お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

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*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

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2015年3月30日月曜日

済州島の海軍基地建設に反対する活動を描いたドキュメンタリー映画「クロンビ、風が吹く」を見てきました

久しぶりの東京は疲れます。 人混みは実に嫌なものですね。

クロンビ、風が吹く」は、韓国・済州島(チェジュド)・カンジョン村に予定されている海軍基地の建設に反対する地元民の姿を描いた映画だという認識しか私にはなかったのですが、いざ観てみると、チェジュの素晴らしい自然が映し出され、こんな豊かな自然あふれる場所をコンクリートで固め、大型軍艦を寄港させ、中国本土や北朝鮮などを威嚇し標的とした軍事基地をなぜ作るのか韓国政府の意図が全く分かりませんでした。
しかも、毎年、大型台風が通過し、施設の多くが強風や波浪でつぶされ流されている場だそうです。

沖縄でも現在普天間基地の辺野古への移転をめぐって、地元住民の反対がありながら、日本政府はそれを無視しゴリ押しで進めようとしています。 しかもサンゴ礁をつぶしているのです。

そして日本政府は憲法9条をないがしろにして、自衛のためではなく進軍するための軍隊を作ろうとしています。
そういった諸々の動きの裏にはアメリカがいるのです。
東西冷戦時代、アメリカは共産圏の恐ろしさを解き、日本政府もそれにしたがった教育や宣伝を日本国民に対し行って来ました。 その結果、今でも共産国、共産党は危険で、あってはならないものという思いが大方の日本人のどこかにあります。 確かにグレーの部分はあるでしょうが、アメリカを筆頭に大国の政策にはグレーどころかブラックな部分が多いのです。
一例をあげれば、大量破壊兵器を理由にアメリカはイラクに進駐し、サダム・フセインを殺してしまったのに、大量破壊兵器を見つけることができず、誤った戦争をはじめたことに対し、世界へエクスキューズもなく、そういう政策への反省がないまま、再び場所を変えて戦争を繰り返しているのです。 アメリカは戦争を続けないと成り立たない国となっているのです。

そういうアメリカさんのいいなりになって、国民の血税からアメリカ軍のために建設されているのが、韓国のチェジュ・カンジョン村であり、日本の沖縄・辺野古だと言えるでしょう。

そういう理解の上で、この映画「クロンビ、風が吹く」を見る必要があろうと思います。

1時間半ほどのフィルムの多くは、基地建設予定地周辺での建設機材搬入に対する住民の座り込み、また業者をガードする警官とのトラブルを写していますが、そんな中でチェジュの美しい自然の風景があちこちで見られました。 またパンソリなど韓国の伝統音楽や歌なども聞けて、単なるドキュメンタリーの域を越えた、素晴らしい作品になっていると感じました。


済州島は、大東亜戦争の時は日本帝国軍が駐留し、朝鮮戦争がはじまってからは、北のパルチザンなどが南下してくる中で、混乱の中で多くの住民が虐殺されたそうです。
日本へ逃げた住民もいたようですが、日本軍や日本企業に徴用もしくは強制連行され日本に来た朝鮮人、商売をあてこんで日本に来た朝鮮人などなど、在日になった理由はいろいろあるわけで、それを一括りにして在日特権を許さないというヘイトスピーチは全く根拠がないのです。

朝鮮内乱後の四三事件の時は、針金で手足をしばられた死体が対馬にしばしば流さついたそうで、2009年対馬に渡った時、対馬の住民からその時の様子を聞いたことがありました。 当時、役所は何もしないので、住民がそういった遺体を荼毘に付し、墓地に葬ったそうです。

そんなチェジュにあって、1600人ほどの地域住民のうち、金で故郷を売ったと思われる80名ほどのごく一部の住民が建設に賛成したということを根拠に、韓国政府は建設を強行しているとのこと。
反対派住民が司法に訴えても、裁判所は政府に迎合した判決しか出さない。 そして反対住民を逮捕勾留し、さらに賠償金を要求するなどして、反対活動の弱体化を図っているのです。

