お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

災害列島ジャパン自衛せよ!

人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

*2012年6月、ブログ「続・黒姫高原はんぐろ日記」を開設し、自宅サーバで運用してきたブログ「黒姫高原・はんぐろ日記」の記事等をこちらへ移行しました。 2012年5月以前の記事に載せた写真等はおいおい移行しようと思っていますが、当面ブランクのままの表示となっています。 また従前から開いていたホームページ「黒姫高原・コム」は2015年1月に閉鎖しました。

*所有ドメイン名 kurohimekogen.com, kurohime.com, kurohime.info は順次放棄することにし、当ブログへの転送設定も停止しております。

*新聞の切り抜き等で拡大表示しても文字の判読が難しい時があります。 そのような場合は、切り抜き画像をパソコンにダウンロードしてから表示されると読みやすくなります。

*the world is coming to an end*



*お問い合わせメールは、kurohimekogen●gmail●comへ(●は文字を入れ換え、すべて半角で)

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2016年2月28日日曜日

息子が社内ツアーで斑尾高原に

社内のスキーツアーに来ていた息子が、一晩だけ我が家に寄って今日東京へ帰って行きました。

金曜日の晩に東京を経って、北陸新幹線を利用し飯山駅経由で斑尾高原へ2時間余りで到着したらしい。
香港からの参加者もいたとかで、行きの車内では、英語やフランス語が飛び交い、かなりの騒ぎであったとか、日本国籍の息子としては同乗のお客さんに少なからず申し訳ないと気がかりになっていたとのこと。
そういえば、20数年前の週末に、上野発20時の最終特急あさまに乗ってくると、牟礼駅や古間駅あたりでホームに積もっている雪をとっては騒いでいる外国人の姿がよく見られていました。 そんな情景が思い出される、息子の話しであったのです。

息子は、この25年ほど、黒姫、飯綱、戸隠、杉野沢、赤倉と滑っていましたが、斑尾はたぶんはじめてではなかったかと思う。 ゲレンデトップの1000m付近からはかなりの眺望もあって、気に入ったゲレンデになったようです。
色々パンフレットをもらってきていましたが、それらを見ると、黒姫や妙高とはかなり異なる観光資源のようにも思われました。


北陸新幹線の開通で飯山市にどんなメリットがあるのか疑問に思っていましたが、野沢温泉や斑尾高原の玄関口になっていることに、幹線鉄道や幹線道路が地域の観光にいかに貢献しているかを知りました。
でも我が家から斑尾高原までは車で25分ほど。 これまで斑尾山に登ることしかしてきませんでしたが、色々な楽しみ方ができる場所だとはじめて知った次第です。

ただ、黒姫高原スキー場(当初は国鉄、交通公社、双日など,伊勢見山や前山ゲレンデは町や農協など地元が)を含め、立ちいかなくなった全国のスキー場を(たぶん)たたいて買っているであろう、兵庫県の マックアースという会社が経営していることに、しかも裏ではいくつかの投資会社がうごめいているであろうことに、どことなく不安を覚えるものがあります。 利益のでなくなったスキー場は放置されることでしょう。 一極集中のようなゲレンデ経営と地方再生は、どことなく相反するものがあるのではないかと、あやぶいものが感じられてしまうのでした。

そしてブラウザを色々開いていると、近隣の宿泊所の広告が出てくるんですね。 信濃町にいて信濃町のホテルやペンションが表示されてもあまり広告にならないと思うのですが、お客さんを呼ぶために経営されている方は色々ご苦労されているのでしょう。


2016年2月24日水曜日

憲法9条を支持しているアメリカの若者たち

(以下、Youtube掲載頁から引用)

2016/02/21 に公開
このホリデーシーズン、ボストンの若者たちは、国際紛争を解決する手段としての戦争放­棄を掲げた日本国憲法第9条について学ぶために集まりました。残念なことに、日本政府­は日本人50%以上の意志に反し、日本が再び戦争に参画できるよう憲法第9条を再解釈­しようとしています。憲法第9条を守るために戦っている日本の皆さんに、ボストンの若­者から伝えたい言葉があります。

This holiday season, Bostonians came together to learn about the Japanese Constitution, in which Japan renounces war as a means of settling international disputes. Unfortunately, the Japanese government is trying to reinterpret Article 9, against the will of over 50% of Japanese, so Japan can once again go to war. Here is what Bostonians had to say to Japanese fighting to protect Article 9.


