お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*the world is coming to an end*



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

*↓時々、先日付の投稿があります。
 下へスクロールして直近の投稿を確認して下さい。

2011年1月31日月曜日

信濃町の下水道行政のこと

 20余年前、信濃町に家を建てた時、あと10年位経てば下水道浄化施設が出来て水洗化がはかられると聞いていました。 確かに10年後頃集中処理施設は出来ていたようですが、その後町内に下水道菅埋設工事が順次実施され、我が家がある地域では一昨年からやっと始まって昨秋に工事が終了していました。

 ただ、地域の私有地全部に下水道本管への接続枡を設置するものでなく、各所有者の意思を反映して行うものでした。 所有地に接続枡を置くとした持ち主は、下水道接続の有無にかかわらず、今年4月以降負担金として35万円の支払いが生じて来るようです。 7年間の割賦での支払いが可能なので、負担としてはやや軽減されたものとなっています。

 さて、我が家地域では、30数年前でしょうか住宅地を分譲した際に分譲組合が合併浄化槽を設置し、台所などから出る雑廃水の浄化を行うこととし、地域住民で維持管理組合を組織し毎月管理費を負担しています。 なお、トイレについては簡易水洗という溜め置き式で、槽が一杯になればし尿処理会社へ連絡し、各戸で汲取りを依頼しています。

 新しい下水道菅への接続が出来ると、トイレも生活廃水も一気に流せるので、利用者としては大変便利になるものの、上水道の使用料に応じて毎月の支払額が増えますが、それは仕方ないことでしょう。 これまで支払ってきた合併浄化槽管理とし尿汲取りの費用負担が無くなるので当然のことです。

 しかし、我が地域の下水道行政について未解決の問題を残しているではないかと感じているのです。 地域の全戸が新しい下水道を利用するわけではなく、従前と同じように地域の合併浄化槽を使わざるを得ない家が残ることとなり、そのような少数となった家だけで従前の合併浄化槽を維持して行くことは困難となるでしょう。 維持管理費がないからと浄化槽の清掃が行われず、それこそ垂れ流しになったら地域ばかりでなく、近くを流れる鳥居川を汚染することにもなります。

 町役場としては地域の任意組合と関わりがないとはいえ、住民の生活や地域の環境に直接かかわる大事な問題であり、切り離して考える問題ではないと思うのです。 トイレの水洗化工事など新しい下水道施設に接続する諸費用負担が出来ない家があることは容易に想定されるはずです。 町役場がそのような状態を認識して最善の方策を考え音頭を取るものだと思うのですが、それに関した話は全く伝わって来ていません。

 現在、町内にある小学校と中学校を統合すべく、新校舎の建設工事が進められていますが、我が家の近くにある町営の教員住宅でもリフォーム工事が行われていて、今日はし尿業者がトイレの汲取りに来ていたようでした。 たぶん水洗化工事も一緒に行うことでしょう。 そういえば昨秋も、ある町会議員が住むという別の町営住宅で水洗化工事が行われていました。

 地域の合併浄化槽問題を解決しないまま、地域内にある町営住宅の水洗化をはかるのは、それも町から給与をもらっている議員が住む家の水洗化を先行させるなんて、話が逆でしょうと言いたいのです。

 また、仁の倉という地域では下水道の本管工事が行われないと決定されたそうです。 下水道行政の恩恵に預かれない地域が残るということなのです。 確かに町内は山間部にあって工事が難しい所もあるでしょうし、各戸が点在し、しかも未接続の戸数が多いと本管を埋設する工事そのものの意味がなくなってしまいます。 行政としては難しい問題であるとは思うのですが、それは最初から想定されることで、もっと事前の検討をすべきだと思うのです。 もし検討されているとしたら、区や組を通して住民がきちんと理解できるような手立てを取るべきだと思います。

 昨秋、実施された町長選挙で新しい町政に変わるかなと大いに期待していたのですが、こういった下水道行政一つ見ても、今後大きく変わることは望めないのではと、老婆心ながら憂慮してしまうわけです。 国も町も、住民が暮らしやすい環境作りが行われるという期待感が感じられると、地域は活性化すると思うのです。 私にはまだ見えていないのかもしれませんが、変化がある信濃町に今なお期待を寄せたいと常々思っているのです.....。

 さて、今日は青空も垣間見え久々に雪降りのない一日でした。 束の間の晴れに温かさを感じ、薪ストーブの煙突掃除を始めましたが、またもや問題発生。 建築後20年も経つと家には色々トラブルが発生するようです。

 ベランダから見える柏原の諏訪神社の杜とゲレンデ風景は気に入った撮影ポイントで、霞んだゲレンデに朝日が神社の杜を浮かび上がらせてくれる場面を期待していたのですが、今日はちょっと弱い日差しでした。

柏原の杜


2011年1月30日日曜日

野尻湖プリンスホテルのバッジ

 野尻湖畔にかつてあった野尻湖プリンスホテルのバッジが引き出しから出て来た。 3年ほど前にイギリスからのお客さんを能と狂言の舞台に案内した時に購入したものだと思う。 何故買ったか覚えていませんが、その翌年他業者に譲渡されるのを予感していたのかもしれません。

バッジ

 野尻湖畔には、1937(昭和12)年開業の野尻湖ホテルがかつてあって茅葺きで、皇太子夫妻(平成の天皇夫妻)が宿泊したなど由緒ある建物でした。 いつであったか、我が家に来られた客人がその時勤められていて、皇太子夫妻を迎えた時の様子を昨日のように語られていたことがありました。 このホテルで結婚式を挙げたという信濃町の町民の方もおられるようです。 ただ建物が老朽化し客数も減ったのでしょう、1997年に閉鎖。 新井リゾートの盛田某が買ったとか、長野の犀北館が買ったとか聞いたことがありますが定かではなく、その後新井リゾートは倒産し、犀北館は投資会社に経営が移っているようです。

 野尻湖プリンスホテルも2008年であったか経営不振から譲渡され、現在は野尻湖ホテル エルボスコという名で経営していますが、今年からは冬場の営業は中止され4月9日から営業を再開するとなっています。 プリンスホテルの時も一時冬の営業をしていませんでしたが、譲渡される前数年は冬場の営業を再開していました。