山口県祝島に予定されている上関原発に対する地元の反対運動、そして沖縄の辺野古など、日本でも地元を売る住民と生活圏が脅かされると反対運動を展開する住民と二分させて、その混乱のうちになにがなんでもやり遂げてしまおうという政府や大企業の思惑が見られます。
韓国も日本も、地元を混乱に陥れ、昔からえいえいと続いて、将来の子孫に残すための自然環境、住環境を率先して壊しているのが、政治家や財閥に代表される権力そのものと言えるのです。

福島原発事故に見られるような原子力をも含め、人間社会にあってはならないものに対する拒絶活動はそこかしこで起こすべきでしょう。 法を犯すわけにはいきませんが、ゲリラ戦法が考えられるのは市民の特権でしょう。



上映後、制作されたチョ・ソンボン監督とのトークと質疑応答。もう少し通訳に長けた方がおられれば、参加者の質問の意図が正確に監督に伝わっただろうし、監督が話された事の意味も分かったことでしょう。 そんな所がちょっと残念でした。
それと今の韓国は北朝鮮との休戦状態にあるということで、一見平和と見られる日本とは政治や社会状況が異なるということでしょう。




「クロムビの歌を聴け」という映画に合わせまとめられた書籍が販売されていましたので、早速購入しました。


映画の中でもしばしば登場しましたが、カトリック教会の司祭達も住民の反対活動に参加し、工事現場での座り込みやピケ、ミサをたてることもしばしば行っているそうです。
警官が排除行動をする中、へニョン(海女)と思われる太ってるけどバイタリティー溢れ、元気に声を出し俊敏に動いていた女性(映画の中では警官やガードマンが直接阻止できないよう、上着を脱いてブラジャーだけの姿になっていたのでした)、そして、長い白ひげをはやしたお爺さんの姿が目にとまりました。


このお爺さんは、カトリック教会の現役の司祭だそうで、「イエス様は路上の人」であったと、「路上の神父」を実践している由。 確かに、大きな教会・寺院や金ピカの祭壇に神様や仏様がいるとは到底思われません。 「アカの神父」とか「「暴力司祭」などと揶揄されることがあるようですが、貧者の中にこそ神がいるという、この文正鉉(ムン・ジョンヒョン)司祭の姿そのものが宗教者の姿であると確信しました。

大阪・釜ヶ崎で日雇い労働者の救済に奔走されている本田哲郎神父、またソウル市内のスラム街であった清渓川(チョンゲチョン)流域で惜しみなく援助をおこなっていた日本の牧師さん、そういった方々に触れると、まだまだ人間は捨てたものではないと、元気が湧いてくるものです。

昨年10月、チェジュ平和祭が催され、日本と韓国の市民が集い、その時に上映された本映画を日本でも自主上映しようと組織づくりがされたそうです。
あの時、もし行っていれば、チェジュの別の面を早いうちに知ることができただろうにと、参加しなかったことに残念な思いをしています。

と言うのは、チェジュには、スペインの巡礼路カミーノに似せた道オルレ(オレッキル)があり、2009年11月にここを歩いたことがあるからです。
親しくなった韓国のご夫婦が案内してくれたのですが、その方達は一部歩いているからと順路通りでなく、8番目辺りから歩き出しました。

カンジョン村の基地建設は2007年から始まっていたとのことで、その場所はオレッキルの7番目近くだそうで、友人はその場所を見させたくないため、あえて避けたのではないかと分かったのでした。

カンジョン村の沖合に虎島、少し離れて森島があるようです。

以下に、その時の写真を残しておきます。



1800年代、布教に出かけた韓国人司祭の船が難破した場所だと、メモリアルの教会がありました。
韓ドラの時代劇で見るような刑場の諸々が展示されていました。
当時難破した船を復元したそうです。
チェジュは蜜柑の産地で、歩いていると農家の方が持っていけと沢山の美味しい蜜柑をくれます。 その蜜柑から作った蜜柑マッコリ。 普通のマッコリの倍の値段ですが、それなりに美味しかったと記憶しています。
あちこちにトルハルバン。


