お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

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八木下重義ー地震予兆研究センター

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2015年1月31日土曜日

「架け橋 ーきこえなかった3.11」を見る

昨日から降り始めていた雪はそう積もりませんでしたが、日中もずっと降って除雪ブルが2度来ていたようです。 そして天気予報を見たら来週水曜日頃まで降り続くようで、しっかり雪除けをしなければと褌を締め直している所(ちょっと古い表現ですね)です。


そんな雪降りの中、今日は、隣町の飯綱町で行われた映画「架け橋 ーきこえなかった3.11」上映と監督の講演会に出かけて来ました。



あの東日本大震災の数多くの被災者の中で特に聾唖者に焦点を当て、その被災状況や避難状況をドキュメンタリーにまとめられた映像で、コミュニケーションの大切さをまざまざと感じさせられた映像でした。
地震、津波発生後、聾唖者にはその緊急性が伝わられずに困難な避難をしたとか、やむなく命を落とした人もいるとのこと。
避難生活の中で、耳が聞こえない人とは筆談したり掲示を見てもらったりして意思を伝えていたそうですが、健常者を相手にしたアナウンスが主なので、聾唖者は何が起きているか分からず右往左往するのみ。 その中には文字が読めない、いわゆる文盲の人がいたとのこと。
身障者とか障害者とかひとくくりに我々は言ってしまいますが、その中にはいろいろあって単純ではなく、現実を知らないまま先の震災では多くの聾唖者が被害にあったとのことでした。

女性監督の制作ということで、全体がきめ細かく登場人物が配置され、ナレーションの声も良くて、いい映画になっていました。
信濃町でもこの3月に上映が予定されている、福島原発被災を写した映画「A2-B-C」を先日見ましたが、こちらは東電や日本政府の不正義に真っ向から向き合う映像のように思えました。 それに対し、今日の映像は再生に向き合う被災した聾唖者の姿をきめ細かく写し、健常者と同じような助けをどのように提供すべきか問題提起しているように思えました。 どちらにしても、被災して4年、忘れがちになっている地震津波や原発による被災者の存在を思い起こし、こういう映像から我々が今できることを考え直すことがいかに大切であるかということでしょう。

上映後、監督の講演がありましたが、監督の今村さん(背が小さくて、細身の可愛い女性、たぶん30才台かな?)自身聴覚障害があって、左右の耳に補聴器をつけていても音の判別が難しい由。 それでも彼女自身の話は言葉と手話で、十分に伝わるものでした。

最後に彼女が言いたかったことはコミュニケーションの重要性ということではないかということでした。
ちょっと悲しいけど、瓦礫整理の現場は重機の騒音だらけで、そんな現場で聴覚障害者は難なく働けるはずとか、海に潜って不明者を探す活動などは手話とか表情でしか相棒に意思を伝えることができず、障害者の働き場がある、と話されていました。

人と人は、何らかの手段で意思疎通を図らなければ生きていけません。 聾唖者にとってはまず手話が手段でしょう。 日本人と外国人、若者と老齢者、女性と男性、親と子、夫婦、上司と部下などなど、十分に意思の伝達が図られているでしょうか?
過去の歴史の中でやむなく日本に住むことになったアジア大陸の人々、日系であることで日本に働きに来ている人々、そういう少数の人々との会話の少なさが誤解を生んでいるかもしれません。 ネオナチのように意味もなく排外する思考は、日本人としての崇高で気高い人格、人間性を否定するものでもあります。
人間としての思いやりや尊厳そのものを捨て去っている姿のようにも思えてしまうのです。

今日の映画は、言葉や思いをいかに伝えるかという、命を守ることの重要性を認識させてくれた映画でした。

さて、飯綱町よりも人口が少ない信濃町にあって、自然災害や、聾唖者ばかりでなく老齢者への対策についてどれだけ検証されているのでしょうか? 住民の安全を念頭に置いた町政がどこまで図られるか気になる所です。
昨年9月、同じ飯綱町で、「災害にもつよいおれたちのまちづくりを考える集い」があり参加しました。 数ヶ月のうちに2度も同じようなテーマの会に出てしまうと、残念ながら、何気に飯綱町のほうが信濃町より一歩先をいっているように思えてしまうのです。

今日、会場でいただいた資料から。




今村監督のその他の作品のチラシから




2015年1月29日木曜日

今日は今季1度目か2度目かの、とても”寒じる”朝をむかえました

昨夜就寝する頃の外気温はマイナス4度ほどと、これなら大丈夫だと床についたのですが、早朝5時のトイレの気温は0度。 たぶん外気温はマイナス10度近いであろうと、水道管の凍結を防止する凍結防止帯の電源を入れました。(電気量の節約というか料金が高額にならないよう、ふだんは入れていないのです)