上関原発計画に対する若者のハンガーストライキ

 10日前から山口県庁前で、10代を中心とする若者達が集まり、中国電力が計画している上関原発の工事中止を求めるハンガーストライキを行っていると、メーリングリストやブログなどから知らされている。 どのような主旨で行っているのか、また原発計画に抗する具体的な内容が分からないものの、若者達が意識を持って動いている姿には心強いものを感じた。 間違っても ”近頃の若者は.....”などという言葉を吐いてはならない。 昨秋から実施されて来た、小沢一郎氏に対する検察審査会を糾弾するデモなど、実に微力な活動ではあるが、一人でも意識の掘り起こしをするためには大切な活動だと思う。

 国の強い経済力が国民の生活を守るものであり、経済の根幹はエネルギー、特に電気に寄る所が大きく、水力や火力のみならず原子力による発電に頼りたいという考えは理解できる。 ただ、現実の原子力発電所の運営状態を見聞きすると、必ずしも安全な状況にはなく、設備の不備ばかりか、下請け作業員が劣悪な労働環境下で働いているとも聞く。 しかも、冷却水として大量の海水を利用するため、近辺の海水温度が異常に上がってしまい、魚が獲れなくなるなど漁業資源の枯渇を招くことになる。 実際に近海漁業では食べていけないと話している漁師がいると聞いたことがある。 また、煙突や冷却水から放射性物質が排出され、それが微量であったとしても体内に蓄積されれば、癌などの病気を引き起こす要因にもなる。 さらに、使い終わった燃料が安全な状態になるには500年以上もかかるらしく、その一時保管場所が青森県六ヶ所村となっているが最終的な保管場所はまだ国が決定していない。 日本は地震国であり、地殻変動により放射性物質が表に出て来る可能性だってある。

 昨年12月31日の青森新聞には、『核のごみ、「トイレなきマンション」状態 青森・六ヶ所』という記事が掲載されていた。 本記事では国民に原発に対するアレルギーがあると記しているが、アレルギーではなくあってはならない物だという認識が欲しい。

 日本の将来へツケというか禍根になりそうな物質を多量に残していくということは、今生きている我々にとって非常に無責任な所作であると言わざるを得ない。 原子力行政を決める官僚や電力会社の役員などは、原子力発電はクリーンで安全だと本当に信じているのであろうか? そして事故発生の場合の責任を取ってくれるのであろうか? そんなことはまずあるまい。 これまでの色々な事故を見ていると、結局は被害者自身の泣き寝入りで終わっており、手あつい補償などが図られることは決してない。

 日本のこれまでの政権を見ていると、現政権のように脈絡のない酷い政治が行われる時に限って、大きな災害があるそうだ。 神戸淡路大震災の時は自民党が社会党などと連立を組み、社会党党首が総理大臣になったが、社会党はそれまでの方針を180度変えてしまい、結局は社会党凋落への道を自ら作ったのであった。 現在の菅政権はアメリカのいいなりの上に、次には自民党右派というべき前原が控えている。 喜ぶのは公明党ぐらいのものであろう。

 とにかく大きな災害、特に原発施設にかかわった事故は決して起きてほしくない。 今後も若者達の動きを支えるべく注視して行きたい。 彼らは毎日携帯電話でブログ投稿し近況を伝えているようである。

 当ブログでもしばしば原発を話題にしたが、その主なものは次項であった。

・2010年10月15日 中国電力が汚水を田ノ浦に流す

・2010年 6月 7日 「ミツバチの羽音と地球の回転」を観る

・2008年11月 1日 「六ヶ所ラプソディー」を観る



2011年1月29日土曜日

今朝はマイナス11度

 アメリカと官僚の言いなりでしか動けない空っぽな首相である菅直人がスイスでのTPP(環太平洋経済連携協定)会議に出かけ講演するという。 官僚が書いた原稿が事前に配布されるであろうし、講演は原稿を見たままの棒読みであろうから、諸外国の出席者の心に残るものはないであろう。 それにしても日本の食料自給率が極めて瀕している状況にあって、農業や漁業の行く末に対する展望もなく、そんな会議によく出られるものと思う。

 「きっこのブログ」は、だらだらと長ったらしい文章に辟易する時もあるのだが、28日付けの「ジャンク級の総理大臣」では歴代の総理大臣がいかに国の借金を増やし国債を乱発しててきたかを説明し、それを追求していたはずの菅直人が国債の格付けが下がったことに全く理解がないのは、どうなってしまったのかと呆れており、大いに納得できる記事であった。 詳細は上記リンクを参照されたい。

 さて、我が家の温度計は今朝マイナス11度を示し、野尻湖畔のスピンネーカーのサイトを見たら4時頃でマイナス13度ほどとなっていた。 場所によってはマイナス15度ほどになった所もあったことでしょう。 そんな寒さでしたが、雪道を歩くとキュッキュッと心地良い音がしていました。

スピンネーカーの気温

黒姫山

 温度がこれほどに下がったというこは天気が良かったということになるのでしょうが、山々は見えていたもののやや霞んだような空で、昼頃から曇り午後4時頃からはチラチラと雪が再び舞いだしていました。

 姿が見えているうちにと黒姫山を撮ってみましたが、山肌がどことなく薄汚れているような感じで、日当たりの加減でしょうか、それとも中国の黄砂か汚染物などが混じっているのでしょうか、以前見た真っ白な全容ではありませんでした。

黒姫と妙高


2011年1月28日金曜日

長野・若槻へ買物に出た

 どういう立場の人であれ揶揄したり罵倒するのは避けなければいけないことだと思いますが、日本国債格下げ問題に対し「疎いからと」答弁を避けた菅直人の見識の無さには開いた口がふさがらないというか、日本人として実に情けない思いをしました。 格下げは昨年から市場では噂されていたらしい。 専門外であっても、官僚から直近の問題点について常に学習しているべきであって、いつ何時記者などから問われても、無難な回答ができるようにしているのが大臣たる者に求められる姿勢でしょう。