イルチュルボンでは肝心の日の出が見られませんでした。


牛島(うと)という小島へ渡ったのですが、そこの水にやられて下痢、体調不良となってオルレ歩きを中断してしまいました。


2015年3月28日土曜日

妙高戸隠連山国立公園が誕生

しばらく前、上信越高原国立公園から黒姫(信濃町)が外されてしまうと伝え聞き、「何で〜」と、またまた我が地域は蚊帳の外に置かれてしまうのかと過疎に拍車がかかるのではと心配していました。

そして、今日、旧来の上信越高原国立公園から分離した妙高戸隠連山国立公園が発足したというニュースに接し、やっぱり黒姫は外されたのかと残念に思っていた所、妙高市のホームページの説明を見たら、妙高火山群と戸隠連峰という多様な火山と非火山が集中している場所として新たな制定が行われたとのことで、その妙高火山群の中に黒姫山や飯綱山が入っていたのでした。
そして、公園の範囲が示されていて、逆に斑尾山がはずれているようです。


この制定が観光振興の礎になれば嬉しいですが、地元にとって具体的に何が関わってくるのか私などには一向に分かりません。
私が北信五岳のうち登ったのは黒姫と斑尾、飯綱(霊泉寺)だけ。 私の体力からすると戸隠はちょっと無理そうだし、お花畑のある妙高山にはぜひ登ってみたい。

◯空から見た上信越高原国立公園 〜妙高・戸隠地域

◯空から見た妙高山の自然

2015年3月27日金曜日

Google Mapsのストリートビューで信濃町が見られます

(3/28追記)
ストリートビューで我が家を見ると、ちょうど天気の良い日で愛車を車庫からだして、布団を干していました。
我が家の車は見かけることが少ない型で、車輛の前後に付いているメーカーのマーク(エンブレム?)や塗色、形で所有者を特定されてしまう恐れがあると感じました(勝手に思っています)。
ナンバーは消されていますが、停まっている車から、「ここが誰それの家かな」などと見ず知らずの人から思われるのは何となく気持ちが悪いと思い、グーグルにボカシを申し入れたのでした。
問題を報告して12時間ほどで、解決のメールが届き、先ほど解決されたイメージを確認しました。


プライバシーに対する意識はそれぞれ個々により異なりますが、やはり守ることができるのであれば、こういったこともしておきたいですね。
(追記了)

Googleが提供している地図をズームアップしていくと、ストリートビューという町中風景を写真で見られることが周知になりつつあり、当初はプライバシー侵害だとか、ドロボーさんの事前調査に使われてしまうという声がよく聞こえていましたが、今や誰もが便利に使っているようで不協和音は聞こえなくなっているようです。
でも、そんな町中写真が見られるのは大都市圏の話しだと思っていたのでした。

先日、何気にGoogle Mapsで信濃町を見ていたのですが、何と、そのストリートビューで信濃町が見られることに気づきました。
さすが袋小路の道とか、普通車が入れない細い道には踏み込んでいないようですが、かなりの山道でも写っていて驚きでした。

撮影は、昨年2014年9月頃のようです。

Google地図を見ていくと、右下に人形の形をしたペグマンが現れていて、これをクリックすると「ストリートビューを表示できます」というような文言が現れ、地図上には青い線が現れます。 青い線上で、ストリートビューが見られるということで、目的の場所でクリックすると、すぐに町中風景を見ることができます。


一応、通行人の顔や車のナンバーにはぼかしが入っていますが、周囲の風景で場所や誰の家であることが分かってしまいます。
人によってプライバシーに対する考え方が異なり、公開を嫌だという方もおられるでしょう。

表示された家や車などの写真が具合悪いと思ったら、その表示画面の右下の「問題の報告」をクリックし、フォームの中で理由などを記してグーグルに送れば、当該場所の写真にぼかしを入れてくれるそうです。

以下は、ストリートビューで見た風景例です。

役場ですね
野尻湖周遊道路
ホタルの乱舞で知られている戸草集落へ向かうトンネル。 昔、小型SLがここを走っていたそうです。

2015年3月25日水曜日

久しぶりになごり雪かな? (^_^;)

ここ三日間、春の雪が降っていますが、今朝は積雪5cmほどと一時一面が雪化粧されていました。でも、時に青空になったり、日差しが出ている中で、吹雪いたりする時もありましたが、湿った雪でしたのですぐに融けていました。
高速道路のインター付近の電光板には、「春でも冬装備で!」という意味の表示がされています。 いつ雪が降るかもしれないので、スタッドレスタイヤをまだ脱いではダメだよと言っているのでしょう。

