終えていたようです。

 以前は、昔の方法と同じように野沢菜を漬けていたのですが、我が家は出入りが多いため、折角作ったお菜漬けを駄目にしてしまうこともあって、ここ数年切り漬けをしています。 本来なら塩を多く、それも日にちを多くおくのですが、我が家の最近の方法は、醤油やみりんを多く加え、即席漬けに近いものです。 でも、「○○の素」と称して添加物の多い漬け素がスーパーなどで多く売られていますが、我が家ではそういうものは一切使いません。

 漬けた野沢菜は日が経つと味が濃くなり舌に合わないことがよくあります。 そういった時でも、我が家では細かく炒って佃煮のようなふりかけのような食材に変えます。 お握りにしても大変美味なのです。 翌年春先になって、どこからともなく酸っぱいような野沢菜が我が家に届くことがありあますが、それは嬉しい限りなのです。 祖先の知恵を無駄にしない心、そういったものが信濃町の財産だと思うのですが、そこまで認識されておられる方がどれだけ居られるのか、やっぱりどことなく気になります。

 下の写真は今干している大根葉。 八百屋さんでも捨てられるような大根葉ですが、我が家ではこれを佃煮の素材にしたり、干して保存食としたり、体を温める入浴材にも利用するのです。 黒姫に来たからこそ知った先人の知恵が今でも息づいているのです。 



2010年11月29日月曜日

そろそろ冬景色に

黒姫

 昨夕から晴れた天気は朝7時頃まで続き、0度まで冷えて霜柱が立ち、黒姫山がはっきり見えていたのですが、間もなく雲って雪雲が山を覆っていました。 そして渋い雨が落ち始めていたのですが、ひどい雨にもならず雪降りにもなりませんでした。 でも、その後山には雪が舞っていたようで、夕方のゲレンデ上部は白くなっていました。

黒姫

 今日29日は信濃町の新しい町長というか、二期目に入った松木町長が登庁した日(たぶん)でした。 4年前のこの時は、役場職員に歓迎され、ご自分の軽自動車で登庁されたビデオが役場のホームページに掲載されていたと記憶していましたが、今日夕方の段階ではそのような慶事があったのかビデオの掲載はありませんでした。

 そして今回の選挙に私が勝手に応援した候補者から感謝の文を認めた郵便が今日届いていました。

前段略

 ~ 選挙結果は敗北ということになりましたが、多くの有権者、町民の皆様が現町政運営と将来のまちづくりに不満と不安を抱いておられることが、はっきり結果に現れたことも事実であり、今後の町政運営に貴重な一石を投ずることができた ~

後段略

 130票ほどの差で信認されたというのは、相手候補の挨拶状が示す通りであったのです。 現町長が二期目でどのような町政を進められるのか、票結果を踏まえた善政を施されるよう注視してまいりたいと思います。 選挙のような時には有権者の目を引こうと心地良いアドバルーンを揚げようとするのが世の常です。 私も町立の信越病院の厄介になったり、童話館やナウマンゾウ博物館へ客人を案内したことがよくありましたが、器だけを作る箱物行政では民のためにならないと思うことがたびたびでした。 トイレの匂いがする博物館、ろくに患者の申し出を聴かない医者がいる病院では、存在する意味がないのです。 町長選で町長があげられた公約、そしてこれからの町政への対応など、町民の方々は、ただ応援するだけでなくこまかく注視して行ってほしいと思うのです。

(12/1追記) 役場ページに町長2期目の挨拶文とビデオが載っているのを確認。 



2010年11月28日日曜日

信濃村伝道所が信濃村教会へ

 昭和31年、4ヶ村が合併して信濃町となる直前に出来た、柏原の信越病院近くにある信濃村伝道所は、これまでその名を残していたのですが、今日、正式にその名を信濃村教会に変更しました。 従前と同じ名前を残したいとか、信濃町教会にすると東京・信濃町にすでにある教会と同じ名前になってしまうと、教会員の方々は色々苦労されたようで、これまでの名を一部残そうと信濃村教会にしたそうです。

 教会に関心の無い方には興味もない話題でしょうが、この信濃村教会の建物は、メンソレータムで有名な近江兄弟社を設立したウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計したもので、他に信濃町には国際村の教会や講堂でその作品が残っています。 軽井沢にも彼の建物が残っており、その多くの作品を残そうとナショナルトラスト運動もおき、その流れでしょうか長野県も信濃町に実態調査に来られているそうです。

 信濃村伝道所の前身の教会堂は個人宅を利用し、今でも古間の一角に残っており、大正時代に宣教で来られたアルフレッド・ラッセル・ストーン師は、貧村の地にルバーブブルーベリーを紹介し、電動による鎌工場(組合)の設立などにも尽力されたのでした。 そのストーンさんは、昭和29年の洞爺丸転覆事故で亡くなられたのですが、その補償金(生命保険金?)で現在町田市にある農村伝道神学校が建てられたと、先日富山での三浦綾子読書会で初代秘書・宮嶋裕子さんからうかがいました。

 三浦綾子さんの朝日新聞懸賞小説に入選した「氷点」は、中盤にストーンさんの事故についての記載がありますが、入選作品には当初入っていなかったそうです。 また、小説の最後に主人公・陽子は死ぬようになっていたのですが、新聞小説として書き直す時に、ストーンさんのことを書き加え、主人公が重症の床にある所で終わるようにした(結果、「続氷点」が著された)そうです。 で、小説「氷点」での救い(のテーマ)は、中盤にある、このストーンさんの姿にあるとのことです。