 不穏当だが、バカ、アホと言いたくなる国民は限りなく多いと思う。 そんな人物だから、アメリカから操りやすいと見くびられて総理大臣の職に就いていられるのです。 自身への利益誘導に執心している官僚はそんな菅直人を相手にせず、必要な情報を与えようともしていないのかもしれません。 国民はもっともっと目覚めないといけないですね。

map

 さて、今日は朝方に雪は止み、週末には人出もあろうからと、長野へ日用品の買物に出ました。 本来なら信濃町内で買物を済ませたい所だが、品物が揃わなかったり、期待した質のものがないので、わざわざ車を飛ばして出かけなければならないのです。

 長野市内へ車で行くルートは、国道18号線仁の倉線北国街道の3本があり、買物の場所が稲田や徳間なので、国道は少し遠のいてしまいます。 仁の倉線は、坂中峠を越える道で、通行車両が少ない反面カーブが多いので、特に冬は雪道なので、運転に慎重をきす必要があります。 普段主に使っているのが北国街道で、正式には県道長野荒瀬原60号線というらしいが、若槻道路と言ったりすることもあるらしい。

 信濃町からだと、国道18号線で長野方面へ向かい、飯綱町に入って小玉の坂を下り、信越線を越えた所で右手の集落へと入って行く。 北国街道の牟礼宿があった集落を抜けてから、今度は信越線のガード下をくぐって急坂を上り、四ツ屋という集落を抜けて、三本松という初めて小林一茶が江戸で出る時に父親が見送ったという峠に来る。

 ここ数年の間に一部バイパス道路が出来るなどしていたが、今日は信越線ガードを潜ると、そのまま新しい道に入り、従前の道ではなくなったが、たぶんこのままで良いのであろうと進んでいたら、そのうち長野国際カントリーの看板が見えて来た。 将来、この道が国道18号線と立体交差などで結ばれれば大変便利になるでしょう。 帰りに再びこの道を通ったら、飯綱病院の大きな建物が目に入って来ました。

 外から見た飯綱病院は大きく、病室は大変綺麗で、信濃町にある町立信越病院と比べると雲泥の差を誰もが感じ、信濃町の住民の多くはわざわざ飯綱病院へ出かけると聞きます。 昨秋行われた信濃町の町長選挙の際も、町の病院の建て直しを争点としたというか、町民にとっては飴玉のような病院建て直しを訴えた候補者がいました。 国から過疎地域に指定され、過疎債という有償の借金を元に病院を建て直そうというのです。 病院が新しくなれば維持管理費用が増えます。 町の人口は減少傾向にあり、しかも老齢化が進んでおり、町全体の所得額も減ることでしょう。 そんな中にあって、借金を増やして病院を建て直すというのは、将来に大きな負担を残すようなものです。 飯綱病院と連携して、信濃町には小さな病舎を置き、病人や家族、見舞いなどの人々を信濃町から飯綱病院へ適時送り迎えするような仕組みを作った方が、よほど経費がかからず、病人も快適な病室で治療が受けられるわけです。

 組織の長となるからには、それなりの先見性というか見識というか、賢明な判断が求められるものです。 日本という国も、信濃町という小さな町も、適格なリーダーが存在していないのではという疑問から出発しないと、政治は良くなりません。 今日は、長野へ買物に出ながら、そんな思いに浸った一日でした。

 藤森建設工業株式会社土木本部というページの中に、飯綱町四ツ屋地における平成21年度22年度の道路建設工事の報告ページを見つけました。 22年度の方には、北信の山々そして飯綱病院が写った写真が掲載されています。



2011年1月27日木曜日

やっと除雪作業を終えました

 日曜日から始めていた家の周りの除雪作業をやっと終えました。 終えたと言っても、今日は日中もずっと降っていて、雪をかいた傍から屋根に積もった雪が落ちていました。 この時期はかいてもかいても雪除け作業は続くんですね。 数日、筋肉痛が抜け切れないでいます。 体が草臥れても減量につながれば嬉しいのですが、美食の日々が続いているので、あまり期待は出来ないでしょう。

除雪

 除雪作業をしながら、子供が遊べるような滑り台を作ったらと思いつきました。 そこで、母屋から離れた所の積雪を残すことにしました。 滑れるような斜面、もしくはカマクラのようなものが出来ると楽しめると思うのですが、これも今回初めてのチャレンジです。

 信濃町は俳人・小林一茶の故郷です。 雪除け作業を終えた状況を句で表現できないかと、空っぽの頭をひねくってみました。

雪かいた 傍から落ちる 屋根の雪

 字句の通りですが、雪を片付けて、庭や玄関前がきれいになったと思った途端に、屋根から雪が落ちてくるのです。 本当に切ないです。

雪除けて 喜ぶ庭の 広さかな

 小市民的な発想ですが、隣地やのり面に雪を落としていくと、だんだん土地が広くなってくるのです。 我が家の土地はこんなにも広かったのかと一瞬喜んでしまうのです。

雪降るな 空見上げ叫ぶ 虚しさよ

 以前、毎日毎日一週間以上も雪降りが続いたことがありました。 疲労が溜まり酒に酔った勢いで、空にむかって無碍に降るのは止めてほしいと叫んでしまったのでした。



ビスケット 2種

 昨日、家内はパンとビスケットを焼いていた。 どれも幼児が食べてもいいようにとバターなどは少なめで、それなりに工夫をしていたようだった。

 ビスケットの型枠は、昔に横浜へ出かけた時に古道具店で見つけたもので、かなり年代物でたぶん明治時代の品物ではないかと、真鍮板に鏝で貼り付けたと思われ、出来上がりの形は森永ビスケットのCHOICEのような感じもするが、味は軽くてまったく異なったものになっていた。

ビスケット

 

ビスケット


Wireless Charger for Magic Mouseを購入

Wireless Charger for Magic Mouse

 昨年であったか、MacBookPro用のブルートゥース・マウスをMighty MouseからMagic Mouseに入れ替えて使ってきたが、Magic Mouseの電池は意外に早く減る。 うっかりして単三電池を切らすこともある。 充電式のマウスがないかとサードパーティー製品含め探していた所、無線(電磁誘導)でMagic Mouseの電池を充電してくれる商品があることを知り早速購入した。