久しぶりに長靴をはいて雪を除けました。

こういった雪を名残雪というのでしょうか、2年前の4月20日にはカタクリの花に雪が舞ったことがありました。

2015年3月22日日曜日

観光列車「ろくもん」が北しなの線を走る

明日から「曇りときどき雪」といった不順な天候が続くようなので、先日来季用の薪にといただいた薪材の準備作業をしました。
そのままではストーブに入らない大きさであったり、枝分かれがあって薪積みがしにくい状態になっていたので、今年はじめてのチェーンソー作業をしました。
短時間の作業だと、そのままチェーンソーを使ったのですが、やはり目立てをしていないチェーンソーの切れ味が悪いです。 今夏、本格的に薪作りをする時にはきちんと目立てをしようと思います。


さて、14日に「北しなの線」が開通して、今日は記念の観光列車「ろくもん」が走る日でした。 妙高高原駅発14時38分、長野駅着16時20分と、通常の時刻表であれば40数分の距離を2倍以上の時間をかけて走ったようで、その分各駅での停車時間は長く、停車中にイベントもあったのでしょう。
賑わっているかもしれない黒姫駅へ行く気にもならず、いつもの通りの撮り鉄沿線に立ちました。
あずき色の渋い感じの車体がやって来ました。



(3/23追記)
信濃毎日新聞の23日の記事から
(追記了)

2015年3月21日土曜日

ブログのヘッダー写真を「しなの鉄道」にしました

昨日と一昨日はほぼ一日中霧がたちこめ、場所によっては車のライトをつけるほどでした。 そして、田んぼの白い雪面からは湯気のような蒸気が立ち上がって、それが霧になっているように思われました。 秋の放射冷却と似たような現象のように見えたのですが、詳しいことはわかりません。

今日はやっと良い天気になって温かく、雪の嵩はどんどん下がって、雪解け水が音をたてて側溝を流れ、川の水量も増えているようです。
また、屋根にいまだ雪を残している家では、雨だれのような音をたてて、雪解け水が落ちています。

そんな中、14日に開業したしなの鉄道北しなの線の撮り鉄に再び出かけました。
しなの鉄道の塗色である赤と灰色の車輛を期待してカメラを構えると、そういう時に限ってJRの従来の車輛が通過するのでした。 JR車輛には「しなの鉄道」あるいは「SHINANO RAILWAY」と表示された大きなシールが貼られていますが、徐々にしなの鉄道の塗色に変わっていくのでしょう。


14日の開通日、しなの鉄道塗色の車輛を見て、なかなかいい色だなと思ったのですが、さすが毎日見ていると目がなれてきてしまいます。


でも、雪景色や新緑、あるいは稔りの秋などと一緒に撮ったら、いい写真ができるのではと思い、これからも機会あるごとに沿線に立とうと思います。
それにしても、信越線でなくなったら、撮り鉄ファンの人影がまったくなくなってしまいました。 「しなの鉄道」を撮りに来てほしいですね。
そして、明日は「ろくもん」が走る。


と書いてから、しなの鉄道HPを見たら、しなの鉄道には湘南色の169系という車輛がある由。
こちらの写真はJRの時に撮ったものですが、同じ塗色の車輛が北しなの線にも乗り入れているのかもしれません。

2015年3月18日水曜日

消雪用に肥料を購入

今日は、朝のうちは晴れて山々が見えていましたが、明日からは天気が崩れるようです。
日中の気温は15度ほどまで上がり、積もった雪はどんどん融け、ちょっと外仕事をすると汗にまみれTシャツ1枚になっていました。
昨年、森林組合から5トンの薪材を購入し、薪を作って冬の暖をとっていましたが、そろそろ底をつく量となり、と同時に暖かさゆえに薪を焚くことも少なくなりそうです。