2016年2月20日土曜日

日本国憲法改悪の動きに対する学習会の開催

信濃町9条の会が、憲法9条改悪にかかわる学習会を予定しています。

日時:2月21日(日) 14〜16時半頃
場所:信濃町総合会館 1階教室
内容:山口光昭さんのお話ほか


講師の山口光昭さんは長野中央病院理事長などの経歴をお持ちの方で、過日、信濃町9条の会総会の時に初めてお話をうかがいましたが、お話が大変明確で論理だっており、希望をもって9条改悪阻止への活動を進めましょうと閉じておられました。

大変温厚な方で、昨年12月、長野市内で行われた「沖縄県民のたたかいに連帯する長野県民のつどい」にも参加されておられました。
また、先日の講演会で、自民党の「日本国憲法改正草案」を入手しましたが、これを見ると戦前回帰、八紘一宇の世界そのものに感じられます。 一つ例をあげると、現在は容疑者逮捕には裁判所の令状が必要とされていますが、自民党案では現場の警察官検察官の恣意的判断で逮捕勾留ができるとあります。


戦前、プロレタリア作家であった小林多喜二が、理由もなく警察に逮捕され、刑務所内の暴力的な自白強要で亡くなりましたが、あの暗い時代を思わせるような自民党の改正案なのです。
三浦綾子さんの作品「母」を読むと、小林多喜二は政府転覆を企てるような人物ではなく、お金がなく売られた娘さんを助けようと奔走もしていた、優しい人柄の持ち主なのでした。 容疑者を殺してしまった官憲の罪は何も問われていないのです。

戦後半世紀を越えても司法による冤罪は蔓延しており、しかも、政府や大臣などに直接かかわる賄賂や重要案件の中心人物は、公権力によって抹殺されることもある。 政治家や官僚、秘書などの自殺というのは、往々にして見せしめと口封じを、権力にからんだ闇が処置するものと思われます。 また、麻薬や痴漢事件など、公権力が自作自演し、運動家を貶めるケースは枚挙に暇がない。
憲法が改悪されたら、暗黒時代到来ということでしょう。

今、日本という国の行方を憂慮しなかったら、我々の子々孫々が苦しむことになるのです。 戦後70年、憲法9条があったからこそ、自衛隊員も守られてきたことを考えてほしいものです。

戦前、反戦活動で投獄もされたという創価学会は、いまや自民党と組みして戦争への道を進んでいます。 創価学会・公明党は、平和の党では全く無く、いまや権益を追い求めるだけの烏合の衆なのです。

あの暗い時代に、「戦争は罪悪である」と説いた、竹中彰元という僧侶がいたことを忘れてはならない。








2016年2月19日金曜日

石油(灯油)ストーブを購入

この所、明け方は冷えても昼間は天気が良くて温かく、積もった雪はどんどんとけて、買い物がてらに通りを歩くだけでしたら長靴を履く必要もありません。
畑の縁や法面など日当たりの良い場所はベトが見えています。 空気もどことなく春を思わせる感じで、この陽気は3月頃だなという感じですね。 ブルーベリーの根本も見られるようになっています。


先日、柑橘類を毎年購入している四国の農家の方と話したら、例年に比べ果物の成りが一月も早いとのことで、それだけ市場からは早く無くなるでしょう。 雪国の積雪が少ないことと、温暖地域での果樹の生育の早さは、その要因がどこかでつながっているのかも知れません。

さて、冬が終わりかけると、冬物在庫セールのアナウンスなどがよく見聞きするようになります。
そんな中で、今回は石油ストーブを購入しました。


我が家では暖房器具として
薪ストーブ、床暖(灯油)、アラジン、FF、電気カーペット、電気毛布、湯たんぽ
を部屋の状況によって使っています。 以前は居間を中心に床暖を使っていましたが、灯油価格の高騰から月に3万円以上の出費となり、せっせと薪作りに精を出すようになり、薪ストーブにシフトしました。 ただ、薪ストーブはすぐに温かくならないし、夜中には火が絶えてしまいます。

そこらへんを補う暖房としてFFや電気カーペットがあるわけですが、災害などで電気が来なくなった時の用心として何が良いかと考えた時、乾電池もしくはマッチで点火できるコロナのストーブに目が止まりました。

灯油ストーブは、これまでパーフェクションとアラジンを使ってきましたが、今では、パーフェクションの替芯を購入できず、また全面ガラスで見た目の暖かさはあるのですが、灯油消費量が多い。

アラジンも2台を修理して来たのですが、穏やかな暖かさがある反面、部屋を一気に温めることができません。

あれやこれやで、万一のことも考え、コロナの石油ストーブを加えることとなりました。 消火したあとの、灯油特有の嫌な匂いがしないのはいいですね。

2016年2月15日月曜日

御鹿池、御鹿山周辺をスノーシュー・ウォーク

氷爆「幻の大滝」”を見に行く会があると知り、過日から楽しみにしていたのですが、今朝集合場所に行ってみたら、ここ数日の温暖気候で氷爆は見事に落ちてしまった由。


それでも淡い期待を抱いて、9時半ウォークを開始。 例年なら新雪を踏むと10cmも20cmも踏み込んでいくのに、やや凍りついた雪面を歩いている感じ。
御鹿池周辺のベンチは見え、いつもなら東屋の柱がほとんど隠れてしまうのに、しっかりと見えていました。

御鹿池の水面の氷結は狭くなり、鴨が戯れていました。 1月下旬、氷結はかなり厚くて池の中の島に渡れたそうです。

御鹿池の出水路を越えて、しばらく斜面を登って行くと、林道に出てさらに登りました。
まもなく表登山道に達するという所で森に入り、キハダの大木にであったりして帰ってきましたが、表登山道に入らずに林道をさらに進むと、大滝が見えてくるそうです。 今回、氷爆が見られなかったのは残念ですが、林道をはずれない限り、難しい道ではないので、次の機会に是非訪ねたいと思います。



キハダをちょこっと傷つけて、「良薬は口に苦し」を実践。

こちらはキハダの大木で、黒姫山中で一番大きいそうです。


冷沢(ツメタザワ or チベタザワ)?