ところが7時過ぎ床を離れた時の外気温はマイナス13度ほど。 ここまで下がると必ず凍る二階の洗面所の蛇口をひねって無事に流れるのを確認して安堵。
しかし、最後にボイラーに一番近い台所の蛇口をひねるも水道は問題ないのですが、お湯の方が出ません。 あれこれ手をつくすも、台所のお湯が出たのは11時過ぎの3時間後でした。
昔と違って水漏れすることはないでしょうが、水道やお湯が使えないというのは困りものです。 そういえば、先日家内がお風呂で会った南半球からのお客さんは住まいにボイラーがなくて冷たい水しか出ないと話していたようです。
厳冬の中で湯沸し器のない生活なんてちょっと考えられませんね。

さて、冷えたおかげで早朝から良い天気で、強い日差しに山肌の白さが輝いていました。


そこで再び古間北交差点脇へ撮り鉄に出かけました。
今日は橋の上ではなく、下の田んぼのわきでした。



列車の側へいくと、車体が汚れているのが気になります。 あと1ヶ月半ばかりの信越線なのでJRも構っていないのでしょう。 そういえば、最近国鉄色という赤い車輛を見ることがありません。

撮影後、10時頃になって黒姫山の山頂に雲がかかりはじめましたが、一時で再び青い空に戻ったものの、午後からは青空は曇った空に変わってしまいました。
先週から今週にかけて、雪らしい雪が降っておらず、国道など主要道路は乾いていますが、ちょっと日陰の道に入ると、氷と化した雪が凸凹になっており、車は前後左右に揺れています。

先日、雪山での小学生の悲しい事故がありましたが、今週から午後の下校時間になると、町の広報スピーカーから、「ご近所での見守りをお願いします」というアナウンスが流れるようになりました。
子供達は歩いて登下校し、大人は車で移動する生活で、子供と大人の接点が少ないです。 信濃町でも人口減少、高齢化という過疎が進んでおり、色々な意味で子供達が生きにくい時代になっているのかなと思うばかりです。

2015年1月28日水曜日

キムチ作りをする

韓国(たぶん朝鮮半島)の代表的な食べ物といえば、キムチとマッコリでしょう。
国内のスーパーやコンビニなどでもかならず店頭に並んでいる食材ですが、その味とか材料、添加物の有無などを考慮するとなかなか買い物カゴに入れるわけにいきません。
韓国でも中国から輸入された安いキムチが食堂にならんでいると思ってます。

そこで我が家では安全な食として、時々キムチ作りやマッコリ作りをしているのですが、マッコリは酒税法にひっかかるとかで、時々遊び程度にやっています。

そして数日前に保存していた白菜を取り出し、表面の傷んだ皮をはいで日にあて、塩漬けにしたあとに、キムチの具を作って白菜を漬け込みました。 寒冷地であるがゆえにリンゴや梨をまだ保存していたので助かりました。




野沢菜のようにキムチも浅漬けがありますが、私は発酵したやや酸っぱさを感じるキムチが好きです。 乳酸菌も含まれていて、たぶんお腹にもいいと思います。 漬けすぎたキムチはチャーハンなどに利用することもできます。
日本の味噌、醤油、韓国のテンジャン、カンジャンなど 発酵食品は体にもいいし美味しいです。
互いに同じような食文化を持ちながら、いがみ合う世界なんて、私にはちょっと分かりません。

2015年1月24日土曜日

久しぶりの撮り鉄へ出かけた

(1/28追記)
信濃毎日新聞サイトの25日付け記事にこんなのがありました。24日に撮り鉄した同じ場所でした。
 (追記了)

今日は、今季4日目と思われる、外気温マイナス10度の朝を迎えました。
そして晴れの日にふさわしく、真っ青な空に白い黒姫山が輝いていました。


どうせ晴れたなら、久しぶりに撮り鉄をやってみようと、8時半、古間北交差点脇の跨線橋へ出かけたら、すでに10人ばかりのカメラマンがいて、割り込むスキがありません。
仕方なく後方の除雪の山に上って、彼らを含めた写真を撮ってみました。 止まっている車を見たら、高崎、熊谷などほとんど県外ナンバーでした。 早朝から出かけて来ているんですね。 その熱意に脱帽。 JR信越本線の列車がここを走るのも、あと2ヶ月弱となっていることを彼らも知って来ているのでしょう。