 Magic Mouseの裏蓋と電池が一体になったものを装着し、使わない時はマウスを台座に載せて置く。 使っている(充電していない)時は、台座の真ん中に赤いLEDが点灯し、マウスを乗せると緑の点滅に変わり、フル充電状態になると緑の点灯になる。 台座にはUSBケーブルが付きMac本体のUSBポートに差すが、MacBookのUSBポートは数が少ないので、場合によっては別途USB型のACアダプタが必要となる。

 購入価格は6800円。 単三電池と比べるとペイするのは3年後とか4年後であろうから、割高になりそうな感じもあるが、電池切れで悩む必要がないという点ではメリットがある。 フル充電状態をチェックしたら82%とあった。

Wireless Charger for Magic Mouse Wireless Charger for Magic Mouse
Wireless Charger for Magic Mouse Wireless Charger for Magic Mouse
Wireless Charger for Magic Mouse Wireless Charger for Magic Mouse


2011年1月26日水曜日

ボイラーなど復旧しました

 昨夕、メーカーの修理部門の方が来られ、床暖房用のボイラーを修理してくださいました。 黒姫でも、今月上旬から中旬にかけて大雪の日が数日ありましたが、その際にボイラーを格納してあるケース(鋼板の物置を小さくしたもの)の上に積雪があり、それが溶けて煙突の隙間から内部に浸透し、プリント基板を濡らしてしまったようだとのことでした。

 漏電状態になりトラブルになったと、基板交換で復旧しました。 設置して9年前で故障となりましたが、メーカーでは既に生産をやめており、先々どこまで修理が可能なのか別の課題が残る結果となりました。

 担当の説明では化石燃料は環境を汚染するので、電気ボイラーに代わりつつある由。 もともと電機メーカーでクリーンなエネルギーである原子力発電を推進するのが次代への流れだというような話を始め、否、原発はクリーンではなく環境汚染の最たるものであると説明したかったのですが、一修理担当に話しても意味がないと早々に話を切り上げてしまいました。

 原子力発電がいかに悪いものであるか、脱原発入門講座というページを見れば理解できますが、事故続きのもんじゅなどをどうしても使いたいというのは、原子爆弾の開発につながるだからそうです。 原発は原子力の平和利用などという言葉はまやかしであることを知らなければいけません。

 さて、そのボイラーが直り、床が温かくなって、やっとゆっくりできる環境が整いました。 薪ストーブではそれほど温かくなく、部屋毎に石油ストーブを焚きましたが、それでも家全体が温まる感じがしませんでした。 床暖房の配管がトイレにも行っており、床暖房が直ったことでトイレの温度は5度から10度へとあがり、こちらもラクラク。

石油ストーブ

 ストーブだけで暖を取っていた時、ご近所で石油ストーブの前に蛇腹のパイプを置き、そのパイプをコタツに引き込んでいる(蛇腹なので長さの調節は自由)のを思い出し、近所の店へ出かけました。 価格は1800~2000円弱のようです。

 石油ストーブから出る熱風をパイプからコタツの中に誘導するもので、コタツの中に温かさが残り、なかなか具合の良いものです。 ただ、パイプがかなり熱くなりますので、手で直接触るのは危険ですし、小さい子供さんがいる家庭では逆に危ないでしょう。 また、夜間は片付けておかないと、暗い中で足をひっかける恐れがあります。 我が家にはコタツがないので、小さな来客用のテーブルに毛布をかけるだけで使ってみました。 半纏など厚手のものを着て、腰から下はコタツの中で暖まるという形ですと、経費的にも安価な暖房として済ませられるのではと思いました。



2011年1月25日火曜日

穏やかな日和でした

 夜中に降った雪は少なく、今朝町の除雪車が来ていましたが、道路の積雪はそう多くはありませんでした。 日中は雲が残るものの青空が見え薄日もさして、穏やかな感じの一日となりました。

 歳のせいもあるのでしょう、筋肉痛が一晩では消えてくれず、どことなく除雪作業する時間も短くなって、今日は2時間余り。 あと二日あれば家の周りの雪を片付けられるでしょう。 ゲレンデや野尻湖畔を巡る余裕はまだまだ湧いて来ず、今日の夕景の黒姫山を2・3ショット撮ったのみでした。

山

 

山


2011年1月24日月曜日

除雪作業で疲労感を感じる

 今朝の温度はマイナス8度、場所によってはマイナス10度を切った地区もあったことでしょう。 日中は3度まであがったものの、午後の早い時間に再びマイナスの気温になっていました。

 それでも9時頃から徐々に薄日が差して風もない日和となり、昼をはさんでそれぞれ2時間ほど除雪をしました。 屋根から落ちた雪は締まっているのでスコップで割りながらの作業で、だんだん首筋や腕、足に疲れを感じるようになりました。 おかげで作業はかなり進んで、あと背丈ほどに積もっている部分を崩せば良いほどになりました。 あと2日で殆ど片付くことでしょうが、夕方からは再び雪が舞っています。

雪


2011年1月23日日曜日

古いコンサートの案内が見つかった

 今日は早朝から町の除雪車が来たものの、雪はひどく降らず、日中は温度が上がったようで屋根の雪は全部落ちた。 そして、人力の除雪作業を行いましたが、だいたい1時間ごとの休み休みの仕事です。 やっと隣の畑地に置いたコンポストを掘り出しました。 除雪を「雪堀り」と云う地域があるそうですが、雪を除けるというより、今日の仕事は雪を掘るに相応しい作業でした。

雪

 今日は車庫や薪棚あたりの雪をかいて除けましたが、力仕事ですので10数分で汗びっしょりです。 少しは体重が減ってくれれば嬉しいのですが、筋肉痛だけですとあまり有難い作業だとは思えません。 母屋の前に背丈ほどにかなり積もった雪が鎮座しています。 明日からはこの雪の片付けに挑戦しようと思ってます。 たぶん3~4日かかると思うのですが、これが片付けば、あとは降ったつどに片付ければいいので労力としてはかなり軽いものになると思われます。

