お知らせ

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*自戒を込めて-> テレビ(大手メディアを含め)はバカ箱ウソ箱
ニュースやワイドショーからは嘘を植えつけられるし、思考痴呆にもなります。

日本の政治や社会を、自分の眼で見て、自分の頭で考えるようにしたいものです。

「公共放送」と名乗っている局や態勢迎合の低俗局、大手新聞社等は時の政府になびくような番組や紙面作りをし国民を騙し洗脳しているのです。 「ゴミ箱」同様の「マスゴミ」情報は信用に値するものであるか、自分の頭で判断したいものです。

*ネットニュースにも、偏狭(偏狂)新聞社やテレビ局のものが掲載されています。 やみくもに信用しない、鵜呑みにしないことが大事ですね。

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人と防災未来センター

八木下重義ー地震予兆研究センター

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2017年3月31日金曜日

「信州の山から阿蘇の山へ」熊本地震被災地へ

(4/12追記)
Yahooニュース4/4の、熊本県知事へのヒアリング記事にあった阿蘇大橋崩落現場の空からの写真。
この写真の右上の赤い屋根が、東海大学の学舎に通ずる道にあるレストラン「まるでん」。被災地をたずねた最終日に、営業再開に向けての建屋内の片付けを手伝いました。
そして、同行された長野放送のスタッフが制作された被災地の映像が12日(水)夕方6時頃に放送されるとのこと。
当方は、信濃町を留守にしていたし、そもそも我が家にはテレビがないので、見ることはできなかったですが、一緒に行った若者のコメントが印象的であったと、後刻信濃町から伝わって来ました。(追記了)

3月26日、信濃町議会議員選挙の投票結果を聞くこともなく、微力ながら熊本地震被災地への慰問コンサートと片付け援助などに出かけました。

選挙結果は、やはり地縁、血縁で得た候補者が多かったようで、住民の認識が旧いというか、思考が単一のように思えました。 憲法9条や自衛隊の海外派兵とかオスプレイ問題、税金や社会保障などなど、国政レベルの問題であっても、住民一人一人が考える問題であり、それらを町の議会を通して国政に伝えるのは大変大事なことで、候補者が町民の生活安全を考えなければという、認識を持っているかということも投票にあたっての判断基準になる筈なのです。

日米安保条約があって、アメリカの保護のもと、共産国というロシアや中国、北朝鮮から守ってもらうのだという、戦後、国によって教唆された思考に拘泥している方が実に多いと感じられます。 でも、アメリカは日本を利用しているだけなのです。 彼らは日本を守ると言いつつ日本国民の金を巻き上げるための手練手管を弄しているのです。
安倍政権が敵国と称する国々が日本を攻めるにしても、日本列島が戦場になるだけで、アメリカ本土は何も痛まず、日本を介在せずに、敵国と外交交渉をし、自国の利益を求め、日本は見捨てるかもしれません。 大国の論理なんてそんなものなのです。

そういった思考もなく、自公政権におもねているかも知れない候補者に投票するなんて、実に愚の骨頂と思えるのですが、そこまで思考が及ばないのが、日本各地で行われる地方選挙なのでしょう。


さて、東日本大震災被災地への救援活動を機に、信濃町に「災害支援信濃町連絡会」という組織が生まれ、現実に被災地でのきめ細かい被災者援助作業を展開されている「OPEN JAPAN」という組織の中心に居られる吉村誠司さんの手助けで、これまでも石巻などへの支援活動に出かけていましたが、今回は被災1年目となった熊本地震の被災地へ出かけることになりました。


参加者12名は、北陸道、名神道、阪神道経由で神戸へ。 神戸から大分まではフェリー、そして大分からは再び車利用。 音楽家4名は空路熊本空港へ。

まずは、道の駅で「かなばあちゃん」のお出迎えでしたが、あいにく天気が悪く、阿蘇連山は雲の中。


別荘あるいは老後に「終の棲家に」と建てられた家であろう、高野台住宅の被災状況を見聞。ここでは5名の方が亡くなられたとのこと。

つぶれた自動車が何台も放置され、その状態を見るだけで、地震の大きさを感じました。

建物に損傷があったものの住み続けられる方に、長野から同道してきたテレビ局スタッフがインタビューをしていました。

こちらは東海大学の学生さんが寝泊まりしていたアパートで、1階の車庫は跡形もなく、車は潰れていました。

崩落してしまった阿蘇大橋の現場です。 この橋がないため、現在はかなり遠回りを余儀なくされているようです。

この大橋の崩落は、揚水発電で山上に上げられた水が一気に流れ落ち、土石流のような形で橋を壊してしまったとのこと。
この谷の底で、親御さんが必死に探された最後の学生さんが見つかったとのこと。