そして近くの撮り鉄ができそうな場所を巡ってみました。 でも積雪のため、なかなか線路に近づくことができません。




ほとんど雲のなかった青空は10時頃には雲が出だして山頂付近を隠していました。
そして、こちらは戸草トンネル。 その昔、ここを信越本線の蒸気機関車が走っていたと知る人はあまりいないでしょう。


2015年1月23日金曜日

悲しい訃報に接する

昨日は朝のうち小雪であったものの、すぐに雨に変わりほとんど一日雨降りとなっていたようで、用事があって昼には長野市へ出かけたのですが、長野市では本降りの雨となっていました。

用事を終えて信濃町に戻ると、商店街の一角に報道カメラを構える人が立っていて、様子が変だなと思いつつ、住まいに通ずる路地に入ると、そこにもカメラマン、そして警察官が立っていました。
事件か事故か気になり、警察官に聞くも、ただ行けという一言のみ。

家に戻って、ネット検索したら、4時頃除雪した雪山のスロープで遊んでいた子供が崩れた雪に埋もれ心肺停止となって救急搬送された由。
日中、だいぶ雨が降っていたので、雪にはそうとうの水分が含まれていたことでしょう。
小さなお子さんですと、崩れた重い雪を跳ね返す力がなかったのでしょう。 下校途中に一緒に遊んでいた10名ほどの子供達が近くの商店に雪掘り道具を求めたことで、大人が事故に気づいたようです。



昨日のニュースでは意識不明となっていましたが、残念ながら未明に亡くなられたようです。

昨春でしたか、新たに家を建てて引っ越してこられ、ご家族全員で挨拶に来られた家の子供さんであったと思われます。 思い違いかもしれませんが、小学校2年というわりには小柄で可愛い男の子で、登下校中に元気に挨拶をしていたという覚えがあります。

報道の中では、「危険だという立て札」や「ロープ」がなかったというような書き方をしていますが、降雪の多い地域にあって、そういう形だけのものを求めるのは間違っています。
子供は遊びの天才で、その楽しみ方が逆に思わぬ発想につながることでしょう。 でも遊びの裏には危険が潜んでいることを、教育の現場ばかりでなく、地域に住む大人たちも含め、いつも教えあっている必要があろうと思います。
昨日も大人が声をかけた後であったとも聞きます。

今日、あらためて車を運転しながら、子供たちの安全な登下校を考えていたら、除雪した雪山が歩道を塞ぎ、やむなく車道を歩いている姿が散見されました。 雪の季節での、子供達の安全をどうやって図るか、役場ばかりでなく地域全体で考える大きなテーマであろうと思いました。

翻って、我が家の子育て時期、学校生活や登下校などの場で危険なことやトラブルなどが容易に想像され、学校に任せるだけではダメで積極的に親が参画する必要があると、家内は小学校から高校までPTAなどに加わって、足繁く学校へ通っていました。
子供達の様子がわかるし、先生方の対応の仕方などを垣間見ることもできました。 そして疑問に思われる事項については積極的に学校へ申し入れしたりもしていました。
昨今、専業主婦が少なくなり、子供の教育や生活に日々加わる家庭が少なくなってきたことも、今回のような事故の遠因にあるように感じます。

こんな悲しい訃報に際し、今日は朝日新聞と読売新聞の記者だという人間の来訪を受けましたが、彼らはニュースソースになるものが欲しいだけの、利用されるだけの来訪であって、地域の実態を真摯に見ることはないであろうと、「分かりません」の一点張りで追い返しました。

2015年1月21日水曜日

この冬3度目の零下10度

昨晩マイナス5度ほどと、これなら明朝それほど下がらないだろうと思っていたら、早朝4時に起きた時のトイレの気温は2度、そして外気はマイナス10度でした。


これほどまでに気温が下がったのは今冬3度目でしたが、今回は水道管は凍らずに済みました。
でも、室内がなかなか温まらず、どうせ寒いならと、残りの除雪作業(肉体労働?)で体の中から温めようと外に出ました。
ご近所からすると、どうせ溶けるものだから必要もないのにと思われているかも知れませんが、当方としては、半分は運動なのです。 おかげで家の周りは綺麗になって、明日からの雪予報を待つばかりとなっています。

今朝は冷えたわりに、晴天にならず、霧かモヤが出ているような状態で視界がきかず、そのうち晴れそうな空模様になったと思ったら、曇天に変わってしまい、雪原ウォークを断念。