 ストーンさんは、野尻湖畔に立派な山荘がある東洋英和学院とも関わりがあり、そのお墓は東京の青山墓地にあるそうです。

 今や、過疎に喘ぐような信濃町ですが、よく見るとストーンさんやヴォーリスなどが遺してくれた宝がたくさんあるんですね。 もっともっと大事にして行きたいと思う、信濃村教会発足の日でした。

信濃村教会


2010年11月27日土曜日

やっとカーテンが付きました

 薪作りや冬囲いを終えて、冬を迎える準備は万端なのですが、今日も温かい日和で、遠い峰に白さはあるものの町中の雪降りはまだまだの感があります。 それでも天気予報によれば月曜日に雪マークがあるようです。

 さて、20年前、黒姫に我が家を建てた時、多くを工務店任せになっていたこともあって、二階の客間だけはカーテンを引いたのですが、リビングとダイニングには前出の林や黒姫山が見えた方が良いと、レースカーテンのみとしていました。 だんだん年を経るうちに窓枠や板の隙間から冷たい風を感じるようになり、カーテンを引こうと思いつつもなかなか実現しませんでした。 今回、知り合いの方が地元の内装屋さんを紹介してくださり、20年を越えてやっとカーテンが付けることが出来ました。 カーテンを引くと室内が狭くなったような感じもありますが、これから寒い冬にむかって暖房効果が上がってくれることを期待しています。

カーテン


2010年11月26日金曜日

薪割り作業終了

 薪割り作業が終了しました。 20数年前に、農機具などから廃物利用で作られたという薪割り機をお借りし、二日間で先日いただいた薪を全て割ることが出来ました。 薪山は3つとなり、これで今冬の備えが出来たということになります。 ストーブを焚きだすと1日にだいたい3束は使います。 近隣の店で薪を買うと、1束450~500円ですので、日に1500円ほどかかることになります。 ナラなどはあまりありませんが余計な出費がないので贅沢は言えません。 本当に有難いことです。 でも、久しぶりの労働で腰がちょっと痛いです。

薪割り

 畑作業や薪作りなどをしていると、ご近所から「お稼ぎ!」とか「稼いでるね!」などと言われることがあります。 特別に稼いでいるわけではないと初めは思いましたが、「頑張ってるね」とか「よく働いているね」というようなニューアンスの言葉なのです。 もっとも、薪を買う金が要らないという点では、稼いでいることにもなるのでしょう。

薪割り


2010年11月25日木曜日

「氷点」朗読公演富山ツアー

 町長選挙も終わって静かになったような信濃町ですが、選挙結果について色々取り留めの無い話が飛んできて、町政の改革や新生・信濃町への町民一人一人の意識というものがまだまだ十分でないように感じられています。 でも、後援会の集会で以前に公職につかれていた方々の格調高いお話を聞いて、実に素晴らしいというか感動したのでした。 信濃町に家があるというだけで全く関係のない私が、今回、勝手に候補者の応援記事を記してしまいましたが、そのおかげで人間味溢れ弁舌爽やかな方々を知ることができ、本当に良かったと思っています。

 こういう応援が許されるものか、法的に問題ないのか、そこら辺もきちんとした精査すべきでしょう。 ただ色々聞こえてくる話の中に、「俺は大学出だ」とか、「アイツはタヌキ似だ」と揶揄するような言葉がたびたびあり、その方々の人格や品性を疑うものでした。 我々が進学しようとした40数年前から、駅弁大学という言葉がありました。 肩書きだけの大学出なんて全く意味がなく、中卒だって高卒でだっていいのです。 どれだけ崇高なビジョンを持って、人と人との関わりをいかに大切にするかという気持ちを持ち合わせているかが大事なのです。 総理大臣になった田中角栄さんは高等教育を受けていなかったし、作家の松本清張さんは高等小学校しか出ていないのに数多く作品を世に出されていました。 崇高な理念を持ち、聡明な判断が出来ることが我々には求められていると思うのです。

 さて、23日(火)~24日(水)、富山市で行われた「氷点」朗読公演ツアーに出かけて来ました。

 三浦綾子記念文学館がこの9月に実施した旭川での「塩狩峠ツアー」に参加して、三浦綾子さんの著作を読む読書会の存在を知り、主幹されている森下辰衛先生のとめどもなく流れ出て来る解説に感じ入るものがあって、先日東京都内で行われた読書会に出席し、更に今回富山ツアーにも出かけたのでした。 富山は黒姫から160km位の所で、ノンストップであれば2時間程度で移動できる場所でした。

 会場は、富山・鹿島町教会で、現在は新しい建物になっていますが、1881(明治14)年にアメリカからの宣教師が開いたものらしく、歴史は120年を越えているとのことでした。

鹿島町教会

 中村啓子さん朗読の「氷点」CD発売記念として今回朗読公演が実施されたものでした。 松原葉子さんのリードオルガン演奏とともに、公演が行われたのですが、私は睡眠不足もあってボーっとしてしまい、残念ながらあまり記憶に留まりませんでした。 でも当日の夕食時に行われた感謝会、そして翌日の「氷点」読書会でも色々な方々のお話や気持ちを聞くことが出来て、本当に有意義な二日間でした。 特に、三浦綾子さんの初代秘書をされた宮嶋裕子さんのお話も素晴らしいものでした。

森下先生

 