午後からの仮設住宅でのコンサートに備え、事前に用意してきた「お焼き」を蒸す作業。 この作業の間、雹やアラレが降っていました。 雪国にいるような寒さでした。

近くの仮設住宅は地元の木造りで、何気に温かさを感じるものでしたが、他の仮設では東北で見るようなプレハブでした。

羽田からの空路でかろうじて間に合った演奏家のコンサートを終えて、皆さんと「お茶っこ」。 「お焼き」と「フルーツケーキ」、「延命茶」を皆さん堪能され、さらにお土産として差し上げました。
テレビクルーは、ここでも再びインタビュー。

翌日は一転快晴の空で、根子岳など阿蘇の連山が見え、山頂の谷あいには積雪がありました。

夜中に雹が降ったようで、車のフロントガラスにしっかりと氷がついていました。

標高600〜700mにある、地獄温泉、垂玉温泉の復旧活動に関わっている、「OPEN JAPAN」の面々の案内のもと、不要となった廃材を整理し、分別処理場へ運ぶ作業の手伝いをしました。

金物類や衣類布団などを分別しトラックに積載。

作業の合間に、旅館内を見学。 白く濁った温泉は体に良さそうですが、でも熱いとのこと。
「仇討ちの湯」という名の外風呂がありました。 上下に浴槽があり、昔は上が男性、下が女性でしたが、下を覗く男性が多く、ある時から上を女性、下を男性にしたそうで、そういった所から名付けられたそうです。

傾いた屋根がそれ以上にならないよう、当て木をした作業の説明を聞く。 来月にはここで復旧イベントを行う由。

100年以上を越えた建物だそうで、梁や柱がとてつもなく太かったです。

処理場への運び出しを待つ軽トラ。

午後からは温泉施設でのコンサート。午後と夕方と2度行いましたが、どちらも盛況で、演奏後の「お茶っこ」にも集まってくださり、地震発生時のこと、生活のことを明るく話されていて、これほどまでに明るくなれるのかと、逆にこちらが教えられるような場でした。


最終日は、レストランのオーナーが営業再開にむけて準備をされていると、被災した店舗から机や椅子、照明器具、エアコン、食器類などを運び出して、倉庫へ搬出の手伝い。
わずかな時間でしたが、多勢ですと、意外に片付けがスムースに行われるのでした。


最後の演奏会は益城町のとある保育園。 後刻聞く所によると、園児たちがたいそう喜んでくれ、手拍子をしすぎて疲れてしまった子供たちもいたとのこと。 我々は雨降りの中、益城町周辺の被災状況を見聞。

熊本ラーメンを食す機会を逸してしまいましたが、益城町内に1月から営業しているという復興商店街の食堂で食べた、「魚(鯖)定食」「チャンポン」が美味しかったです。

でも、益城町では他町への人口流出で空洞化を心配される方もおられるようで、震災が住民に与える影響はなかなか消えることはないようです。

そして大分港から帰路。

今回の短い時間内にボランティア活動に参加されている若者たちにも会いました。 被災地の現状を見るという単純な参加動機でしたが、被災者の明るさに逆に我々が勇気づけられると同時に、「明日は我が身」で、いつ身の回りで災害が起きるとも知れず、常々準備を怠らないよう、日々の生活の見直しの必要性を感じました。

また自分の身の回りを見て、家財道具など、持ち物を減らす必要性も感じました。

十数年前、高森田楽の里で、美味しい焼き物と酒で良い気持ちになり、根子岳が見える公園で一時満ち足りた記憶があったので、宿泊地に期待していたのですが、泊った「休暇村」では冷めた料理ばかりで、連泊なのに、翌日も全く同じ料理で、しかも食事中なのにオーダーストップと、つれない返事で、だいぶがっかりでした。 それだけが残念でした。

神戸には、阪神淡路大震災を忘れないためでしょう、「人と防災未来センター」があります。 こういった施設を見学することも、災害に対する認識を新たにすることができます。

こちらは入手した小冊子やパンフレットで、地元建設業者が「くまもと型復興住宅」を提供すべく情報を提供されている由。 どれも平屋でした。





2017年3月25日土曜日

選挙活動も最終日となりました

今朝起きてみたら、辺りは白一色で、どうも夜間に雪が舞い降りたようで、積雪5cmほどでした。 山の方はもっと降ったことでしょう。
そして、気温はマイナス6度。 この時期としてはかなり冷えていたでしょう。