 夜10時、晴天の夜空に星が輝いています。 明日も雪が落ちなければ良いのですが、お天気のことは誰にも分かりません。

雪

フォルクローレ

 さて、書棚から赤茶けた古いガリ版刷りのコンサート案内が出て来ました。 タイトルは「トゥクータ・ゴルディージョ フォルクローレ・コンサート」。

 日付が1992年4月12日となっているので20年近く前のもので、場所は野尻本道の羊牧場となっています。 今でも羊牧場はあるのでしょうか? 牧羊舎という不確かな名が記憶にはありますが。 本道という地区へ行く用事もなく、あの周辺は道が分からないので踏み入れることもありません。 でも昔の4月中旬の本道って雪がかなり残っていたでしょうに。

 そういえば道の駅「天望館」でアルゼンチンの帽子とかケープのような衣類を販売していますが、ひょっとしたら20年前のこんなコンサートが影響しているのかもしれませんね。



2011年1月22日土曜日

雪国生活を始める

雪

 今日から雪国生活に入りました。

 数日前にご近所さんが除雪機を入れて玄関前に積みあがった雪を除けて下さっていたので、車を停めるスペースが確保され、そこまでは問題がありませんでした。 家に入って水道の不凍栓を開けた所、洗面台の排水部分に残っていた水が凍っていて流れず床は水浸し。 さらにトイレの給水槽の水が凍って弁が動かず、氷を砕いたり熱湯をかけるなどして奮闘。 トイレの水が凍るというのは20年で始めての体験です。 マイナス10度より低い日が数日あったし、停電もあったとかで凍結防止帯を巻いていても電気が来なければ何の意味もありません。

 石油ストーブを点け薪ストーブを焚いて、少しずつ室内が暖かくなりやれやれと思っていたら、床があまり温かくならない。 床暖のリモコンを見るとエラーの表示が出て、ボイラー本体の電源OFF-ONでも復旧せず、設置した工務店へ連絡するも今日は土曜日。 たぶんメーカーの修理部門に連絡がつくのは月曜日になるでしょう。

 冬は色々トラブルが発生します。 降った雪や屋根から滑り落ちた雪がかなりの嵩になっており、これからこの雪を片付けるのに数日を要することでしょう。 しばらくは雪と寒さに抗する日々が続きそうです。



2011年1月21日金曜日

初めてiTunes Storeで曲を買う

 外出時に音楽を聞くスタイルは、テープに録音した所謂ウォークマンからMDウォークマンと変わり、アップルがiPodを販売してからは、所蔵CDをiPodに入れて聞くようになった。 そして2年前からiPhoneへと変わったが、内蔵メモリが32Gbと少ない。 iPod Touchと同じ64Gbもしくはそれ以上でないと所蔵CDの多くを入れることは出来ない。

 さて、この所あまりミュージックショップ(レコード店?)に行くことが少なくなったというか、好きなジャンルの曲が年々少なくなってきたように感じる。 今日はJAL広報誌AGORAの昨年の号を開いていたら、「歌う司祭たち」というページに行き当たった。 フランスの現職の神父さんが3人のヴォーカル・グループLes Pretresを組んでジャンルを問わず「愛」をモチーフにした曲を歌い、テレビのバラエティー番組にまで出ているとのこと。 ちょっと興味が湧いたのでアマゾンで調べたら当分輸入される見込みがない。

Les Pretres

 そこでiTune Storeを開いたら見つかったので早速ダウンロード購入。 これまでiPhoneのアプリを買っているので操作に戸惑うことはない。 でもCDという形で手元にないとどことなく不安な感じである。

 

Les Pretres

 

 教会の聖職者がポピュラー音楽で有名になったのは、1960年代の「ドミニク」が最初ではないかと思う。 シンギングナンもしくはスール・スーリールという名で世界に知られたが、ウイキペディアによれば、その後の人生は波乱に満ちていたようで早逝されてしまった。 昨年その半生を描いた「シスタースマイル ドミニクの歌」という映画が公開されていますね。

 あの頃はFENのビルボードをよく聞いていたが、「ドミニク」の他にルイ・アームストロングの「ハロードーリー」もその中の一つ。 JFK暗殺事件の一報もたぶんFENで聞いていたと思う。 あの頃は受験勉強といってもかなり「ながら」をしていたのかもしれません。

(1/22 追記) フランスでは斬新さが感じられて人気になったのかもしれません。 残念ながら声にツヤというのでしょうか、感じるものがなく、ちょっと申し訳けないのですが、アマチュアの範囲内の歌声のようで、折角購入したのに残念なアルバムでした。

 



2011年1月20日木曜日

サウナで体を温める

 今日、菅直人が日本に駐在する外交官等を集めて、日本政府の外交政策について講演したと、その姿を映したテレビ映像を見た。 相変わらず官僚が書いたとおぼしき原稿を読んでいるだけの演説で、あんな演説をして真意を伝えられると思っているのでしょうか? オバマ大統領をはじめ海外の要人の演説姿を見ていると、身振り手振りで聞いている人に訴えようとしている姿勢がひしひしと伝わって来ます。 相変わらず「沖縄の痛みを分かち合う」という国民に犠牲を強いる言葉には怒りを通り越して虚しさを感じてしまいます。

 今日はまた、宮崎県民を踏み台にした東国原知事が退任したとのこと。 次は東京都知事か国政か、結局宮崎を利用して政治家への道を邁進し続けているのが東国原なのです。 県民も国民も利用されているのに拍手を送るとは、もっと物事を考え見極める人間になってほしいと思います。

 さて、今日は大寒とのこと。 明朝の最低気温は零度を下回るらしい。 黒姫は再びマイナス10度を切るのでしょうか? どんなに下がっても黒姫では床暖房と薪ストーブがあるので、寒さを感じることは少ないですし、外に出て寒くても雪除け作業をすれば体は温まります。

 ところが常住場所では、住まいの断熱材も十分でなく窓ガラスも1枚。 朝晩はとにかく寒いです。 ユニクロのヒートテックの下着を着たり、ササワシのレッグウォーマー、就寝の際には冷えとりの靴下を履くなど、また入浴は30分以上の半身浴と色々工夫をしています。 ここまでやっていると体の芯まで温めることとなり、夜中にトイレに起きることもなくなります。