この時期、人が集まると雪降りが話題になり、総じて「今年の雪は多い」と話しています。 でも今のところは一度に大量に降ることがないので、日々の生活に困るようなことはありませんが、道路脇やスーパーなどの駐車場には大きな除雪の山が出来ており、国道などでは除雪作業のため片側通行となっていることがよくあります。

我が家の南側は林になっており、屋根から滑り落ちた雪が積もって2mほどの嵩となり、もう2〜3度雪が降れば、窓ガラスに近づくのではないかと思われます。
それほどまでに今回の雪降りは多いということでしょう。


そういえば3年前、新潟県の新井や高田で大雪が降り、道路の信号までも雪が隠してしまうほどになっていましたが、今年はどうなのでしょう?
この1月、信越線が除雪作業で一時不通になったこともあるので、同じような積雪量ではないかと推察しています。

この所の日課といえば、午前中は雪除け作業で、多い時は午後にもなりますし、時に翌日に繰り越します。 薪を取り込んだり、灰をすてたり、ストーブ作業。
夕方近くになると、軽い筋肉痛を感じる体を癒やすために温泉へ。 夕方は我が家特製のアルコールでリラックスし、そして就寝。 という日常となっています。

妙高や赤倉のゲレンデではナイター営業もしているようで、明るくライトが見えていますが、穂高地方の昨年の地震の影響でしょうか、この所、赤倉などにはオーストラリアなどからのお客さんが来ているようで、今日の温泉には外国人の親子が入っていました。
家内も露天で会ったと、話した所ニュージーランドから来て、1ヶ月以上のバカンスを楽しんでいるとのことでした。 今は円安ですので、海外からの、特に南半球からスキー客にとっては、設備の整った日本のゲレンデは格好の旅行先なのでしょう。


2015年1月18日日曜日

一昨日からの雪降りはちょっと多かったです

一昨日から降った雪は今朝の未明まで降っていたようですが、昨日は2〜3時間おきに玄関前の雪を片付けていましたので、今日はそれほど大きな除雪作業になりませんでした。

ニュースによると昨日は吹雪いた地域もあったようで、妙高のスキー場ばかりでなく、ここ信濃町でも大雪による被災者がおられたようです。
雪降りの時はあまり出かけないようにし、周囲の危険でない場所での除雪作業に徹底していますが、除雪ブル(ドーザー)がかいたあとの道路は滑りやすく、転倒して頭を打つという危険性もあります。 雪道は歩き方や体重の掛け方など、実に注意が必要です。

今朝10時頃であったか、雪がやんで青空が出て日差しもありましたが、気温は低く、屋根の雪はなかなか落ちてくれません。 それでも轟音といってはオーバーかもしれませんが、時々屋根の雪が滑り落ちていました。 そんな屋根の下にいたら、やっぱ危険ですね。 日差しがあったわりには、全部落ちてくれず、屋根のてっぺん辺りでどうしても残ってしまいます。

午後、買い物に出ましたが、町中のあちこちに除雪の山があって、本格的な雪国になったなという印象でしたが、車道では除雪の山で人影や車がなかなか認識できません。 速度を落として注意して運転しています。


夜になって、空は満天とはいえないものの、星が輝いています。
明日は冷えることでしょう。 雪道を歩くと、キュキュといったうぐいす張りの廊下を歩いているような音がしています。 因みにWikipediaによると、うぐいす張りを英語では、nightingale floor とか singing floor などと言うそうです。
明日は、水道が凍らないように対処しなければ!

2015年1月14日水曜日

象の小径でスノーシューウォーク

今朝はこの冬2番目に冷えたようで、たぶんマイナス12度前後まで降りていたでしょう。
再び我が家の水道管が凍って一時水が出ませんでした。
凍結防止帯という電熱器に頼らずに、水道栓を開けて水をチョロチョロ流していた方が良いようです。 これからは就寝時の外気温がマイナス5度を降りたら、水道栓をわずかに開放しておこうと思います。

寒い朝は必ず晴れるようですが、8時、青空に細かくちぎれた雲が散らばっていて、地震雲などと言われるような特別な雲かもと思ったのですが、1時間後には消えていました。



良い天気のうちにと、「象の小径」へスノーシューを持って出かけました。
「象の小径」入り口は、除雪ブルが1台ほどの駐車スペースを作ってくれていますので、運が良ければそこに車を止められますが、それが不可能な時は針の木から来た十字路付近に車を置くことになるでしょう。
今冬、まだスノーシューや山スキーで分け入った人がいないようで、除雪ブルが作った雪の壁を崩してから小径に分け入りました。