氷点朗読公演

 三浦綾子さんの二代目の自宅を新築する時の上棟式で、宮嶋さんは「この家を私物化しないように」と祈ったそうで、たくさんの人が集う場になってほしいという気持ちで、綾子さんもその言葉をよく覚えていて、機会あることに話されていたそうです。 黒姫の我が家も同じような気持ちで建て、この20年間、息子の友達をはじめたくさんの人が来られ、楽しい時間を持ったものでした。 開放された家には、人と人との豊かな関わりが生まれるのです。 宮嶋さんの言葉に通じるものがあり、そして「初めの一歩」に気付くこと、「一言多く、一歩前へ」の心が大事だという言葉にも合点するものがありました。

 町長選や「氷点」富山ツアーともども、人との縁を感じるもので、心豊かにしてくれるものでした。 ただ、富山市は薬売りとます寿司がメインで、訪ねる場所もなくそのまま帰って来ましたが、直江津の魚市場・に寄りました。 年の暮れになるとたいそうな賑わいがある魚市場なのですが、先日は大変空いていて、「いなだ」の種類らしいのですが、年配の方がハラワタを出して刺身用におろし、調理方法なども詳しく説明してくれ、家に戻って教えていただいた通りに調理すると大変美味しく、諸々、実に豊かな数日をこの所過ごしています。

 

 三浦綾子作品の朗読CDは、「氷点」以外にも「道ありき」、「塩狩峠」があるそうで、CD1枚に収まる程度に纏めているものの、作品の主旨を損なわないよう森下辰衛先生が構成・監修されているそうです。 販売先はHarvest Time Ministries



2010年11月23日火曜日

English Bible Class

 先週、国際村に住む牧師さんが指導してくれる聖書研究があると誘われ、柏原にある信濃村伝道所あらため信濃村教会へ出かけて来ました。 普段は日本語で話してくれる牧師さんはクラスの間は全て英語なのです。 勉強する箇所は文体も古いので、若い人だとほとんどの単語を辞書で探さないと分からないかもしれません。 英語を話すのは数年ぶりで平易な単語は思い出すのですが、ちょっと込みいってくるとハングアップ。 それでもどうにか1時間勉強することができましたが、どことなく聖書研究というより英語学習になったような感じで、小学生のお子さんを連れてきた方も、学校で英語の授業がはじまると、その助けになればと期待されていたようでした。

 同じ箇所の日本語訳を見つけましたが、日本語になるとちょっと冗長さを感じてしまいます。

詩篇

詩篇 第二三篇

ダビデの歌

主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
主は私の魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。
わたしの杯はあふれます。
わたしの生きているかぎりは
必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。



2010年11月22日月曜日

朝焼けの妙高山

妙高山

 昨夜は遅くに寝たはずなのに眼が冴えてしまい、まだ薄暗い5時過ぎには起きてしまいました。 早朝は青空も見えて太陽の光が黒姫山や妙高山の山頂付近を照らしていたのですが、間もなく雲って10時頃からは時雨れて来ました。

 そんな朝に、国際村内で薪の材料になる木が出たという連絡が入り、軽トラックを借りてチェーンソーで切りながらいただいて来ました。 ストーブに入る長さのものもあるのですが、たいがいは長いのやら太いのやらで、これからチェーンソーや薪割り機を借りて、適当な長さの薪にする作業をしなければなりません。

 以前、薪割りかーさんというエンジン付きの薪割り機を共有というか、こちらが出したというか、とにかく買ってあったのですが、色々事情があって、先方の私有財産のようになってしまい当方は使わないというか使えない状況になってしまいました。 そのため工務店の方にお願いして、今回も借りようかなと思っている所です。 どちらにしても根雪になるまでには片付けたいと思っています。

薪


横川氏の捲土重来を期す

 当方は部外者ながらも今回の町長選挙に思い入れがあったし、横川氏の優勢を確信していたので、昨日の投票結果にはがっかりしてしまった。

 もう一度冷静に3候補者の町長選に対する姿勢を確認してほしいと思い、それぞれの候補者の選挙運動用ビラを下段に残した。 これらのビラをあらためて見る限りでも横川氏の理念の方が勝っていたと私は思う。(当方の運動ビラ比較記事はこちらにあります。) しばらくの休息ののち、横川氏には次の選挙戦に向けての新しいスタートラインに立ってほしいし、三番目の意向を持つ方については、大同小異、熟慮した行動に出てくださるよう願いたい。

 また、松木氏にとっては今回の選挙で単純に当選したということではなく、松木町政1期に対する有効投票数のうちの6割の批判があったのだという認識の上で、次の2期の町政にあたってほしい。 見方を変えると、松木氏に対峙した陣営は6割の批判票を獲得した -一面では勝ったのだ- とも言える。

 選挙は投票を済ませたから終わったわけではなく、町民の選択は投票日から始まったわけで、町民にあっては町政が常に住民に向かっているか、注視し続ける意識や姿勢を持ってほしいと思う。 当ブログでは、これまで選挙戦を話題にしてきたおかげで、たくさんの方々が訪ねてくださり、昨日と一昨日のアクセス数が400を越えてしまいました。 誰もが新生・信濃町を期待していた結果だと思います。 選挙戦が終わり、これまでのしがらみや意見の相違を乗り越え、当方も微力ながらこれからも信濃町に対する支援の気持ちを持ち続けていく所存です。 

(選挙運動ビラ)

○松木しげひろ氏

選挙ビラ 選挙ビラ
表面              裏面

 

松木しげひろ氏 選挙公報

○永原和男氏

選挙ビラ 選挙ビラ
表面              裏面

 