今日は、畑の消雪用に肥料を農協から購入してきました。 畑に積もった雪の上に撒くと雪がはやくとけ、そして畑の栄養にもなるというわけです。
畑の苗植えは5月にならないとできないでしょうが、それまでに消雪して石灰や肥料をまいて、トラクターで畑起こしをしなければなりません。 そういった作業の第一歩ということでしょう。


牛糞から作られる堆肥は、以前は「黒姫モーちゃん」という名でしたが、最近は「まきばのモーちゃん」に変わっています。

14日から町内を走る鉄路は、JR信越線からしなの鉄道北しなの線となり、沿線で撮り鉄をしている姿もほとんど見られなくなりました。
朝のうちはよく晴れていたので、しなの鉄道の電車を撮ろうと、いつもの場所に撮り鉄に行きましたが、やってきたのはこれまでのJRの車輛で、しなの鉄道の赤色の車輛は移動中に慌てて撮影、タイミングを逃しました。




2015年3月17日火曜日

信濃町に計画されていた産廃最終処分場の建設を業者が断念

生コンや建設、輸送などの業を一手に行っているという、長野市にある高見沢という会社が、長野県と新潟県の県境である信濃町の山林に産業廃棄物最終処分場(単にシートを敷いて廃棄物を埋めるということでしょう)建設を計画し、町内でも数度高見沢による説明会がありましたが、ここ数年全く動きが見られず、たぶん町民の多くが産廃問題を忘れかけていたのではないかと思います。

そんな中、近隣市町村の反対があって、高見沢は産廃施設の建設を断念したと聞き、ネット検索したら3月2日高見沢発表のお知らせが見つかりました。


何重かのシートを敷いて埋め立てを行うと言うものの、大気や土壌、水質汚染が全くないとは言えませんし、ダイオキシンやアスベストといった有害物質の漏れも当然考えられるわけで、もし実行に移されていれば、原発事故に関連した放射能にまみれた廃材が混載されたかもしれません。 予定地に一番近い大学村という別荘地は600mほどの距離ですので、身体への悪影響が懸念され、やすらぎの森が公害の森になる恐れがあったわけです。

有害物質が雨水とともに近くの一級河川である関川に流れ出ることも考えられ、妙高市や上越市でも他人ごとではないでしょうと、私はその危険性についてのメールを発信したことがありました。

結果、信濃町ばかりでなく妙高市や上越市でも設置反対の議決がされていました。


でも予定地の山林所有者であろう、長野県へ賛成請願をされていた町民もおられたのでした。

信濃町にあっては、前町長が設置に反対すると言いながらも、その態度は明確ではなく、町民にとっては健康被害や廃棄物運搬トラックによる交通トラブルなどが心配され、不安な思いであったと思います。 町民向け説明会では、長野県庁の然るべき部署から高見沢へ出向あるいは転籍してきたという、住民対策に秀でた?担当者が説明をしていましたが、そういう事実も県と高見沢が一緒になってそのまま実施させてしまうのではと住民の懸念を倍増させるものであったでしょう。

その後、5〜6年の間でしょうか、高見沢の動きが見られず、町内で産廃が話題になることが少なくなっていたようでした。
そんな折り、昨今の衰退経済の中で、産廃施設の建設は商売にならないと思ったのでしょうか、高見沢が地域の反対にあい建設を断念することにしたと発表したとのことです。

高見沢が購入した山林は信濃町に寄贈するという話があるようですが、真偽は分かりません。

どちらにしても信濃町の自然を汚損する恐れのある事案が消えたことは歓迎すべきでしょう。

遡ること2008年、産廃施設建設を憂慮する有志が、産廃予定地の実査を計画したので、私達も参加しました。
当時、高速道路の拡幅工事が行われていて、まずそこから生じだ瓦礫を含んだ残土を野尻やすらぎの森矢保利の館先に埋めたと、工事関係者の説明を受けながら埋立地を見学。


そして埋立地の下部、底地というのでしょうか、水が滲み出る部分を見て、

この湧き水は池尻川に注ぎ、その場所には東北電力池尻発電所がありました。

一旦、県境の国道脇に出てから、産廃予定地の山道へと上って行きました。見晴らしの良い場所で、一方の真下には関川が流れていたように記憶しています。


付近の木々には、飛来してくる鳥たちの生態を調査しようと自動カメラが設置されていました。