 ただ、外出で体をあまりに冷やしてしまうとか、喉を痛めて風邪っぽくなってしまうようなことがあります。 そんな時にはサウナが最適です。 サウナというと裸になって蒸気溢れた部屋に篭る姿を想像されるかもしれませんが、我が家のサウナは服を着たまま入るのです。

 遠赤外線ヒーターで、背中、膝、足を温める一人用の箱で、この中に入って20分ほどたつと、体全体が温まり、どことなく汗ばんでもきます。 このサウナは15年以上前に購入したもので、これまで健康器具は色々使いましたが、これが一番長く我が家に残っています。 因みに、メーカーを調べたらフジ医療器という会社で、既に生産終了品となっているというか、サウナそのものの生産をとっくに終えているようです。

サウナ サウナ
サウナ サウナ


2011年1月19日水曜日

あるiPhone関連ブログの閉鎖のこと

黒姫山 黒姫山

 昨夜は月夜だったのでしょうカメラからも黒姫山の姿が見えていました。 そして今朝久々の晴れ間かなと思ったら10時頃から再び雪雲に覆われてしまっていたようでした。

 15に突然閉鎖してしまったJailbroken iPhone の技術(?)ブログKMJBですが、気になる記事があったのでSafariのキャッシュを見て、保存しておきたいファイルの存在を確認したのでした。 でも今日あらためてライブラリフォルダを見たら、見事に消えていました。 キャッシュフォルダの容量制限があるのでしょうか、昨日からの分しか残っておりません。 Safari の「環境設定 -> セキュリティ -> データベースの保存」の保存容量が5Mになっていたので、これが影響したのでしょうか? 少し容量を広げてみたので様子を見てみたいと思います。

 あとTimeMachineのBackup HDにはキャシュファイルはバックアップされないんですね。 キャッシュの意味から考えるとバックアップするようなファイルではないんでしょうが、容量としては大きくないので保存してあると万一の時に役に立つのではないかと感じました。

 さて、その件のブログKMJBで何が記されていたか全く分からなくなってしまいましたが、私が使っているRSSリーダーに僅かながら記事タイトルが残っていましたのでそれだけでもここに置いておこうと思います。。 確かKMJBは2度ほどサイトを変えていたと思いますが、以前のd.hatena.ne.jp/kmjb も同じように記事が削除されていますね。 関心を持って見ていたサイトが突如閉鎖って、やはり気になるものです。

◯記事タイトル      



2011年1月18日火曜日

植草一秀氏のブログで紹介される

 日曜日からアクセスカウンターが急に増え300を越えていた。

16日          17日
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 自前のブログを見る前に家内が植草さんのブログを見て、数日前に私が「日本の独立」を読んだ感想を記した内容が転記されているのに気がついた。 たぶんそこに記されたリンクをたどって当方に来られた方が多かったのであろう。 植草さんの著作については、500余ページを読み終えるの必死で、十分に理解していない所も多く、稚拙な駄文と思しき感想を紹介して下さり大変恐縮している。

 私の周辺でも植草さんの話題になると必ず過去の事件を話す人がいます。 その度にあの事件は作られたもので、植草さんの心情はブログを見たり著作を読めば分かるのだと説明しいる。 行間にそういう思いを感ずることが出来ない人もいることでしょうが、時間をかけてひとつひとつ説いていくしか今は方法がないのでしょう。 そのような思いが感じられる「日本の独立」なのです。

 「日本の独立」は既に4刷でしょうか5刷でしょうか増刷されているとのこと。 昨年、亡くなった黒岩比佐子さんの「パンとペン」も増刷されているらしい。(昨年9月小樽で黒岩さんの所蔵書の展示を見ました) 直木賞や芥川賞などという賞が、奇をてらった時代に迎合した、しかも内容のない小説に送られることが多く、また政治家や大学教授、ジャーナリストすらゴーストライターに本を書かせ出版している今の時代にあって、植草さんや黒岩さんの著作はじつに素晴らしいというか、ご本人達の意気込みというか熱心さに敬服してしまいます。

 小沢一郎さんのことは、かつての自民党幹事長時代のような状況であったら、私は決して応援するような気持ちにはならなかったでしょう。 座右の銘「百術不如一誠」が昔から変わっていなかったとしたら、私の勉強不足、認識不足ということになります。 でも、色々な試練を受けてこられ、今の小沢一郎になられたのではないかと思います。 そして「国民が一番」に徹する小沢さんに、日本の新しい流れすら感じるのです。 ブログなどネット情報を毎日見ていると、そういう雰囲気がひしひしと感じるのです。 今までのような右翼とか左翼といったくくりではなく、どちらでもない本当に国や国民を思い、まともな船長のもとで日本丸を安全に操舵できる態勢を皆が期待しているのです。 一握りの政治屋、一握りの官僚、一握りの金持ち、一握りの大企業などに日本の行く末を任せるのではなく、国民ひとりひとりの手に戻したいという思いが、昨年から始まった小沢一郎支援デモという形で現れていると思うのです。 今や、政党というくくりすら捨ててしまってもいいのかもしれません。 旧態依然とした社会(社民)党、共産党、〇〇党といった枠にはまっていると、「井の中の蛙大海を知らず」で何も見えなくなってしまうと思うのです。 昨年ピースウォークに参加した時、泊めていただいた地方議員の住まいで、昔オルグ活動など盛んにやっておられた方と出会い、あれは共産貴族だと仰っていました。 菅直人も若い時に市民運動に関わっていた頃は市民目線を持ちあわせていたのでしょう。 いまや民主貴族の筆頭になって、迎合政治に徹して自分の席を温めることしか考えていないのです。 どんな立場になっても市民目線、国民目線、一人ひとりの市民の気持ちに馳せることが出来ない政治家は失格だと思うのです。



雪降りは小康状態でしょうか?