永原和男氏 選挙公報

○横川まさとも氏

選挙ビラ 選挙ビラ
表面              裏面

 

横川まさとも氏 選挙公報


2010年11月21日日曜日

町長選 3番目の出馬候補が足を引っ張った

(追記11/25) 22日付の信毎に町長選総評記事がありました。

信毎

(追記11/22) 昨日、当記事を掲載する際、共産党系候補と記してしまいましたが、正式な文書、配布チラシ等にはそのような記載は一切無く、複数の知人からの伝聞で書いてしまいました。 確証のない表現は不適切だと思い、ここにかかる表現を削除させていただきます。

 非常に残念な結果に終わった。

 たった130票ほどの差で、信濃町の町長選挙は現職の松木氏が当選したようだ。 当初は、現職と新人候補の横川氏の一騎打ちで、横川氏優勢と見られていたが、選挙が近くなって3番目に立候補を表明した永原氏が、結局横川氏が獲得したであろう票を取り崩してしまった。 得票数は、それぞれ松木氏2689 横川氏2551 永原氏1034 で、永原氏が出馬していなかったら(その票は松木氏にはいかない)、容易に横川氏が当選したわけで、永原氏は松木氏当選への道付けをしてあげたわけだ。

 町の財政基盤を建て直そうとした横川氏の主張は町民に受け入れられなかった。 たぶん多くの町民が横川氏の理念を理解できなかったのか、逆の意味ではきちんと理解させられなかったのは横川陣営の力不足ということにもなろう。 それにしても、過疎債やワクチンなど、きちんとした理解が出来ておらず、産廃施設についても不透明な松木氏が向こう4年間の町政を担うというのは、多くの町民が気にかけている所だと思う。

 また、所詮当選しようもない共産党系候補や議員が国政でも地方政治の場でも、他の政党や候補を利している姿がこの信濃町で再びあったわけだ。 これまで共産党系議員に対して一応の認識を持っていたのだが、今回の町長選を見て、共産党議員は一切認めず批判する立場にいようと決めた。

 今頃は、松木氏陣営は美酒に酔いしれている頃であろうが、得票状況から見ても町民の全面的な支持があったわけでもなく、ある意味では批判票が多かったことは歴然としており、そのことを忘れずに自らの姿勢をもう一度見直して、豊かな町づくりができるよう次の4年間働いてくださることを願いたい。



商人(あきんど)

 先日、ねじめ正一著「商人(あきんど)」を読んだ。 伊勢出身の初代・高津伊兵衛が日本橋で鰹節問屋・伊勢屋を興し大店になったものの、二代目の時にお屋敷取引を他業者に取られ売り上げが激減。 二代目の弟が三代目となって商売を復活させる物語。 その伊勢屋が今日のにんべんなのです。

商人

 当初、伊勢屋は伊勢から鰹節を取り寄せて商いをしていたが、大阪商人の規制にはばまれ思うような商売ができず、また江戸人に合った味の鰹節を扱いたいと、伊豆や千葉に新しい鰹節工場を作り商売を広げて来たということです。 当初、伊勢屋が仕入た先が伊勢波切の網元・天白幸太夫で、その末裔が現在もまるてんという商号で鰹節関連の商品を販売している。 まるてんは、伊勢神宮や名古屋・高島屋に店を持つほか、都内周辺の高島屋の味百選という催事にもよく店を出している。

 まだ1年も経っていないと思うが、このまるてんの天白さんご夫婦と知り合い、お互いに通じるものがあって、それ以来親しくお付き合いさせていただいている。

 そのまるてんのかつおぶしを少しばかりであったが、昨日、町長選最終日の夜7時、選挙カーで通りかかった横川まさともさんに差し上げたのでした。

伊勢神宮のかつおぶし → 勝つ

験担(げんかつ)ぎなのです。 今日、町内には投票を呼びかける選挙管理委員会の車やって来ていましたが、どんな結果になるでしょうか? 投票時限は20時で、21時頃から開票作業が始まるようです。 信毎によれば有権者数は8266名だそうで、投票率70%台として有効投票数6000。 当選ラインは2500~3000? 結果が判明するのは22時頃でしょう。

 「商人(あきんど)」は、どちらかというとにんべんが草創期を書籍で残そうと支援した形で書かれたようで、小説としてはそれほど優れているとは思えませんでした。 まるてんの商品については以前当ブログのこちらにも記したことがあります。



2010年11月20日土曜日

新町長を決める選挙運動は今日を残すのみ

 昨日、一茶忌の新そば会場に行った時、町内では名の知れた経営者の奥様にお会いし、今回の町長選挙が話題になりました。 まだ我々よりは若い世代の方で、地元小学校や中学校にお子さんを通わせており、子供たちの未来を考えた町政を願っているとのことでした。 そして、次期町長には、横川まさともさんしかいないと意見の一致を見たのでした。

 とにもかくにも、町長には、横川まさともさんしかおりません。

 万一、他候補が当選したとしたら、信濃町の町政は減速し末代までも禍根を残すことになるでしょう。 横山さんが当選したとしても必ずしも直ぐにはバラ色な町政にはならないと思いますが、財政を立て直し町政の基本路線を確立することは緊近の施策なのです。 過疎債という大きなツケ(借金)で信越病院改築を図ろうとする、ある候補者の政見がもし実行されたら、さらに町民は借金で苦しむことになるのです。 明日投票日には町民の聡明な判断を期待したいと思います。

 ”横川まさとも”でグーグル検索してみて下さい。 当ブログ記事の一覧が表示されます。

(追記)