まぁ、日中は晴れてお日様も出ましたので、降った雪はすぐにとけています。

さて、信濃町議会議員選挙の立候補活動の最終日となりました。
相変わらず、立候補者名の連呼の車が行ったり来たりしており、何気に賑やかというか、スピーカーから聞こえる運動員の声にも力が入って、上ずっているようにも感じられています。

そうか、4年前の選挙では、立候補者数と定員が同数であったため、選挙が行われず、立候補者は無風で議員職にありつけていたわけです。
今回、現職の方も町民の評価をどれだけ捉えているか分からず、その分、今回の選挙活動に力が入っているのではないかと思われます。

さて、今回の選挙では、立候補者が次の5点についてどのように考え判断しているのか、町民が知らなければならないと思います。 病院問題は、かなり大きなテーマだし、現町長も2年前の選挙では町民に対して約束していましたので、ここでは除外しておきましょう。

1.水道料金の値上げ
2.オスプレイの町への飛来
3.米価対策を求める
4.TPP批准反対
5.病院問題

1〜4までについての、現(前)職の方(引退議員除く)の判断。
1.水道料金値上げ 賛成
  石川広之
  佐藤武雄
  橋崎一雄
  酒井聡

2.オスプレイの町への飛来 賛成
  石川広之
  佐藤武雄
  酒井聡
  橋崎一雄
  湊喜一

3.米価対策を求める 反対
  石川広之
  佐藤武雄
  青柳秀吉
  橋崎一雄
  湊喜一

4.TPP批准反対 批准に賛成
  石川広之
  佐藤武雄
  酒井聡
  青柳秀吉
  橋崎一雄
  湊喜一
 特に、水道料金値上げやオスプレイ飛来は、町民の生活に直接関わるものなので、なぜ値上げに賛成したのか、なぜ飛来を認めるのか、そういった、ご自分の判断について、この選挙期間中に、町民に対し説明する義務があると思います。

(山奥の寒村にいながら、「国会の与党ー自民・公明・維新 対 野党」という構図が見え隠れしているような、反対勢力のものは何でも反対だという、本末転倒な雰囲気が漂っているような気もします)

何の言明もなく、町民の安全や福利を阻害するような事に同意したとしたら、別の意図があるのではないかと勘ぐることもできてしまいます。

立候補者名の連呼だけでなく、要所要所で立ち止まって、数分、所信を表明すれば、そういった誤解もなく、有権者の賛意を得ることもできるでしょう。

今日も郵便受けにチラシが入っていました。 候補者を特定するような記載はありませんでしたが、候補者としてあるべき文言がありましたので、ここに貼り付けてみました。
議員としての自分の役割、目的を明確にし選挙活動されている方と、ただ名前の連呼で回っている方とでは、議員になってからの働きにも大きな差が出て来ることでしょう。
住民のことを真に考えてくれる候補者に一票を投じたいものですね。


もっと、町民に寄り添った、地についた選挙活動を、当選の暁にはきめ細かい議員活動に専念してほしいと、つくづく思うものです。
それらにより、「信濃町を魅力ある町」にすることができるのです。

さて、残り時間もあとわずかになって来ました。


2017年3月23日木曜日

信濃町町議会議員選挙は後半に入りました

農協から消雪用に牛糞ベースの堆肥「モーちゃん」を購入し、今日は畑に撒きました。

季節が変われば、自然と雪は溶けるものですが、あれこれ畑の準備をするためには早く雪が消えた方が良いであろうと、雪山に肥料を撒いたわけです。

と、撒いた途端に、雪が降ってきました。 積もるほどではないでしょうが、名残りの雪はなかなか終わらないようです。


さて21日から始まった信濃町の町議会議員選挙は、14名の現議員のうち5名が退任し(退任って表現は?)、9名の方が再選にむけて立候補し、4名の新人をあわせ13名の方が選挙戦に望んでいます。
今回から議席数が12となりましたので、1名の方が落選の憂き目にあうことになります。

選挙活動が21日から始まったわけですが、ご多分に漏れず、選挙カーからは立候補者名の連呼しか聞こえてきません。

加え、「お騒がせしております」「ご挨拶にまいりました」「よろしくお願いします」「頑張ってまいります」という、意味のない空虚な言葉の連続。

現職の方であれば、4年間の反省やら次期に向けての抱負があるでしょうし、新人であればそれ以上に責任に感じている言葉があるべきでしょう。

それなのに、「候補者名の連呼」だけって、何でしょう。

たまたま施政方針演説をされる選挙カーが来ると聞き入ってしまうし、連呼ばかりの車が来ると、(選挙権は無いのですが)、そんな候補には絶対入れないぞと思っていまうのです。