御鹿池に戻ってきました。 結氷エリアが随分と小さくなっているそうです。

2016年2月14日日曜日

3月のような日和が続く

マイナス15度を下回るような気温の日が続いたと思ったら、12〜14日は春を思わせるような(立春が過ぎているので暦上では春なのですが)、温かい3月のような陽気となっています。
そよぐ風は温かく、積もった雪はどんどん融けて、その嵩を下げ、田圃の畦やベトが見えるほどとなっています。 1ヶ月先の3月中旬を思わせるような様相だと感じられます。

今日は朝から放射冷却現象の一種なのでしょうか、雪原からは靄のような煙が立ち込め、それが山陰や家並みを隠したり現したりと、普段とは異なる風景を見せてくれ、陽射しが出た時には妙高山にかけて虹が見られました。

でも、明日からは雪だるまの予報ですので、気候は平年に戻ることでしょう。









今日は、冬一回の古紙と小型家電の収集日。 可燃(生)ゴミや容器包装プラスティックの回収は冬でも一定日にありますが、雪の時期になると、古紙やビンカンなどのゴミ回収がお休みになってしまい、今日のような機会は置き場の少ない我が家にとっては大事なのです。

例年、この日は天候が悪く雪降りになることもあるのに、今日はわずかに雨が落ちている空模様で、忘れないうちにと9時過ぎに役場へ行ったら、車の長い行列で、しばし待機。
国道から入る道に行列が出来るので、病院側など脇道から役場の駐車場に入ってきた車は行列に入りにくく難儀していたようでした。

2016年2月4日木曜日

水道が凍る日々が続いている


この冬に入って雪が少なく比較的温かい日が続いていると思ったら、この所冷える日があって、昨日と今日は朝マイナス13〜14度とかなり冷えています。 今冬、零下10度を切ったのは3日目であったと思います。
そんな日は、家屋内の水道栓がそこかしこで凍って出ないのです。

朝6〜7時頃が一番冷えるので、その前にトイレなどに起きた時は温度計を見て、凍結防止帯の電源を入れるか判断します。
それでも我が家はボイラーからの管に巻いた凍結防止帯が弱いせいか、また温水管のせいか、水道管より早く凍るように思われます。(凍結防止帯を入れっぱなしにしておくと電気代が大変なことになります。 節電対策の器具もあるのですが、信頼できるものであるか不安で使っていません)

また、排水管のどこかで水溜りができているのでしょう、凍って排水が流れていきません。 不在の時は、車の不凍液を薄めていれているのですが、在住の時にそんなことをつい忘れてしまいます。

とは言うものの、極端に冷えて水道が凍っても、そんな日は往々にして晴天となり、日中は太陽があたり温かくなって、昼前後には水道管は通っているので、しばしの我慢で特段の問題とはなりません。 ただ漏水となると大変なことになってしまいます。

2016年2月2日火曜日

佐藤初女さんが亡くなった

青森県弘前で、疲れた人達に手を貸す仕事をされていた、「森のイスキア」主宰の佐藤初女さんが昨日亡くなったとのことです。
初女さんのことを知ったのは、「地球交響楽(ガイアシンフォニー)二番」 。




初女さんは、日本人が営々と生き歴史を積み重ねて来れたのは「ご飯と味噌汁」があるからで、「人と人との縁」を大事にしたいと、初女さんのおにぎりは、おにぎりと言わず、「おむすび」だと仰っていたそうです。


2002年、家内はこのイスキアを訪ね、初女さんのお話を聞き、「初女さんのおむすび」を教えていただいてきました。

20年を越えた今でも、私達は外出で食事時間にかかる時は、この「おむすび」を持って出かけることがあります。 「穀ちから」というのでしょう、初女さんのおむすびは、ご飯茶わん一杯で作るので、かなり大きいし、私などは一つでお腹が満たされてしまいます。
小林一茶は、柏原(信濃町)と江戸の間を、一日に10里(40kmほど)という早さで歩いたそうですが、その源はお米であったそうです。

昨今、高齢になられ講演もたびたびで、イスキアでの教室は申し込んでも数年待ちになっていたそうです。

弘前城の桜の再生に、ご主人の又一さんが大変な努力をされたものの50代で先立ち、一人息子さんも早世されたようで、昨今、テレビや誌面などで見られた初女さんの姿は、大変なご苦労や悲哀の陰に生まれたもののようです。