 夕方、「出たい人より出したい人実現ネット」が印刷したチラシがポストに入っていました。 永原陣営のチラシでしょう、「国保世帯主9割給付」、「信越病院新築」、「保育所統合問題」、「産廃施設計画」が記載されていましたが、それら主張している項目(少なくとも産廃以外)の財政根拠をどこに置いているのでしょうか?。 右肩上がりの経済の時であれば、不透明な財政状況でも問題ないかもしれません。 人口減少による税収入の減少、補助金廃止など町財政にとっては苦しい状況は容易に想定されるわけです。 借金は将来への大きな負担(ツケ)なのです。 サラリーマンなどがサラ金禍に陥ったニュースをたびたび聞くことがあります。 借り入れの安易な増大は大きな負担となるのです。 夕張市やプリンスホテルの例を見るまでもなく、バブル時期に本業に加え投機に手を出して倒産を招いた企業は数知れません。 財政基盤への洞察がないまま安易に大きな財政支出を伴う案件を政見公約にして良いのでしょうか? 私には見識が全く無いのではと思えてしまいました。 信越病院問題などは大事な施策であるからこそ、十二分に考慮した上での施策とすべきで、安易に「新築」を謳うべきではないと思うのです。



検察権力、マスコミ権力の横暴に対するデモは全国に拡大

 10月24日11月5日と東京都内で実施されてきた、小沢一郎氏や鈴木宗男氏に対する検察・検察審査会の疑念ある対応、警察・検察リーク情報を垂れ流すだけのマスコミに対し、その横暴を糺そうとするデモは、インターネットを介在して全国に拡大しつつある。

 大阪20日、都内21日、名古屋21日、新潟23日、福岡23日そして、札幌や仙台でもデモの計画があるらしい。 心ある人々は現在の政治体制や官僚組織、マスコミ報道に大変憂慮しており、諸問題を顕在化しようと動き始めているのである。

 詳細は、「権力とマスコミの横暴を正し、人権を守る国民の会」をご覧ください。 また、「小沢一郎に日本を託す会ブログ」を参考にして下さい。

 とにかく今の日本はメチャクチャです。 馬鹿な発言をした柳田法相を問責しようとする動きの裏には政治家や官僚が蠢いており、政治を糺すのではなく利権のために手練手管を弄しているのです。 それを助けているのが司法機構であり、新聞・テレビ・各種印刷物のマスコミ報道。 北朝鮮の拉致問題についても、経済封鎖をしろとわめくだけで、問題を解決しようとする専担者が外務省にもいないような状況で、実にお寒い限りです。 国民として、市民として認められている正当な要求を政治にするのは当然の行為なのです。

 我が家では数年前から、朝日、読売、毎日、日経に代表されるような新聞購読をやめ、またテレビニュースは極力見るのもやめ、見識のないコメンテーターが出てくるようなワイド番組などは一切見ないようにしています。 その殆どが嘘であり、自分の判断を誤させるものであるので、出来る限り排除したいのである。 官房機密費が新聞記者やテレビ司会者、コメンテーターに流れていることからも政権に都合の良い情報を垂れ流していることが分かるでしょう。

 むしろ、ネット情報、ブログ情報を精査しながら見ている方が、よほど為になるし、真実が見えて来るように思えます。 過日のデモに参加した時に聞こえた声も、必ずしも自分の思いに合致しない声もありましたが、大同小異、大義を間違わないようにしたいと思ってます。



2010年11月19日金曜日

小林一茶 第184忌

 今日19日は小林一茶の命日で、毎年一茶を顕彰する法要や俳句大会が行われている。 以前は、一茶記念館の講演会でよく俳句のお話を聞いていましたが、最近は全く訪ねていませんでした。 でも、今秋、文化勲章を受賞された有馬朗人さんが記念講演をされるというので、時間に間に合うように記念館へ出かけました。

 有馬さんは80才というお歳にもかかわらず、元気で1時間立ちっぱなしで、パソコンを操作し理路整然としたお話をされていました。 私自身は俳句というものには全く門外漢で、俳句を詠もうとしてもなかなか的確な語句が思い浮かびません。 そんな人間ですが、有馬さんのお話は再び詠んでみようかなと気持ちを楽にさせてくれるものでした。

 演題は、「俳句の庶民性と世界性」。 日本・中国・西欧における詩歌の違いを最初に説明され、西欧のは哲学や人生観、神、愛をテーマにするもので、日本のは自然との共存が中心のテーマであり、ワーズワースや李白・杜甫・王維、万葉集などを例に具体的な説明があった。 しかし、俳句は、農耕民族性・土俗性大衆性・庶民性のあるもので、短い語句で誰でも覚えられるものだと話された。

 そして、小林一茶の句を、農の心や心の優しさ、家庭愛、自分を見つめる心(自虐性)、故郷愛、笑い(皮肉、風刺)、抒情と分類され具体的に説明されていた。 そういった扱いやすい俳句が海外にもたらされ、中国の漢俳、欧米のハイクへと転化され、三・五・三や三・四・五という語句で詠まれるようになった由。 外国語で詠むハイクが、マブソン青眼さんやアーサー・ビナードさんのように日本語で詠む外国人が、さらに日本人でも英語で詠む人が増えてきたとのこと。