途中、杉の木が積雪に耐えられずに幹の途中で折れていました。
「子供未来の森」の広場へと進み、いつもはヤブの中で分け入ることができない場所を自由に歩くことができ、しかもしっかりと汗をかいて、1時間ほどのウォークでしたが、十分な運動になりました。


途中、ナウマンゾウ(のモニュメント)が冬眠中のようで雪に隠れていたのですが、見当をつけて掘り起こしたら、無理やり起こしてしまったようです。


広場から、妙高山と斑尾山は展望がきくように木々が伐採されているのですが、何故か黒姫山は木々の間からしか見られません。



今は隠れていますが、思索のためのテーブルも、妙高山と斑尾山にはあるのですが、黒姫山を眺望するための場所は何もありません。 ちょっと残念です。

2015年1月13日火曜日

よく晴れた朝に

今朝も除雪ブルが来ていましたが、積雪量はわずかですぐに片付いてしまいました。
でも、昨夜の雪や屋根の雪が残っていて、煙突掃除の道確保の目的もあって、3時間ほどかけて周囲の雪を片付けました。

朝から晴れの天気になったものの、黒姫山には雲がかかったままで、かろうじて妙高山の山頂が見られました。



そして、出かけた古間駅界隈では、放射冷却現象というのでしょうか、雪原から霞がたちこめ、朝日があたって、幽玄な景色が一時見られました。
気温マイナス7度ほどの晴天の朝に現れる現象なのでしょうか? 大変興味深かったです。




帰りに、信濃町の樹齢400年を越える枝垂れ桜としてよく知られている、柴津の称名寺を訪ねました。





2015年1月12日月曜日

三が日が明けて久しぶりの大雪になりました

正月2日になってやっと良い天気に恵まれたあと、たいした雪降りにならずに済んでいましたが、昨夕から降りだした雪はしっかりと積もって、膝ほどになっていました。
積雪量としては30〜50cm位ではないかと思います。

早朝、除雪ブルが来て、さらに10時頃に再び来て道路を綺麗にしてくれていました。
ブルが来る前に私有地の雪を道路に出しておけば、道の雪と一緒に片付けてくれるのですが、大きな重機の働きは早く、人力で出す量はそれほど多くありません。

ご近所からは除雪機を動かして雪を飛ばしている音が聞こえていましたが、我が家は人力のみの作業。 しかもただ一人の力ですので、作業には時間がかかります。
近くの家々の作業は昼までには終わっていましたが、こちらの作業は車庫前と玄関前をきれいにするのに午後3時までと5時間も働きづめでした。
作業の最後は道路との境界にある消火栓と消火ホースの掘り出しです。

さすが疲れてくるとちょっとした雪山の坂で滑って転んだり、腕に力が入らず、遠くに雪を跳ねることもできなくなります。

いつもは除雪作業はいい運動だと強がりを言ってはいるものの、こんな雪降りが毎日続いたら、除雪機がないとやっていけないかもしれません。


昨日と今日、町内の各地域では「どんど祭り」が行われているようです。

最後に、過日も記しましたが、「黒姫高原・コム」として残してきたホームページは本日で閉鎖しました。 所有していたドメイン名 kurohimekogen.com の期限は本日で切れます。 kurohime.com と kurohime.info の所有期限はまだ残っていますが、これらも継続せずに放棄するつもりでいます。

2015年1月4日日曜日

庭先の雪掘りに2日かかりました

数日前、信濃町に大雪警報が出た日もありましたが、この1ヶ月豪雪だと感じた日はありませんでした。
それでも、子供達の来訪に備え、庭に積もった雪や、屋根から落ちた雪をそのままにしておいて、大人の身長ほどに積もった所でカマクラ作りをしましたが、子供達が帰ってしまうと無用な長物で、次の雪降りに備え、昨日と今日、スノーダンプとシャベルで片付けました。



 「雪掘り」とはよく言ったもので、一部氷と化した、固くなった雪はスノーダンプで捉えることができず、シャベルで割っての作業で、しっかりと汗をかきます。
今夜から再び雪模様ですが、雪降りのおかげで、そこそこ体を使う仕事があるという、除雪機に頼らずに健康な体作りができているという、ちょっと負け惜しみ的な思いで雪と関わっています。

さて、今年の元旦は晴天にはなりませんでしたが、ここ10数年の元旦の写真を探してみましたが、けっこう正月に黒姫にいない時がありました。

2013年 黒姫

2007年飯綱(霊仙寺)山

2006年 黒姫

2004年 飯綱(霊仙寺)山

2002年 黒姫