信濃町には、いまだ昔の「村」から派生した、「区」や「組」という組織が現存しており、今でも自分の区から候補者を擁立するという考えがあるようです。
「町を良くする」という一点にあるべきですが、「地縁」「縁戚」で候補を選ぶという、時代錯誤が現存していいるような気もします。 それを翻すのはなかなか難しいものがあるのでしょう。

今日、郵便受けに入っていた今年4回目の黒姫民報には、

こんなカットがありました。
過去4年間の16回の議会で、2回しか、また、5回しか質問しなかった議員がいたとのこと。
どなたかはわかりませんが、当該議員のあまりの認識の無さに唖然としました。
誰が発議しようが、議場で提示された案件について、自ら学習し、住民のためになるような考えを巡らし、議場で反論するなり、賛意するなり、対案を示すなりすべきでしょう。
沈思黙考したまま、議員報酬に拘泥した議員が、この4年の間には居られたということですね。

これを見ても、私が議場を傍聴した時の印象は間違いなかったのです。

そんな議員を選んだ町民は深く反省すべきだし、次には同じような間違えのない投票をするのだという気構えを持つべきでしょう。(前回の議員選挙は無投票でしたが、‥)

今回、5人の現職が辞めましたが、直近の議会での議決は住民の安全な生活にとってはなはだ大事なことでした。

今や、オスプレイの「爆音が 通り抜ける 信濃町」になっているのです。

2005年にアメリカで運用されたオスプレイは旧弊した軍用機となり、しばしば事故を起こしていて、その払下げが自衛隊に回っているのです。

「自然」を生業に、町おこしをしようとしている信濃町にとって、オスプレイは全く相応しくない存在なのに、その飛来に迎合した町会議員が過半数を占めていたのでした。

「水道料値上げ」「オスプレイ飛来」に異議をとなえず、議員職を辞した前議員については、その責をもっと問われるべきでしょう。

選挙公報を見ました。 立候補者の公約というよりは、各自の感想やら個人的な考えを述べたような「お知らせ」という感じがしています。
立候補の目的をきちんと述べている方がいると思えば、個人的な感想というか、何を述べているか分からない方も居られます。
選挙民の方が、そういった状況をきちんと精査し、みずから判断されることを願うばかりです。

町政選挙に対する見識の無さが、結局は間違った国政を許しているのでしょう。

今回の議員選挙に際し、議員方の諸々の動きに対し、その不十分さが色々巡っているのですが、遡ること2年数ヶ月前には町長選挙が行われました。

現在は、2014年11月に選ばれた、新しい町長のもとに町政が行われてきているわけですが、その任期の前半が終わり、当初の公約に即した町政が行われてきたか、精査、検分された町民の方はどの程度居られるでしょうか?

投票した政治家が思う方向に進んでいるか、常にチェックするのは選挙民の役目でしょう。

翻って、 2年前の選挙公報から

どんな選挙も同じですが、選んだ人がどういう活動、議場運営、行政をされているか、自分の思いに従っているか、時々思い起こし、チェックするという気持ちを、自分を含め、選挙民は持ちたいものです。


2017年3月20日月曜日

今週の信濃町は選挙週間

早朝の気温は0度前後と、極端に低くなることはなく、晴れた日となれば、日中窓辺にいると微睡むほどの温かさになります。
春になったこともあって青空は少なくなり、山々も霞んで見えてしまいます。

温かさにつられ時間つぶしにと、雪囲いを外したり、雪山にスコップを入れて崩すなどしています。 でも積もった雪が氷となって、雪囲いの足を固めている所はなかなか外れません。 窓から日差しが入り室内が明るくなりました。

近くの畑地や空き地に寄せられた除雪の山には、早く溶けるようにと、大型のユンボが来て崩しています。

薪棚もご覧の通り空っぽ。 5〜7月頃、森林組合から薪材を購入して、来年再来年のための薪づくりが始まります。

そんな春の準備をしていたら、何と明日の天気予報は雪。 ただ、湿雪と表示されており、地面に降り注いだ都度溶けてしまうことでしょう。


さて、信濃町では、町議会議員選挙が予定されており、明日21日公示、26日投票のようです。
これまで定員14名でしたが、今年から12名に減員されるとのこと。 人口が2万人を越えた時代から、現在は8500人ほどと減少しており、人口推移そして財政逼迫という現状から見ると、定員は14名の半分ほどでも良いように思われます。