 最後には、アニミズムというタイトルで、原始宗教的感覚でしょうか、自然界の万物を大切にしようとする自然と人間の共生人間は本能的に自然を愛するもので、そこに異文化への相互理解や寛容な精神を育ててくれることができ、そこに平和を生み出す原資があるのではないかと結論されていた。 俳句が世界平和をもたらしてくれるものだという、しかもそれが出来るのは東アジア人だという有馬さんの主張には納得できるものがあり、今、信濃町で戦われている町長選でもこの思考がどこかにあっても良いのではと思いました。

 有馬さんの講演は大変歯切れの良いもので冗談も多く、終わって司会や教育委員会の方が挨拶される間、席を立つなど礼儀正しく、人格の一面を見た思いがしました。 帰宅してウイキペディアで有馬さんが文部大臣になった経緯などを調べてみましたが、何か本人の意思とは違った場面で担ぎ出され政治の舞台に一時おられた由。 今日の印象をふまえ、過去のそういう事情が納得できるものでした。

 英語ハイク - 国際俳句交流協会

一茶忌

 記念講演会のあとは、楽しみにしていた恒例の新そば会。 例年の新そばとはちょっと味や香りが違うかなと感じました。 下の紅葉写真は記念館のある小丸山公園で撮りました。

一茶記念館にて

 

一茶記念館にて

 

一茶記念館にて


霜柱が立ちました

 今朝の気温はマイナス1度。 地表はもっと低かかったのでしょう、畑は真っ白で霜柱が立っていました。 早朝、雲ひとつ無い青空で黒姫山が見えていましたが、7時頃には霧でしょうか雲ですか真っ白になって山は何も見えず、それも束の間で8時には再び見えていました。 日中は温かい日差しが照って温かい一日でした。

霜

 

霜

 

霜柱

 日中、客人を一茶の土蔵に案内した所、入口の庇に蝉のぬけ殻がありました。

蝉の抜け殻


2010年11月18日木曜日

横川まさともさんの総決起集会に出席

 今夜7時から柏原小学校体育館で町長選候補者の横川正知さんの決起集会があるというので出席して来ました。 参集者は体育館に溢れるほどたくさんで、外気温は1度でしたが、熱気なのでしょうか寒さが感じられないほどでした。

 来賓、後援会顧問の方々の挨拶が最初に続きましたが、まず感じたのは、信濃町には「なんてすごい人がいるんだな~」という思いでした。 今までは地方にいる年寄りだとか、農業をしている人だとか、そんな印象があったのですが、非常に格調高い挨拶に本当に驚きました。 私の目には見えていなかったのでしょうが、信濃町には隠れた逸材に溢れているという思いです。 たぶん地元の人には見えない、外から来た者の感想でしょう。 そのような人材を本当に大事にしてほしいと思います。

 最後の横川正知さんの話も、実に明快で、信濃町の財政基盤を立て直す所から施策は始まると明確に話されていました。 町長にはもったいないというか、長野市でも長野県でも十分通用する人材であろうと感じました。 そんな逸材が町長になれないというのは、信濃町にとって大きな損失であり、限界集落に陥らせる要因にもなろうと思いました。

 顧問の方や横川さんも話されておりましたが、過疎法というのは国が認めて過疎債を発行し、事業資金の30%を地元が負担し、70%はのちのちに地方交付税という形で返ってくるというものだそうです。 ただ、低利であるものその70%は、返還資金の大きなパイの中からの分捕り合戦らしく、必ずしも70%満額戻るものでなく、しかも先々の国の財政や景気によっては地方交付税そのものが思うようにならないものらしいです。

 ある候補者は、その過疎法が有効なうちに信越病院の改築を行うと政見項目に上げております。 でも、それは借金であり、なおかついつ返還されるか分からない補助金なのです。 つまり将来にツケを残す資金なのです。 そんな資金をあてにして病院改築を行い、更に運営資金がかさんだらどうなるのでしょう? 同じ候補者がワクチン摂取についても述べておられますが、あまりにも杜撰な所信に、この4年間町長在任中に何をなされてきたのか理解されていない姿に驚愕してしまいました。

 今回の町長選挙で、横川さんが選ばれなかったら、信濃町は10年も20年も後戻りしてしまうでしょう。 そして、若者や孫子の時代へも、大きなツケを残すことになります。 しがらみを捨て、良識ある町民の選択を願っております。

総決起集会

 

総決起集会


温かい穏やかな天気でした

 今日は、町長選の戦いとはうって変わった、穏やかな天気でした。

黒姫山

黒姫山


町長選の運動ビラを比較する

 信濃町の町長選挙は告示後3日が経って選挙戦たけなわという状況にありますが、3候補者の運動用ビラ、そして選挙公報を入手できたので、自分なりに3者の政見を比較してみました。 なお、ビラそのものを掲載するのはたぶん公選法に抵触すると思われるので、ここには掲載しません(下段のイメージは判読できないサイズまで縮小してあります)。

松木しげひろ 永原和男 横川まさとも

  なお、当方は町議選に投票する選挙権は持ち合わせておりません。 選挙権がないこと、特段の利害関係がないことから、自由な視点で3者を比較できると思っています。

 お三方とも、信濃町が現在抱えている諸問題の解決や実現をあげておりますが、松木さんはその中で医療福祉など特に項目を特定して記載されております。 永原さんは、豊かな自然と福祉を強調されておりますが、あれもこれも書きつづられているような印象があります。 横川さんは基本的な行動指針を記し、町民と共に働く町政というものをうったえておられます。