 15日から昨日にかけて降った大雪はかなりの量であったようで、JR東日本の信越線や飯山線ばかりでなく新幹線も止まってしまったようです。 信濃毎日新聞のサイト版には16日17日と北信周辺の混乱の様子が記載されていました。

 野尻湖畔のスピンネーカーのライブカメラは一時期積もった(+屋根から落ちた?)雪でさえぎられ湖畔の様子が映らないほどでした。 もともと北信は大雪地帯ですので、山陰地方であったような混乱はなかったと思いますが、それにしても交通の手段が途絶えてしまうと日常生活にはかなり影響があったことでしょう。

野尻湖

 ところでセンター試験とか小学校から大学までの入試って、何故今頃から2月中旬にかけて行われるのでしょうね? 12月に行ってもいいように思います。 20数年前、息子達が私学を受験する時も雪降りで、家内は急いで長靴を買いに出たらしいです。 一番天候が不順になる時期に実施する制度を改善するような動きはないのでしょうか? 受験生が可哀想です。

 そもそも日本の受験制度はただ篩にかけるもので、あまり役にたたないと思いませんか。 無謀にも私も若い時に一度は挑戦しようかなと思った外交官試験、そして国家公務員試験も通ってしまえば、20歳台のうちに課長職や署長職が用意されており、本人の常識や見識、精神性などは何ら考慮されないのです(たぶん)。 タイコモチのように手練手管で相手をいい気持ちにさせ、自分はどんどん上級職への階段をのぼり身銭を稼ぐ技術しか磨かないのです。 高級官僚であった(天下りの)人物に出会ったことは一度しかありませんが、その時の印象は、”官僚=タイコモチ&芸者” でした。(タイコモチや芸者がマイナーな悪い仕事だという意味ではありません。念のため)



2011年1月16日日曜日

JASの栞

 黒姫はしんしんと雪が降っているようで、雪降りは明日まで続くようです。 ライブカメラから見える雪景色では屋根の雪嵩が増え、日増しに丸みを帯びているようです。 今週末には黒姫へ出かけようと思っているのですが、数日はこの積もった雪の片付けに追われることでしょう。 しばらくは体力との勝負という生活になります。

野尻湖カメラ 野尻湖 気温

 所で、我が家は古本店をのぞくことが多く、ほとんど新本専門の書店には入りません。 最近覚えたのがネット通販での古本購入ですが、新本同様とか少々焼けありとか、あるいは書き込み多数とか、その状態を表示してあるので、価格と比べながら購入することができます。 ある程度まとまると送料無料という所もありますので、余計に買い込むことにもなります。 謹呈表示があると、所有者が亡くなられて家族が放出されたのであろうかとか、段落に傍線を付してあると、ここがポイントとして思われたのであろうと、色々な印象があって前の読者との細いつながりを感じます。

 今日宅配されてきた本の間には栞が入っていました。 すでにJALに吸収されたJASのものです。 どんな経緯で吸収されたのか知りませんが、これも政治家か官僚かが暗躍した舞台の一つであったかもしれません。 結果、JASがお荷物になったのでしょうか、JALは経営不振となり株式上場停止で国が管理する会社となってしまいました。

JAS栞

 自民党にいた与謝野馨が「立ち上げれ」から離れて民主党政権に入ったとのこと。 入る方も迎える方もどうかしているというか、お前たちには思想信条がないのかと問いたくもなる。 民主党は「国民が一番」の看板を外したらしい。 政権にある輩のただ利権を追うだけの政治であったら、半世紀以上続いた自民党政権となんら変わらない。 「国民の幸せを一番に考えています」などと嘘を言うだけ、自民党議員より質が悪い。

 そんな悪質な政治屋や情勢判断ができない総理大臣を見ていると、この国の将来に相変わらず暗雲が立ち込めているようで、気分がすぐれない。 でも今日届いた本に星野さんや三浦さんの姿を見ると、人間って満更でもないなと、崇高さや勇気が感じられ心豊かになれるのです。 テレビのバカ番組で白痴化されるより、ちょっとした良い本、それも安い古本で心満たされるなら、そちらの方が余程ためにもなる。

星野富弘・三浦綾子

 

星野富弘・三浦綾子


2011年1月15日土曜日

とうとうJailbroken iPhoneもあやしくなってきた

 昨日、手前味噌の作品をいくつか載せたが、最後のパンの写真を間違えており、感想を聞かせてほしいと家内の友人から届けられたものでした。 そこで本日焼いたパンの写真を掲載しましょう。 今回はホシノ酵母を使ったということでしたが、やはり昔の白神こだま酵母の方が美味しい。 イーストに戻るわけにもいかず、こちらはもっぱら頂く身ですので、ほどほどで我慢してましょう。

pan

 

 さて、昨年10月に我がiPhone 3GS を iOS4.1 に上げ、Jailbreakして使って来たのですが、Bluetooth使用後に時々フリーズするなど若干動作が不安定になっていました。 昨年11月にiOS4.21 がリリースされ、まだ完全なJailbreakツールが提供されておらず、そんな中で成功した例をブログに記述されている方が増えて来ていました。 そして最近iOS4.3ベータ版がリリースされたと知り、4.1 -> 4.21 へのアップとJailbreak化を遅まきながらやることにしました。

 redsn0w 0.9.6b4! で更新しましたが、まず最初のキーとなるCydiaアプリでつまずきました。 アイコンが白いままで、しかも起動しない。 redsn0w 0.9.6b4! の設定を変えて再度試みると、きちんとしたアイコンが表示されるのだが、Cydiaのupdate後iPhone再起動すると、今度はCydiaが起動しない。

 ネットで色々調べているうちに、pwnagetool413 unofficail版で試している例があり、これでやって追加ファイルをCyberduckでiPhoneに入れようとするもサーバ接続せず(I/Oエラー Premature connection close)。 仕方なく、再度redsn0wに戻った所、やっとCydiaが起動するようになり、これでやれやれとJailbreak関連のアプリを戻そうとした。 Pkgbackupというバックアップアプリで容易に戻せると思っていた所、今度はこちらが起動しない。 以前、Packages一覧をイメージファイルに落としていたので、これを見ながら一本ずつインストールしようした所、Aptbackupという別のバックアプリがあったことに気がついた。 そこでリストアしたら、数週間前までの状態に戻すことができた。 でも不具合はまだありそう。

iPhone iPhone

追記(2011/01/16) 今日再度試したら次項のレポジトリ登録ウインドウが出ました。 CPUに負担が来ているのかもしれません。 メモリ開放とゆっくり操作を心がけたい。