そして、そもそも町議会議員の役目って何でしょう?
役場にあるかもしれない規程集にどんな表現があるのか知りませんが、簡単に言うと、住民(町民)が安心して、しかも健康に安全に日々暮らせるように、環境整備や条例設定など検討して決めていくという役目を担っているのでしょう。 町行政への諮問、提案、監査といった視点も重要でしょう。

昨年、町議会を2度傍聴しました。
単純な感想ですが、種々の案件について、発言する人は限られ、惰眠を貪っていると思われる人は沈思黙考のようで、各議員の問題意識が噛み合っていないようです。
町民の付託を受けているわけですから、当然、議論は伯仲しなければならないのです。

国会答弁であれば、あれこれ腹の探り合い、党利党略などもあるでしょうが、町議会は住民の姿が直に見られる諸問題を解決する場です。 沈思黙考なんてあってはならない筈。

過日、決まった水道料金値上げについても、反対議員はあれこれ対案や疑問を示すなどしていましたが、賛成議員の発言は殆どなし。 意見がなくて賛成するなんて、町民の生活のことを本当に考えているんですか? と聞きたくもなります。
値上げの理由として、町は「送水管の老朽化」をあげていましたが、水道管の老朽化は、町政開始時から恒常的に考慮されなければならない案件であり、今になって取り上げられる理由ではないように思われます。

水道事業について諮問委員会が開かれたということですが、その諮問内容について公開されたのでしょうか? 値上げに関し町民への直接説明もなかったようで、国政と同じように計画ありきの諮問ではなかったかと、うがった見方もできてしまいます。

1月の「黒姫民報」から

町民の生活にかかわる大事な問題なのに、賛成7反対6という1票差で決めるなんて、多数決といっても納得できないものを感じます。

前掲のように、時々、共産党支援者が発行している「黒姫民報」というチラシがポストに入っています。
全国を総じて見ても共産党議員、支援者の方々は、住民の生活のためあれこれ活動されていて、人間的にも真面目で優しい方とお見受けします。 ただ、共産党という組織としての動きとなると、素直に喜べない所があり、しかも上部に対しては「労働貴族だ」という内部不満もあるようです。
でも、最近は、野党共闘の機運が高まり、候補者の立候補地を調整し合うなど、協力体制が整いつつあります。 その点は評価すべきでしょう。

沖縄でオスプレイの事故がありました。 墜落であったのに、政府は「不時着」という欺瞞の声明を発表していました。
墜落場所が人家ではなかったから良かったですが、集落に落ちていたら、住民が被災し、怪我ばかりでなく死亡にもつながったことでしょう。

そのオスプレイが全国の自衛隊基地にも配備され、現在、自衛隊員の飛行訓練が行われているのです。
素人が見ても、大変危険な飛行機であることは歴然としており、何故か、米軍は、米軍兵士や家族住居地域には、オスプレイを飛来させていないのです。

オスプレイが危険な存在であるから、米軍家族の上は飛ばさず、日本人の集落の上は、平気で飛ばす、というのは、米軍と米軍兵士が日本人の生命を軽視しているからなのです。

このように日本人を危険な目に合わせていながら、「思いやり予算」など、国民の財産をアメリカに湯水のごとく垂れ流しているのが、今の日本政府。

危険なオスプレイに対する、町議会議員の反応は、



信濃町の上空にもやって来ました。 ヘリコプターと同じ高度を飛んでいるようで、その騒音はヘリコプターの比ではありません。 爆音そのもの。
町民の安全が保てないようなオスプレイ飛来に対し、反意を示すことができない議員って、何を考えているのでしょう?

国会の与党である、自民、公明、維新の政策に賛意を持っていたとしても、町民の安全を真に思考する意思があるのなら、こんなバカな決定をすることはないでしょう。

現議員が、再選にむけて立候補されるのなら、そういった現実をよく考え理解してほしいものです。 それが町民のため、町のためになるのですから。

町外から観光客、新規住民を呼び込むためには、魅力的な町作りができなければなりません。 魅力的な町作りのためには、魅力的な町民、魅力的な役場、魅力的な議員や職員方である必要があるわけで、各自が自問自答した上で、本選挙に望んでほしいと思うのです。

V22 Osprey crash


3月10日の信濃毎日新聞にも掲載記事があります。