 もう少し詳しく見てみます。 松木さんは、病院改築や高齢者福祉を真っ先にあげております。 特に病院改築は過疎法(どういう法律なのか私は知りません)の適用がある間に済ませたいとのことですが、これまでの政策と同じように補助金頼みで良いのでしょうか? 施設が新しくなれば、建物管理や修繕の維持コストが必要となります。 新しく増えたコストをどこでまかなうのでしょう?。 赤字経営の信越病院という原点に立ち戻って改築問題を考えなければいけないと私は思います。 横川さんは町の人口が12000人の時に策定した病院経営を行っており、現在の9千人を切るか切らないかという人口状況では実態に合わず、再考すべきだと仰っております。

 またワクチン接種の費用助成をうたっておりますが、子宮頸がんワクチンなど、多くのワクチンは重症な弊害が報告されており、安易に摂取すべきものでありません。 そのことは開業医など多くの医者が発信している所です。 国の厚生行政は製薬会社や医師会などと関わって利権がらみで政策が決められることが多いのです。 その最たるものが薬害エイズでしょう。 地方の一町村が安易に鵜呑みしてワクチン接種を推進すべきではないと考えます。

 産廃処理施設については、松木さんは、現在進められている建設計画には反対を貫くと仰っておりますが、他に計画が浮上した場合はどう対処されるのでしょう?。 他2候補の方々は、公営も民営も産廃施設は一切反対すると明言されております。 信越線存続の推進についても書かれておりますが、国や県に訴えることも大事ですが、町として町民として今何ができるかの検討が必要ではないでしょうか。 町民の足を確保するためには、最低朝晩の列車は確保したいとか、今から独自案をいくつも想定しておく必要があると思いました。

 松木さんは現町長です。 この4年間町政に関わった者としての総括をここで表明すべきですし、実績に対する信を選挙民に問うべきだと思うのです。 ビラの中では、「医療・福祉の更なる充実を目指す」とか、「二期目は本格的な実績を確立する期間」としておりますが、松木さん自身ご自分の実績について語っておりません。

 次に、永原和男さんですが、1.現場に足を運んで皆さんの意見を聞く2.皆さんの考えや行動を大切に3.情報公開し皆さんと頑張る を基本的な考え方とし、福祉、病院経営、子育て、自然保全、財政の安定化、文化遺産、産業振興などについて記されております。

 おしなべて町内の問題を網羅している感じですが、何かポイントに欠ける感じがしました。 国保世帯主9割給付制度を守りますとしておりますが、病院が赤字経営のままで、この制度をそのまま持続させる意味があるのでしょうか? 一般的には3割負担で、その差は町が負担しているということなのでしょう。 国民健保税の引き下げを目指すとしていますが、今、国の保険制度は(他の税制も含め)火の車で、増額増税はあっても、引き下げが検討されることはまずありえません。 絵に描いた餅のように思えました。 医師・看護士の増員はさらなる運営コストの増加を伴います。 その財源についてはどのようにお考えなのでしょうか?

 総体的に特定の党が党是として上げている項目に倣っているように思えました。

 最後に、横川まさともさんのビラですが、まず行政にあたっての基本的な姿勢を明確にされています。 これまで何度も当ブログにも記してきましたが、1.対話による町づくり 2.徹底した情報公開 3.行政の説明責任 という基本的な考え方です。 それは、役場職員であっても、ただ予算や計画があるからと事業を行うのではなく、それぞれの部署の仕事について住民にとって必要なものか理解し、いつでもそれを説明できる気構えでいなければいけないということでしょう。

 そして、健全財政の確立病院の安定運営を強調され、その中から教育環境や福祉環境の整備を行っていきたいとしております。 当然、産廃施設については、民営であれ公営であれ反対するとしています。 それぞれの案件について、行政のみが推進するのではなく、町民と協働して実現するのだとも言っておられます。

 行政に関わる者の姿勢がぶれないことは一番大事なのではないかと思いますし、特に健全財政ありきが町政の基本だと横川さんは仰っております。 その上にたって、諸事項の検討があるべきだとしており、そういう意味では、他2候補の方々のビラは甘言を羅列しているようにも感じられました。

 人それぞれ町政への期待や感じ方があるでしょうし、私の意見や感想が必ずしも正しいわけでもありません。 でも、20年後30年後の信濃町を豊かにするためにはどうすれば良いのか、候補の方々にも認識してほしいし、選挙民についてもそういう考え方を元に今回の選挙にあたってほしいと思うのです。 以前にも書きましたが、アメリカ・インディアンは物事を決める時に、七世代あとの時代のことを踏まえるそうです。 成人としての生存期間40年として7世代ですから300年も先のこを考えなければいけないということなのでしょう。



2010年11月17日水曜日

黒岩日佐子さんが亡くなった

 先月16日、私はクラヴサンコンサートに出かけ、家内は黒岩比佐子さんの、「パンとペン 社会主義者・堺利彦と売文社の闘い」と題した著作の記念講演会に出席したが、黒岩さんは既に癌に侵された身であったとかで、家内が出席した日の1ヶ月後の今日、亡くなられたと彼女のブログで知った。

 大業をなされ著作の重版が決定されていた矢先の訃報である。 結局、後援会後に行われた抗がん治療が病を早めたのでしょう。 著作はまだ読みかけ中であったのにと、黒岩さんの思いを十分に感じていないうちでの訃報にやや残念である。

パンとペン

 

パンとペン


小布施の松仙堂

 先日、小布施の栗餡が入ったどら焼山をいただいたと記したが、その中には舌の感触を和らげるため皮をフワフワにする添加物が入っており、栗そのものだけで作ったお菓子がないかとネットで探したら、松仙堂という店に行き当たった。