 CydiaのManage -> Sources -> Edit -> Add でレポジトリ(アドレス)を入れようとするが、入力ウインドウが表示されず、Addを何回か押しているうちに固まる。 キャリア名を変更できるMIMは起動するが結果が反映されない。 App Storeから購入した有料ゲームを起動するも途中で落ちる。 等々、問題は多そう。

 それならばと元のiOS4.1 に戻そうかとTinyUmbrellaを起動するが、iTunesはつれないメッセージを出して復元作業は出だしで止まってしまう。 どうもTinyUmbrellaが設定したHosts情報をiTunesが素通りしてしまうようです。 そこで直にMacのHostsファイルを変更しようとするがアクセス権やオーナ権の壁があり、unixのコマンドをおさらいする必要があった。

 ということで、にっちもさっちも行かない状態の、半身不随のようなiPhone ですが、このままJailbroken iPhone 3GS (iOS4.21)でしばらく使って行こうと思います。

 いつもこのような作業をする時には先人のブログを参考にさせてもらっているのですが、この数ヶ月さかんにJailbreak情報を流されていた方が、本日急にサイトを閉じてしまいました。 今日の昼頃であったか、その方のツイッター一覧が消え、see you again の一文字のみ。 変だなと思いつつも、その方のブログを参照していたのですが、16時過ぎにMacを再起動してサイトを開こうとすると、ブログの方もsee you again。 たぶんアップルから強い圧力があったのでしょう。 昨日まで従前と同じく情報を発信されていたものが、何の断りもなく急に閉鎖です。 アメリカではiPhoneのJailbreak化は合法だという司法の判断があるようですが、見えない所でアップルは動いているんですね。

 こうなると、iPhoneをいじくり回せる機会がより少なくなるでしょうから、数ヵ月後ソフトバンクの2年の縛りが外れますので、それを機会にアンドロイドに変えてもいいかもしれません。 来月に出るであろうiPad2も含めしばらくスマートフォン市場をよく観察していようと思います。



2011年1月14日金曜日

ゆねり、甘酒饅頭、パン

 今朝は今年一番の寒さであったと黒姫駅前の萬屋酒店さんのブログに温度計の写真が掲載されていました。 温度計はマイナス14度を差していました。 因みに、野尻湖でマリンスポーツ施設を提供しているスピンネーカーのライブカメラページには野尻湖の映像ばかりでなく、気温や水温が表示されており、そちらにはマイナス12.6度と表示されていました。 駅前も湖畔も同じような気温というか、そこまで下がった温度ではあまり変わりはなく、ちょっと顔が痛くて早々に室内に入りたい心境でしょう。 でも、朝日に照らされた雪原では雪の結晶も見られキラキラ光ってすごく綺麗なんです。 因みに、このような寒さを東北では「しばれる」と言うようですが、北信では「かん(寒)じる」と言います。(若い人は言わないかな?)

今朝の黒姫山 今朝の気温

 

 さて、一昨日、家内は夜なべ仕事で色々なものを作っていました。 自分で作ってみたいものがあったり、はたまたその出来映えを知り合いに賞味してほしいという気持ちもあったようです。 最初に作ったのが、庭の柚子をつかった「ゆねり」。 自分が育った時の郷土料理のようで、一般にいう「柚子練り」とはちょっと違うようで、柚子煉りはジャムとかマーマレードに近いようで、「ゆねり」はお嘗めのようにご飯にのせて食べたり、料理の和え物などにして食すようです。

 まず柚子を半分に割って種出し作業。 これは私の役目。 種を入れると苦くなるそうで、種はまとめて酵素液に浸して別の用途に使います。 その後柚子をスライサーで細かくして砂糖を加える。 別に麹を用意しておき、一晩置いておいてから混ぜあわせ火にかけます。 そしてねっとりした「ゆねり」が出来るのでした。 以前差し上げた方から竹輪にゆねりを入れると美味しいという話が届いたようですが、試していないのでちょっと分かりません。

ゆねり ゆねり
ゆねり ゆねり

 出来上がり

ゆねり

 

 次の作品は、天然酵母から醗酵させて甘酒を作り(そこまでは友達の作品)、これを使って生地にし餡を入れて饅頭にする甘酒饅頭。 生地を延ばしながら餡を包み丸めていく作業はさすが年季が入っています。 普通の人がやると皮がやぶけてしまうらしい。 餡は家内の好みでつぶ餡。 冷めていても美味しいが、食べる前に蒸すといっそう美味しくなります。 もう少し酒の香りがあった方がいいと思うが、匂いで酔ってしまう人がいるので仕方ありません。

甘酒饅頭

 そういえば、子供の頃、鎌倉へ行くと八幡様の大通りに出る角に酒まんじゅうを売る店があって、いつも美味しい匂いを通行人に浴びせていました。 あの店は今でもあるんでしょうね!

鎌倉駅前

 

 そして最後はパン。 昔は手ごねで作っていましたが、子供が育ち盛りで食べる量が尋常でないと、ある時からニーダというこね器を使っていますが、たぶん今のは2台目か3台目でしょう。

 パンの味は粉とイースト菌とよばれる酵母が大きく左右します。 粉にも強力粉、薄力粉ばかりでなく作るパンによって種類が色々あるんですね。 そして一番大事なのが酵母。 ある時から「白神こだま酵母」というのを使って来たようですが、この所あまり美味しいパンが出来ていなかった。 原因が分からず、あれこれ作っているうちにこの酵母そのものが変わってきたのではないか?という結論に至ったのです。 そういえば、近所のダイエーにも置いてあるほどポピュラーになっているんですね。 規模が大きくなり大量生産されると、どうしても味の方が後追いになるのでしょう。 よく天然酵母を謳い文句にしたパン工房があちこちにありますが、天然酵母が御旗になってしまい、買うととがっかりすることがよくあります。 首都圏にも名の通ったパン屋さんが沢山ありますが、やはり何といっても乗鞍高原のルコパンはピカイチ。 でもなかなかあそこまでは遠くて行けないんです。

パン