松仙堂

 今日、野菜や果物を求め近隣の直売所を巡りながら小布施へと足をのばし、その松仙堂へ向かった。 ホームページにあるアクセス地図を印刷していくと、角々に大きな看板があって難なく着いたが、店は(栗)畑のど真ん中の民家(住宅)の一角で、夜だったらまず分からないだろう。 栗ようかん栗あん空蝉(栗きんとん)を買い、店を出て車の中で、栗きんとんを食べると、上品で純な味に驚き、再び店へと車をUターンし、数をまとめて買ってしまいました。 予約で栗おこわも販売しているとのことで、次回は是非賞味したいと思います。 なお、栗おこわは休日の小布施PAで予約なしでも買うことができるとのことでした。

 他店には製品をおろしていないようで、小布施近くに来られたら、是非立ち寄ってほしいお店でした。 ご主人も素朴でいい感じでした。

松仙堂

 

松仙堂

 

松仙堂


古間商店街で横川さんの立会演説会が行われた

 古間商店街の白木屋さん前で横川まさともさんの立会演説会が10時半から行われるというので出かけてみました。 参集者は20~30人であったでしょうか、近くの商店の方々は仕事が忙しいのか、はたまた特定候補に肩入れしている姿を見せたくないのか居られなかったようです。 また対立陣営の車が横川さんへの様子見でしょうか何気に通り過ぎていると話している方がおられました。

横川まさとも候補

 横川さんの演説で一番印象に残ったのは、町の財政の話でした。 今、自由に使える財源がわずかしかなく、1円たりとも大事にしていかなければならない状況にあるという言葉は、行政を知り尽くした方だから話せることだと思いました。

 街頭でいただいた選挙運動用ビラや写したビデオをここに掲載するわけにはいきませんが、横川さんが言う
 対話によるまちづくり徹底した情報公開行政の説明責任は、町だけでなく、県にも国にも求められている行政担当者全てに通じる姿勢だと思います。 健全財政を志向した上での信越病院の改築や運営を考えるべきで、ただ単に病舎改築を進めますという言葉だけで病院経営が適正化されるとは到底思えません。

 昨日は、我が家の近くにもそれぞれ3候補の選挙カーが来ましたが、永原さんは病院改築を盛んに言っておられ、松木さん、横川さんは、どちらかというと名前の連呼に近かったように思います。 移動している車からの発声は難しいのかもしれませんが、候補者名の連呼ばかりでなく、一言二言の政見でもいいから聞こえたら住民に伝わるものがあるのではと感じました。



2010年11月16日火曜日

今シーズン最初の雪景色

 我が家周辺の昨夜降った雪は日差しが出るに従いほとんど消えてしまいましたが、黒姫山や妙高山の山麓に広がる地域では、薄っすらとした雪景色が見られました。 こんな風景がだんだん当たり前になる季節が目の前にやって来ているんですね。

雪景色

 

雪景色

 

雪景色


信濃町長選が告示された

 昨日、午後1時頃からみぞれが降りだし、時折雪が混じっていた。 雪は未明まで降っていたようで、今朝車を見ると2~3cmほどの雪が積もっていた。 その雪も間もなく出た日差しでどんどん消えている。

 さて、信濃町の次期町長を決める選挙が本日告示された。 立候補者は当初から予定されていた3名で、今朝8時に出陣式があるというので、過日から応援している横川まさともさんの事務所へ出かけた。 雪が降った寒い朝にもかかわらずどんどん応援者が集まり、事務所前の駐車場は満員。 来賓挨拶や達磨祈願など式典挨拶の中で横川さんが挨拶されたが、その内容は理路整然としており、やはりこの方しかいないと確信できるものでした。

後援会事務所

 9時10分選挙カーが出発し出陣式は終わったが、帰りに一茶旧宅に近い荻原製菓のふだん使用していない店舗の駐車場で、別の候補者の出陣式が行われていました。

 当ブログでも町長選のことを何度か記して来ましたが、人格、熱意、行政手腕の点からも次期町長は横川さんしかいないと確信しています。 失礼ながら、松木さんは4年間の町長としての実績が無いし(見方によりますが)、永原さんは信越病院元事務長であったとしても全般的な行政経験からするとたぶん未知数であろうと思うのです。

 今日の出陣式でも国会議員秘書など来賓の方々が挨拶されていましたが、豊かな信濃町を子供たちに残していくためにも、横川さんの存在が必要なのですと盛んに仰っていました。 もし横川さん以外の方が町長になったら、信濃町の改革は鈍化し、再び単なる箱物行政に陥ることでしょう。 人口が減り、観光客が減り、財政が減り、信越病院の赤字経営が続くならば、信濃町は財政破綻し、財政再建団体さらには限界集落に陥ること間違いなしなのです。 一日でも早く行政手腕を持つ、信条のあるリーダーが舵取りをしなければならないのです。

 親戚、友達、同級、上司、部下などという しがらみは捨てて、本当に能力のある候補者を選んでほしいと思います。

 と書いても、信濃町に在住している人はどのくらい当ブログを見て居られるでしょうか? 信濃町の住民にお知り合いがおられるようであれば、是非、ここまで書いて来たことを伝えてほしいと思います。

 最後に、今日9時10分、横川さんの選挙カーが出発したのですが、その車のナンバープレートが10-00なんです。 これって、”トーセン → 当選” って読めませんか? 何かゲンの良さを感じてしまいました。

出陣式

 

出陣式

 

出陣式

 

(参考:当ブログに記載した町長選関連記事)